第4話 光る家

「何? 怪談の類? トンネルに出る幽霊とか?」

 大輝が興味津々と食いつくとヨシ子が渋い顔をした。話をされること自体が嫌そうだ。

「あの家の話かい? 呪いとか言われているやつでしょ。あそこ、未だに空き家だし気味悪いわ」

「ばあちゃんも呪いだなんて古いなあ。あれは、まあ、貧乏の結果だろ」

「陽太、人様の不幸を面白おかしく話すのは良くないぞ。私もあまり話すのは気が乗らない」

 誠吾も加勢してきた。どうやら二人ともその話は嫌なようだ。

「どっちにしても聞かせてよ。呪いなら怖い話で済むけど、貧乏な話だったら行政の貧困対策に問題は無かったのかとか、ご近所との付き合いや助け合いは無かったかなど、現代における行政や人間関係の問題点のレポートにするよ。それなら面白おかしくでは無いでしょ?」

「む……確かに一理ある。社会問題としてなら面白おかしくではないな」

 やはり祖父は大輝には甘い。態度を軟化させてきたので、陽太はそのまま話し始めた。

「ここの町に高梁たかはしさんという一家がいたんだ。家族構成はお母さん、長男、長女、次女の四人家族。お父さんは大分前に病気で亡くなっている。お母さんは専業主婦だったからどうやって収入を得てたかは知らないけど、とにかく暮らしてた」

「母子家庭なら色々と援助ありそうだけど?」

「まあ、待て。話は長いからな。今のは前提」

 大輝が疑問を挟むと陽太は最後まで聞けと言った感じで遮った。

「そして長男は大人になって町役場に就職して結婚もして、ご近所も良かったねと言ってたんだ。ただ、下の二人はなかなか就職できずにバイトしてたらしい」

 景気が悪かったのか、ニート寸前だったのか。でもそれが貧乏や呪いとどう繋がるのだろうと口に出さずに黙って聞いていた。

「そして数年後、お母さんと長男は孤独死しているのが見つかる」

「ええっ!? なんで?」

「病気と飢えによる衰弱死だったそうだ」

「下の二人は?」

「その前にそれぞれがんで死んでいるんだ。実はお父さんもがんで若くして死んでいるから遺伝じゃないかって。中には若くして亡くなる呪いの家系と噂するものもいたな」

「あれ、お嫁さんは?」

「現場にはいなかったから生きてるとは思うけど、離婚してたと専らの噂。じゃなければお嫁さんが支えると思うし、別居してても衰弱するまでほっとかないだろ?」

「だ、だって病気と言っても長男は働いていたのでしょ?」

「それがな、長男も病気で死んでたと言ったが、彼もがんになってしまって普通に働けなくなったんだ。働いてはいても医者通いや身体に負担をかけられないから、長い時間働けない。場合によっては入院して休職するだろうから稼ぎは減ったと思うし、治療もあるから生活はキツかったのじゃないかな。

 それに、休職したら会社は具合を毎日確認しないからな。たまたま役場の誰かが仕事のことで尋ねようとして、連絡取れないからと警察へ通報したから、発見が早かったらしいけど、そうでなければもっとひどかったのではないかな」

「何それ、ひどい。それで衰弱死……」

「ここからはご近所のうわさ話も混ざるけど、警察の調べでは母親が先に亡くなって、長男もその少し後に亡くなってたと推測したらしい」

「らしいって?」

「人は病院以外で亡くなると事件性の有無が無いか確認するために解剖するんだ。その結果、息子もがんを発症して母親ほどではないけど進行していた。二人とも衰弱して近所にも助けを求められずに亡くなったらしい」

「え? 母親もがんって、夫婦は他人だから遺伝じゃないよね? 呪いなの? 悪い場所に家があったとか? その家は曰く付きだったの?」

 大輝は理由がわからなくて次々と質問攻めにする。

「確かにどこのがんだか知らないけど、全員同じ病気だし、遺伝だけじゃないよな。俺は貧乏の結果と思ってるが」

「それじゃ、貧乏人は病気になったら死ねってこと?」

「うーん、大輝は金欠になったらどうする?」

 唐突な質問が来た。陽太はこうやって話を引っ張るのがうまい。

「バイトはまだできないし、お小遣い値上げは却下されるから、使うの我慢する。あとはネットオークションで要らない物を売るかな。ラップの芯やおせんべいや海苔に入っている湿気止めの石灰とか卵の殻とか意外と売れるんだ」

「お前、中学生とは思えないチョイスだな」

「母さんは遊び用にはお小遣いくれないし、昔は本やCD、レコードが売れたというけど、今は電子やサブスクだし、紙の本は図鑑や参考書ばかりだから。ラップの芯は夏休みの工作用、石灰や卵の殻はガーデニングする人が買ってくれるよ」

「貴子さんは本当にケチだねえ」

「ま、まあ。話を戻そう。普通は何か売るとか出費を抑えるとか節約するよな。でも高梁さんの家は持ち物は売られてなかった」

「売れそうにない物ばかりだったの?」

「いや、ちょっと違う。石のオブジェや宝石、なんか高そうな皿が飾ってあったんだ」

「貧乏なのに? 宝石や皿はお宝っぽいけど」

「噂では売ろうとしたら二束三文だから止めたと言ってたらしいけどな。あと、オブジェは宗教のお守り石だったとか言うけど、まあ噂だから」

「インチキ宗教にお金を騙し取られたの?」

「ところがな、インチキとは言い切れないんだ」

 陽太は含みを持たせて言った。

「だって二束三文の石や宝石でしょ?」

「それらが飾ってある部屋は外から丸見えなんだけど、時間によっては光っていたと」

「光る?」

「強く光るのではなくて、オブジェ類がぼんやり光っているのを犬の散歩させている人が何人も見ているのさ」

「何それ、気味悪い」

「だからあだ名が『光る家』。それで嫁が逃げたり皆死んでしまう不幸が続いたから呪われた家と言うものもいて、相続した親戚も気味悪がって壊さずそのまんま」

「確かに怖い話と取れるね。でも、そこまで困窮しているのなら、補助金とかなんとか手帳とか町役場は出さなかったの? 長男さんは町役場づとめなら詳しいだろうし、申請降りなかったとしたらひどくない?」

「民生委員は二束三文でもいいから品物を売れとかいろいろアドバイスしてたらしいけど、聞かなかったらしい。それにさっきも言ったが長男は役場にいたから恥と思ったかもな。それか休職中なら当然だが生活保護は降りない」

「それに病気はともかく飢えもあったなら、ご近所が何か差し入れしてもいいじゃないか。冷たいね」

「その辺が微妙なんだよな。嫁さん逃げたという噂あたりから少し距離を置かれてたらしいし、差入れと言っても病人が食べられるものってなかなかわからないだろ?」

「僕だったら聞くけど」

「皆が大輝みたいな、ストレートな人じゃないからな。とにかくわからない点が多い話だ」

 話を聞き終えた大輝は少し考えたあと、言った。

「光る云々は置いて、やっぱり行政や近所関係の問題な気がする。それ、調べてレポートにしてみるよ」

「大輝は優しいなあ、さすがわしの孫じゃ」

誠吾はすっかり大輝にほだされたようだ。さっきまでの渋い顔はどこへやら、自慢の孫だという顔になっている。

 大輝の夏休みの自由研究はこうして決まった。後に彼の人生観にも影響を与えることになるのは知る由もなかった。

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