幼馴染から嘘告されたので「俺、他に好きな人がいるんだよね」と正直に返したらガチ泣きされた

戯 一樹

第1話



「ずっと前から好きでした! 私と付き合ってください!」



 放課後──高校の校舎裏での出来事だった。

 今時古風な事に、俺の下駄箱に入っていた手紙を読んでみたら、放課後に校舎裏まで来てほしいとの事だったので、指定された場所と時間帯通りに訪れてみたら、先のように女の子から突然告白された。



 それも、俺の幼馴染であるたちばな可憐かれんから。



 正直、どうせ何かのイタズラで、行ったところで陰に隠れていた同級生に笑われるというオチだろうなと身構えていただけに、思わず面食らってしまった。まさかマジで告白されるとは。

 しかもそれが、高校生になってからほとんど話さなくなった幼馴染ともなれば、だ。

 可憐はこの学校でもかなり有名な美少女だ。見た目こそギャルっぽいが、顔は可愛いし、性格も明るいからクラスの人気者として扱われている。俺みたいな一匹狼(ぼっちとも言う)とは別世界に生きているような存在だ。

 そんなみんなの人気者が俺なんかにいきなり告白してきたのだから、驚くなという方が無理がある。

「えーっと……」

 さてどうしたものかと頬を掻きながら思慮する。

 可憐の事は嫌いじゃない。小学生の時まではよく一緒に登下校していたし、お互いの家に遊びに行った事もある。もしもあのまま良好な関係が続いていたら、とても大切な友人か、もしくは恋人になっていた未来もあったかもしれない。

 だが、俺には──

「ん……?」

 と。

 なんとなく見るともなしに校舎裏のそばにある倉庫へと視線を向けると、ちらっと人影のようなものが見えた。

 それも、見覚えのある人影が複数。

 しかもあれ、おそらくは同じクラスの奴らだと当たりを付けたところで、俺は「ははーん」とすべてを悟った。



 これ、嘘告ってやつだ。



 嘘の告白──略して嘘告。

 読んで字の如く、別に好きでもない奴に告白して相手が狼狽するところを楽しむという、非常に不謹慎な遊びだ。

 最近、うちの学校でこの嘘告が流行っていると小耳に挟んでいたが、まさかこうして実際にやられる側になろうとは。

 にしても、これで得心がいった。

 どうりで今まで疎遠だったはずの可憐が、突拍子もなく俺に告白してきたわけだ。つまり、あれだ。最初から俺を揶揄うためにクラスの連中と一緒になって嘘告してきたってわけだな。

