第34話 賢者の贈り物◆side琴菜◆

 私とよーくんは、ベッドにうつ伏せになり、よーくんに本を読んでもらってる。


「賢者ってなに?」

『うん。賢者は、賢くて皆の幸せのために頑張る人のこと』

「よーくんみたいに?」


『僕は……そんなに賢くないよ」

「よーくんは、私やみんなのために頑張ってるよ」


 よーくんは賢者だよ。


『いや、まあ……ありがとう。続きを読むよ』

「うん」



 …………


『明日はクリスマスだというのに、ジムに贈り物を買うお金が1ドル87セントしかありません。何月も何月もコツコツとためてきたのに、これがその結果なのです』



「1ドルと87セントって?」

『うん、アメリカのお金。日本のお金だと、時代が違うからよくわからないけど600円ぐらいかな』

「クリスマスプレゼントを買うお金が600円しかなかったの…かわいそう」

『うん。そうだね』


 …………


『さて、ジェームズ・ディリンガム・ヤング家には、誇るべき二つのものがありました。一つはジムの金時計です。かつてはジムの父、そしてその前にはジムの祖父が持っていたという金時計。もう一つはデラの髪でした。』


 …………


『デラが立ち止まったところの看板には、「マダム・ソフロニー。ヘア用品なら何でも。」と書いてありました。デラは階段を一つかけのぼり、胸をどきどきさせながらも気持ちを落ち着けました。』


『「髪を買ってくださいますか」とデラは尋ねました。』


『「買うさ」と女主人は言いました。「帽子を取って見せなさいよ」』


『褐色の滝がさざなみのようにこぼれ落ちました。』


『「20ドル」手馴れた手つきで髪を持ち上げて女主人は言いました。』



「髪の毛を売ったの?」

『ウイッグって知ってる?』

「うん。おばあちゃんが持ってる」


『今は違うかもしれないけど、昔ウイッグは人間の髪の毛で作ってたんだって。だから、デラさんの髪のようなきれいな髪はウイッグの材料に高く売れたらしいよ』


…………


『デラはジムへの贈り物を探してお店を巡っておりました。』


『そしてとうとうデラは見つけたのです。それは確かにジムのため、ジムのためだけに作られたものでした。それほどすばらしいものはどの店にもありませんでした。デラは全部の店をひっくり返さんばかりに見たのですから。それはプラチナの時計鎖で、デザインはシンプルで上品でした。』



「時計鎖って?」

『パパは腕時計もってる?』

「うん」

『昔は、あんなに小さく時計を作ることができなくて、スマホぐらいの大きさだったんだ。それを首から鎖や皮ひもでぶら下げてたんだ』



 …………


『ジムは決して遅れることはありませんでした。デラは時計の鎖を手の中で二重に巻き、彼がいつも入ってくるドアの近くのテーブルの隅に座りました。やがて、ジムがはじめの階段を上ってくる足音が聞こえると、デラは一瞬顔が青ざめました。デラは毎日のちょっとしたことでも小さな祈りを静かに唱える習慣がありましたが、このときは「神さま。どうかジムがわたしのことを今でもかわいいと思ってくれますように」とささやきました。』


 …………


『「ジム、ねえ、あなた」デラは声をあげました。「そんな顔して見ないで。髪の毛は切って、売っちゃったの。だって、あなたにプレゼント一つあげずにクリスマスを過ごすなんて絶対できないんだもの。髪はまた伸びるわ——気にしない、でしょ?こうしなきゃ駄目だったの。ほら、わたしの髪ってすごく早く伸びるし。『メリー・クリスマス』って言ってよ、ジム。そして楽しく過ごしましょ。どんなに素敵な——綺麗で素敵なプレゼントをあなたに用意したか、当てられないわよ」』


 …………


『「切って、売っちゃったの」とデラは言いました。「それでも、わたしのこと、変わらずに好きでいてくれるわよね。髪がなくても、わたしはわたし、よね?」』


 …………


『「ねえデラ、僕のことを勘違いしないで。髪型とか肌剃とかシャンプーとか、そんなもので僕のかわいい女の子を嫌いになったりするもんか。でも、その包みを開けたら、はじめのうちしばらく、どうして僕があんな風だったかわかると思うよ」』


「よかった。デラさんが髪を切っても、ジムさんはデラさんのことが嫌いにならなかったのね」

『そりゃそうだよ。髪を切ったぐらいで嫌いになるのはダメな男だよ』

「よーくんは大丈夫?」

『もちろんだよ』


 …………


『包みの中には櫛(くし)が入っていたのです——セットになった櫛で、横と後ろに刺すようになっているものでした。その櫛のセットは、デラがブロードウェイのお店の窓で、長い間あがめんばかりに思っていたものでした。美しい櫛、ピュアな亀甲でできていて、宝石で縁取りがしてあって——売ってなくなった美しい髪にぴったりでした。その櫛が高価だということをデラは知っていました。ですから、心のうちでは、その櫛がただもう欲しくて欲しくてたまらなかったのですけれど、実際に手に入るなんていう望みはちっとも抱いていなかったのです。そして、いま、この櫛が自分のものになったのです。けれども、この髪飾りによって飾られるべき髪の方がすでになくなっていたのでした。』


『しかし、デラは櫛を胸に抱きました。そしてやっとの思いで涙で濡れた目をあげ、微笑んでこう言うことができました。「わたしの髪はね、とっても早く伸びるのよ、ジム!」』


 …………


『「ねえ素敵じゃない?町中を探して見つけたのよ。あなたの時計にこの鎖をつけたら、一日に百回でも時間を調べたくなるわよ。時計、貸してよ。この鎖をつけたらどんな風になるか見たいの」』


『デラのこの言葉には従わず、ジムは椅子にどさりと腰を下ろし、両手を首の後ろに組んでにっこりと微笑みました。』


『「ねえデラ。僕達のクリスマスプレゼントは、しばらくの間、どこかにしまっておくことにしようよ。いますぐ使うには上等すぎるよ。櫛を買うお金を作るために、僕は時計を売っちゃったのさ。さあ、チョップを火にかけてくれよ」』


 …………


『二人は愚かなことに、家の最もすばらしい宝物を互いのために台無しにしてしまったのです。しかしながら、今日の賢者たちへの最後の言葉として、こう言わせていただきましょう。贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。贈り物をやりとりするすべての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです。』



『おしまい。どうだった』

「デラさんはジムさんが大好きで、ジムさんはデラさんが大好きなのね』

『そうだね、こんな風に相手のことが大好きなのはいいね』


 私はよーくんのことが大好きだよ。


『じゃあ、そろそろ寝ようか。ほら、腕枕』


『おやすみ、ことちゃん』

「おやすみ、よーくん」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


「賢者の贈り物」(原作:オー・ヘンリー 翻訳:結城浩)



版権表示


Copyright (C) 1999 Hiroshi Yuki (結城 浩)


 本翻訳は、この版権表示を残す限り、 訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすること一切なしに、 商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められます。


 朗読でテキストをお使いになることも自由です。朗読の際には、著者名と訳者名を必ず読み上げてください。


プロジェクト杉田玄白正式参加作品。


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

 この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

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