真夜中の学校で、私は君に告白する。
鈿寺 皐平
彼女は宇宙人……?
六月二十二日の日本。今日は夏至だ。辞書によれば、夏至は「太陽が最も北に寄り、北半球では昼が最も長い日」と記されていたことを、僕はねちっこく覚えている。
だって、書いてることと実際の出来事が全く違っているからだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「
玄関を出ようとドアに手をかけた途端、リビングから母の甲高い声が聞こえて動きを止める。何かと振り返ってみると、母はハンディライトを掲げている。
「ライト、忘れてる」
「え、あ……そっか。別に外、街灯とか車のライトとかがあるからいいんだけど」
「ダメよ! ちゃんと持ってかないと! 目の悪い人とかだと、夜は街灯でもきつい時があるの! 主にお母さんが!」
自分のことかい……。
「……分かったよ」
僕は渋々そのハンディライトを受け取ることにした。こういう経験談を話し始める母は、こちらが引かない限り決まって長いというのが我が家の法則にもなっている。
母を止められる人など、例え大黒柱でも無理だということは十六年の俺の見聞が実証している。
「行ってきます」
今後こそ玄関のドアを開けて、家の外に出た。外は梅雨寒でちょっと冷えてるが、湿気のせいで肌がベトベトする。
そしてなにより、外は真っ暗だ。
時刻は午前七時五十分。けれど、空にはまだ星々が輝いている。空の色は青ではなく、濃紺な黒。そこに太陽の姿はなく、星野カーテンが街灯で灯る街を見守っていた。
再度言っておこう。辞書によると、夏至は「太陽が最も北に寄り、北半球では昼が最も長い日」と記されていたことを、僕はねちっこく覚えている。なぜなら、書かれていることと実際の出来事はまるで違っているからだ。
外に出れば一目瞭然。日本の日の出時刻はとうに過ぎてるというのに、外はまるで午後六時くらいの帰宅ラッシュみたいな光景が広がっている。
公道を走る車、通学路を歩く生徒。けれど皆、帰宅途中ではなく各々の会社や学校に向かっている最中だ。
「おはよう! 陽太郎!」
「あ、おはっ……!? ちょっ、ライト!」
呼ばれて振り向けば、僕の目に強い光が突き刺さった。反射的に手で遮りながら指間にその正体を覗き見ると、幼馴染の
「へへー 眩しかった?」
「暗い中で急に強い光を目に向けられたら、そりゃあ……」
などと言いつつ、僕もさらっと点けていたハンディライトを朝美に向け返す。
「ちょっ、そんな不意打ちあり!?」
「急にライトを向けてくる朝美が悪いんだろ」
「だって、暗そうな顔してたから。ライトで照らしてあげようと思って」
「それは空が暗いからそう見えただけじゃないの?」
「えー、そうかなー 私には暗い感じに見えたけど」
横顔も見てないのによくもまあ表情のことまで分かるものだ。女の勘というやつだろうか。
「まあ……夏至のことがまだよく分からないから、少し悩んでたかも」
「夏至の日は、極夜になるって言われてたじゃん」
「日本に極夜は来ないよ」
「異常気象ってやつでしょ。冬至の時も白夜だし。多分おかしくなっちゃったんだよ、太陽と地球の関係が。ずっと喧嘩でもしてるんだと思うよ」
また訳の分からないことを……。しかし朝美の言う通り、冬至の日は確かに白夜になる。今年の冬至も、朝と昼はともかく、夜もずっと太陽が見えていた。
深夜にはとっくに沈むはずの太陽が、地平線からひょっこりと顔を出してずっと朝日が街を照り付けていた。逆に夏至だと、正午から夕方の時間帯にかけて太陽が地平線から少し顔を出してるだけ。
「そういえば、もうすぐ期末テストだねー」
「急に話の方向性が変わるなぁ……」
「そりゃあ、こんな空が暗いんだし、テストのこと考えたら余計に気分も暗くなるもん」
空とテストの関係性が気になるなぁ……。
「あ、ねぇ。また話変わるんだけどさ」
「なに?」
「私、今日……日直当番なんだよねー」
「え……時間、大丈夫か。早く行ったら? 先生に言われる前に」
「いや、そのー……」
狭い歩道を開けて先に行くよう促したが、朝美は躊躇いの色を見せる。
「手伝ってくれないかなーっと思って。日直当番」
「え? なんで。もう一人の日直は?」
「
そう言って、顔の前で手を握るや上目遣いをして可愛げなお願いポーズをする朝美。
よく公衆の面前でそんなことができるものだ。車通りも人通りも多少あるというのに。梅雨寒のせいか、僕は朝美のそんな姿を見ても冷めたい目付きしかできない。
「ちょっ……なんか言えし!」
「……わかりました」