 やれやれ。こういうのは陽キャの間だけでやればいいものを。俺みたいな陰キャ相手にやらないでほしいものだ。

 だいいち、俺みたいな無愛想な奴を揶揄ったところで何も面白くなんてないだろうに。

 さて、そうとわかったら真面目に受け取る必要もない。ないのだが、とはいえ、ここで無視して後々変にやっかまれでもされたら、それはそれで困る。

 生来の強面のせいか、ヤンキーに絡まれる事はあってもパンピーにケンカを売られる事こそないが、陰湿な嫌がらせでも始まったら面倒だしな。厄介事は極力避けたい。

 となると、ここはちゃんと振るべきだな。まさか可憐の告白を受け入れるなどという選択肢は毛頭ない。可憐にとっても迷惑だろうしな。

 いや、向こうは揶揄ってきてるのだから逆にそっちの方が喜ばしいのか? まあどちらにせよ、俺がこんな遊びに付き合う道理はない。

「そう、だな──」

 よし、決めた。

 ここは正直に返そう。

 どうせ振るつもりでいたのだ。正直に返答したところで何も困る事はない。

 そんなわけで。

 俺は可憐と正面から向き直って、こう告げた。



「悪いけど俺、他に好きな人がいるんだよね。だからごめん」



 と、少し頭を下げて丁重にお断りした。

 そのまま頭を下げたまま反応を待ってみるも、なかなか言葉が返ってこないので、しばらくしてゆっくり顔を上げてみると──



 なぜか、可憐が瞠目したまま硬直していた。



 そんな可憐の表情を見て、思わず「えっ?」と当惑してしまった。

 何その反応? てっきり、断られるくらい向こうも想定済みだろうと思っていたのだが。

 なんて内心戸惑っていると、ややあって可憐がゆっくり口を開いて、

「す、すす好きな人がいるってどういう事……?」

「いや、どうもこうも、そのまんまの意味だけど?」

 なんでそんな事訊くんだ? と疑問に思いつつも素直に答える。

「そ、それじゃあ、本当に好きな人がいるの……?」

「だから、さっきからそう言ってるだろ」

 と。

 再び嘘偽りない気持ちを吐露した、その時だった。



 可憐の頬に、一筋の涙が伝った。



 それは次々に後を追うように流れていき、やがてダムが決壊したように滂沱の涙へと変わった。

 そうして──

「────っ!!」

「! おい可憐!」

 と、呼び止める間もなく。



 可憐は号泣しながら、踵を返してどこかへと走り去ってしまった。



 突然の出来事に、唖然としたまま棒立ちになる俺。

 マジでわけがわからんというか、どうして可憐が急に泣き出したのか、皆目見当も付かん。

 もしかして。

 可能性が限りなく低いが、もしかして、今の告白は本気だったとか……?

 なんて、あっけに取られながらあり得ない予想をしていたところで、今の今までずっと倉庫裏に隠れていた奴ら……クラスメートのギャル達が、慌てたように続々と飛び出してきた。



「ちょっと! これどういう事!?」

「ぜ、全然知らないわよ!? あたしが聞きたいくらいだしっ!」

「え、これって嘘告のはずよね……?」

「そのはずだけど……」



 などと口々に言い合いながら、可憐のあとを必死に追うギャル達。

 そんなギャル達の背中を見送りながら、俺はただ呆然とその場で立ち尽くしていた。



 ■ ■



「──なんて事があったんですよ」

 翌日の朝、生徒会室にて。

 夏休み前に行われる体育祭の段取りなどを話し合っていた時だった。

 たまたま生徒会長と二人きりになった際に──副会長と書記、会計はそれぞれ別の理由で出払っている──例の嘘告の話題になったので、昨日の出来事を話してみたのだ。

「へぇ。そんな事があったんだね」

 俺の話を聞き終えた生徒会長──牧野まきの咲夜さくやさんは、肩まである艶やかな黒髪を指先で撫でながら言葉を発した。

「嘘告が流行っているとは聞いていたけれど、まさか我が生徒会メンバーにも嘘告される者が出てこようとはねぇ」

「はい。自分でも驚いています」

倫也ともや庶務はそういうのが苦手そうだし、なおさらだろうねぇ」

 クスクスと口許を手の甲で隠しながら笑声をこぼす咲夜さん。お美しい。

「それにしても、本当に流行っているんだね嘘告。教師陣の中でもここ最近問題視されているようだが、その内、生徒会も動く必要があるかもしれないね」

「ちなみに、会長は嘘告された事はないんですか?」

「幸か不幸か一度もないよ。というより、三年生の間でそういうのはあまり耳にした事はないね。たぶん倫也庶務みたいな下級生にしか流行っていないんじゃないかな」

「三年生は受験がありますしね。そんな暇はないって事かもしれませんね」

 咲夜さんはこの秋に行われる文化祭が終われば、生徒会を引退する。つまり咲夜さんにしてみれば、すべての行事が最後の催しとなるわけだ。

 咲夜さんには多大な恩がある。とある縁があって俺みたいな一匹狼を庶務として勧誘してくれたのもそうではあるが、生徒会でも分け隔てなく優しく接してくれたし、俺の試験勉強の面倒まで見てくれた。まさに俺にとっては女神みたいな人だ。

 きっと才色兼備というのは、咲夜さんのような女性の事を言うのだと思う。

「ところで──」

 と、体育祭関連の書類をさばきながら、咲夜さんが口が開いた。



「倫也庶務の話を聞いて思ったんだが、その嘘告って本当に嘘の告白だったのかい?」



 思わず、紙の上で滑らせていたボールペンをピタっと止めた。

「? どういう意味ですか?」

「だって君の幼馴染君、嘘告の途中で泣き出してしまったのだろう? 案外本当の告白だったっていう可能性もあるんじゃないかな?」

「それはないですよ」

 間髪入れず、俺ははっきりと否定した。

「何せ、小学校を卒業したあたりから全然話してくれないようになってしまいましたからね。こっちは普通に接しているだけなのに、向こうから突然拒絶するようになったくらいなので、きっと俺の事が嫌いになってしまったんでしょう」

