第9話 大人の世界は難しい

 翌朝、大輝は再び例の家を訪れていた。夏だから雑草が伸びるのも早い。もしかしたら親戚の人が草刈りに来ていたら聞き込みして、あわよくば中を見せて貰おうとしたのだ。せめて外から見えればいいと思ったが、今日も留守だった。

 都会ではホームレスに住み着かれたり、泥棒に遭う危険があるから空き家は定期的に草むしりしている家が多いが、ここは田舎だから、あまり気にしないのか。昨日と同様に庭にも人が入った形跡は無かった。

 次に役場へ向かう。とりあえず夏休みレポートの課題ということにすれば門前払いは無いだろう。成果があるかは別であるが。とはいえ、役場のどの窓口に聞いたらいいのだろう。

 役場の入口まで来て、考えが甘かったのに気づく。キョロキョロしているのが目に止まったのか職員証を下げた人が近づいてきた。名札には「山口」と書かれている。

「何かご用ですか?」

 中学生相手でも丁寧な言葉遣いだ。役場でも公務員、接客業務でもあるからなのだろう。

「え、えっと。な、夏休みの宿題であるお家のことを調べていて。こ、孤独死していたと知って衝撃を受けて、こちらの対応とかご近所のお話とか調べていて」

 自分でもしどろもどろなのがわかる。彼もキョトンとして不思議そうに聞いている。

「この町は都会より人付き合い良さそうなのに、孤独死したなんてなぜなのか調べてみようと思って」

 そういった途端、山口の顔が曇った。

「悪いけれど、今は個人情報が厳しいから、そのお家のことは教える訳にはいかないね」

 やはり一筋縄ではいかない。ここにも個人情報の壁があった。都会よりゆるく対応してもらえるかとちょっとだけ期待していたが。

「じゃあ、普通の対応として生活に困っている人がいたら役所ってどうするのですか? やはり生活保護ですか?」

「いろいろあるね。君の言う通り生活保護もあるし、お年寄りなど人によっては民生委員が訪ねて町が行っている健康診断受診や障害年金、医療補助金を勧めることもある」

「じゃあ、本人は死にそうなのに、使うのを拒否したらそれらの制度も使えないのですね」

「そういうことになるね。あくまで本人の意思を尊重するものだから。強制力は無い」

「そうですか」

「ほら、ニュースで見ないかな? ゴミ屋敷の人の強制的な片付け。あれはいきなりはできないから説得して、それでも応じないと近隣への危険性を排除するために最後の手段として行政執行と言う名前で強制的にするんだ。でも、本人の生活保護や病院への受診は目の前で倒れない限りは強制できない」

 なかなか大人の世界は難しい。プライドなどがあるのだろうが、頼れるものがあるのに頼らないのは端から見てもどかしいだろう。大人に頼ると拗れる子どもたちの世界にも通じるものがある。

「なんだか、もどかしいものですね。引っ張っていきたいのにできないなんて」

 大輝がしんみりすると山口は声を潜めて尋ねてきた。

「もしかして君が調べているのは高梁さんの家のことかい?」

「あ、はい。そうです」

 言い当てられてびっくりしていると山口は小声で続けた。

「実は私は高梁さんとは生きている時、一緒に仕事したことがあるんだよ。そうだな、もうすぐ昼休みだから近くのそば屋へ行ってくれ。ここから右に五分ほど歩くと『そば処いろは』と言う看板が見える。あとはわかるね?」

 その後、周りに聞こえるように山口は言った。

「一般的なことは教えられるけど、個人情報が絡むと難しいね。うちではこれ以上教えられないです。お引き取りください」

 つまり、役場としては難しいが、個人的な話として何か話してくれるのか。連日の収穫はそうそう無いとは思っていたが、この山口という人からは何か聞き出せそうだ。

 単なる思い出話かもしれない。家と職場では態度が違う人もいるから全く役に立たないかもしれない。それでも集められる情報は集めておけばきっと後でまとめるときに役に立つと考えた。

「はい、ありがとうございました」

 この人は何か教えてくれる、やはり来てみて正解であった。期待を持って大輝は山口におじぎをしてから役場を出て、言われたとおりに右側へまっすぐ進み始めた。

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