「ねぇ、なにそのやらされてる感! もう……分かったよ。じゃあ今日の昼食は一緒に屋上で食べてあげる!」
朝美とは長い付き合いだけど、こういう所は未だ理解に苦しむ。別に嫌いというわけじゃないけど、時と場合によっては厄介この上ない。特に眠気に付きまとわれてる朝とか夜はちょっと無理。
「とりあえず行くよ。結局、学校行くんだし」
「なんかその言い方やだ!」
*
ぶーぶー言い続ける朝美を連れ、とにもかくにも僕達はクラスで一番、そして学年で一番に教室へ入ってきた。
八時過ぎてるというのに、他の教室は明かりも点いていない。本当なら朝日が入ってきてるはずの教室は、夜空の星々に淡く照らされている。
「あ、電気点けないで!」
「え?」
教室のスイッチに指をかけようとしたら、ふと朝美がそう言われて動きを止める。
「なんで。電気点けなきゃ、掃除できないだろ」
「ううん、このままでいいの。じゃないと、無理だから」
「え? 何が」
「その……とにかく、教室の奥行って。で、空を見てほしいの」
「空?」
なぜかと首を捻っても、朝美は何も言わずにただ不自然に頷くだけ。仕方なく僕はそう言われるまま、教室の窓から夜空を眺めた。相変わらず、僕には理解に苦しむ光景が広がってるだけだが。
「別に……。星とかしか見えないけど」
「じゃあ……いいよ。こっち向いて」
なんだよ……と、半ば辟易しながら朝美の方を振り返ると、淡い星の光に照らされた彼女の頬は太陽のように紅くなっていた。
「な、なに……どうした」
「あのね、私……」
な、なんだ……この空気は……。
「私……宇宙人なの」
「……………………は?」
「いや、だから……私、宇宙人なの」
思考停止。朝美がまるで何を言ってるのか分からなかった。冗談を言うには似つかわしくない真剣な眼差しをしている。
「あー……あれか? 他の惑星から見たら、俺達は宇宙人的な?」
「そうじゃない。本当に私、地球人じゃないの。他の銀河系から来た宇宙人なの。私がこの惑星に来てから、地球と太陽の位置がおかしくなっちゃったの」
「……おかしくなったのは、お前じゃないのか?」
「……うーん、やっぱり信じてくれないか」
朝美はため息を吐くや僕の隣に来ると、窓から平然と夜空の星々を眺め始める。
「なんだよ、どうしたんだよ。いきなり変なこと……」
「だって、本当のことだもん」
「……まあ、その言動は確かに宇宙人って言われてもおかしくないけど」
朝美の意味不明な言動に、僕は冗談めいた言葉を返してみる。だけど当の本人は、微笑もこぼさず、どころかムスッと少し不機嫌に頬を膨らませる。
「それは地球人の使う悪口でしょ。私は本当に宇宙人なのに」
「なら、証明してもらわないと。口だけなら僕でも言えるよ」
挑発めいた感じでそう言うと、朝美は得意げに微笑んだ。
「じゃあ……陽太郎の秘密を一つ当てたら、認めてよ」
「秘密? それって、まだ誰にも言ってないやつ」
「そうだよ。当てられたら、認めてくれる?」
秘密……そんなの、あっただろうか。まあ、誰にも言ってないことはいくらか心当たりはあるけど、別に秘密にしたくてしてるわけでもない。
「まあ……いいよ。何言われるか分かんないけど」
「よし! じゃあこっち向いて! 体の正面ごと」
「あ、うん……」
幼馴染とは言え、こうして異性と面と向かうと面映ゆい気持ちにある。
「陽太郎は……私が陽太郎のことを好きっていうのを、知っている」
心臓が強く跳ねた。秘密を知ってることに驚いたのではなく、朝美のちょっと意地悪で艶めいたその言いぶりについドキリとさせられて、固まってしまった。
「あれ? もしかして当たり? 顔赤いけど」
「いや……は、恥ずかしくないのかよ……」
「べ、別にー むしろ当てられて嬉しいし」
「……そっちだって顔赤いじゃん」
「い、いや……これは太陽だよ! ほら、めっちゃ赤い!」
「まだ昇ってきてないんだけど……」
「う、うるさい……バカ!」
「ちょっ、だから暗いところでライト向けんなって!」
まだポケットに忍ばせていたとは……。なんて卑怯な!
「と、とりあえず……はい、私の勝ち! だから、私が宇宙人ってこと、認めてね!」
「はいはい宇宙人宇宙人。とりあえず、さっさと掃除するぞ」
「ねぇー! さっき認めるって言ったじゃん! 嘘つかないでよー」
午前八時十分。まだ太陽は昇ってきてませんが、僕の顔と体はやけに火照っていました。
真夜中の学校で、私は君に告白する。 鈿寺 皐平 @AZYLdhaTL77ws6ANt3eVn24mW8e6Vb
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