 だから、あいつがマジの告白をするなんて絶対ありえません。

 そう結論付けた俺に、咲夜さんは少し困ったように眉尻を下げて微苦笑した。

「うーん。そうかなあ。君の話を聞く限り、そんな事もないと思うけどねぇ」

「本当にありえませんって。仮にマジの告白だったところで、こっちは付き合う気なんて全然ないです」

「なぜだい? 確か倫也庶務には恋人はいないはずだよね? それなら少しくらいは考える余地も──」

 そこまで言って、咲夜さんは何かに気付いたように「あ」と声を漏らした。

「そういえば、話の中で好きな人がいるって言っていたね。で、誰なんだい? 倫也庶務の好きな人っていうのは」

「秘密ですよ、それは」

「えー? 君と私の仲じゃないか。絶対口外しないと約束するから、私だけでも教えてくれよ〜

「ダメったらダメです」

「え〜?」

 と、まだ不満そうにする咲夜さんに、俺は胸中で言葉を返した。



 ──だって、こんな形で貴女の事が好きだなんて伝えたくありませんから。



 なんて事を考えながら、未だブーブーと文句を垂れる存外子供っぽい面もある咲夜さんに苦笑しつつ、俺は再び書類に手を付けた。





 同日の放課後。

 生徒会の仕事も無事に終わった俺は、ひとりで帰路に就いているところだった。

 時刻は午後五時。七月の始めという事もあって、まだ陽は高く、しかも暑い。これからますます日差しが強くなるのかと思うと憂鬱になってくる。

 そんな中で体育祭という、陰キャにしてみれば苦行でしかないイベントがあるのだから、マジでズル休みしたくなってくる。

「暑いの苦手なんだけどなあ……」

 空に手のひらを翳して太陽を仰ぎ見つつ、ボソッと呟く。

 まあ、本当にズル休みするわけにもいかないが。でないと生徒会メンバーに迷惑を掛けてしまう。それだけは絶対避けたい。

 会長の咲夜さんはもちろん、副会長や会計、書記のメンバーだって俺を温かく迎えてくれた。あそこは俺にとって数少ない居場所だ。そんな居場所を自ら捨てるような真似なんてできるはずもない。

「ま、無理しない程度に頑張りますか……」

 咲夜さんにも良いアピールになるかもしれないし。

 なんて好感度アップ作戦を思案しながら歩いていた最中、目の前の塀の陰から突然女の子が現れた。

 というか、それは──



「可憐……?」

「……やっほ。倫也」



 俺の幼馴染──可憐がそこにいた。

 正直、少し驚いた。俺も可憐も近所だし、小さい頃はよくお互いの家を行き来していたので、住所自体は知っていて当然なのだが、まさかこうして待ち伏せされるとは思ってもみなかった。

「今、ちょっと時間ある?」

「まあ、家に帰るだけだし……」

「そっか。じゃあ歩きながら話さない?」

「お、おう……」

 内心戸惑いつつ、俺は可憐の横に並ぶ。

 しばらく、無言の時間が続く。可憐と一緒に歩くのなんて、一体何年振りだろうと思いながら。

 そうして、互いに黙したまま公園近くまで来たところで、

「あの、さ」

 と可憐がふと口を開いた。

「昨日のやつ、なんだけどさ」

 昨日ってなんだ? と訊ねるまでもなく嘘告の件だというのはすぐわかった。



「あれ、嘘だから」



 可憐が呟く。極力平淡になるような、そんな抑えた感じの声音で。

「倫也も知ってるでしょ? 嘘告ってやつ。あれをやっただけだから」

「おう。あのあと、可憐を追いかけていった友達連中が去り際に話してるのを聞いた」

「そっか……。あ、一応言っておくけど、泣いたのも演技だからね? ああやれば、倫也が心変わりして逆告白してくるかもって思って」

「ろくでもねぇな。正直引くわ」

「うっ……。それは本当にごめん。私もあとですごく反省した。いくら友達に乗せられたからって、ちょっと悪ノリが過ぎたかなって……」

「まあ、反省してるならいいけどよ……」

 こっちとしても、これ以上追及するつもりはない。謝ってさえくれれば、それでいい。

「ところで、あの時の倫也の返事だけど、好きな人がいるって本当なの?」

「本当」

「それって私の知ってる人?」

「秘密だ」

「えー? 教えてくれたっていいのに」

「…………」

 こいつといい咲夜さんといい、どうしてこう人の色恋を詮索したがるのやら。耳年増が過ぎる。

「ねー、誰にも言わないからさー。幼馴染のよしみって事で教えてよ」

「幼馴染っつっても、中学に入ったあたりからほとんど話した事ないだろ」

「それは、まあそうなんだけど……」

 再び沈黙が続いた。痛いところを突かれて返す言葉がなかったとでも言った感じか。

 ややあって、公園を通り過ぎたあたりで「なんでだろうね」とおもむろに声を発した。

「私達、いつからこんな全然話さないような関係になっちゃったんだろうね……」

「さあな……」

 最初に俺を避けたのは可憐の方だ。だがそれを責めるつもりは微塵もない。お互い、あの頃は多感な時期だったのだ。

 今まででは単なる友達としか思っていなかった存在に、ふと異性を感じるようになったというのはよくある話だ。それで距離を取ろうとしたのだろうが、別に可憐は悪い事をしたわけじゃない。単に、思春期のさがに逆らえなかっただけの事だ。だから、俺から言う事は何もない。



 今の俺と可憐は、昔よく遊んだ事があるだけの幼馴染。それ以上以下もない。



 そうこうしている内に、俺の家に近付いてきた。あと二百メートルも進めば俺の家の玄関前だ。

「それじゃあ、私はこれで」

 と、俺の家の近くまで来たところで、不意に可憐が立ち止まった。

「私、嘘告だったって事を伝えたかっただけだから」

「おう。そうか」

 こっちとしても引き止めるつもりも、まして家に招く気もない。

 こいつとはもう、そういう関係ではないのだから。

「じゃあ、私はここで帰るね。ほんと、倫也の事はなんとも思ってないから。それだけはちゃんとわかってよね」

「ああ、わかってるよ」

「……うん。それだけ。バイバイ」

 そう言って手を振ってきた可憐に、俺も軽く手を上げて踵を返す。



「──気付いてよ、バカ」



 小さな呟きが耳朶に触れた。

 だが俺は後ろを振り返るような真似はせず、そのまま歩を進める。



「気付いてるよ、バカ──」



 俺も誰にも聞こえない程度の声量で呟きを漏らす。

 可憐が俺の事を本当に好きなのだろうというのは、大体察しが付いていた。

 というか、今の呟きで気付かないほど、俺は鈍感じゃない。

 だが、俺の気持ちはもうすでに決まっている。



 俺は咲夜会長が好きだ。

 だから、可憐の気持ちには応えられない。



 そしてその気持ちはもう、可憐に嘘告された時に正直に伝えてある。

 可憐があの嘘告のあと、どうするつもりだったかはわからない。本気の気持ちを伝えつつも、友達の顔色を窺って俺を揶揄うつもりだったのか、はたまた、あわよくば本当に付き合うつもりだったのかもわからない。それは可憐にしかわからない事だ。

 いつから俺の事を好いてくれていたのか、という事すらも。

 どちらにせよ、俺から言う事は何もない。再び可憐から告白でもされない限りは。

 酷な事をしているのだろうかと歩きながら自問自答する。だが俺にはどうしてやる事もできない。咲夜さんが好きだという気持ちは止められないのだから。

 それはたぶん、可憐も同じかもしれないが──。

 ミーンミーンとそばの電柱に止まっていたセミが暑苦しく鳴き出した。それに呼応するように、民家の壁や塀にいる蝉も子うるさく鳴き始める。



 どうせならさっきの可憐の呟きも、蝉の鳴き声で掻き消してくれればよかったのにと思った。


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