第10話 澤山のライバル

「さーわーやーまー! なんっかい言ってもわかんねぇなお前は!!」

「わかってないのはお前だろ一色いっしき! こんな無茶な企画、営業として通せるわけがないだろ!!」

「かーーっ! これだから現場を知らない営業はイヤなんだよ! 生徒さんたちのニーズはこれなんだって!!」

「やかましいわ! 会社として採算がとれるかを考えろっつってんの! お前こそ理想論だけで語る癖をいい加減に止めたらどうだ?!」

「ああ゛?!!」

「あ゛ぁ゛ん?!」


 ふしゅーー!という、威嚇の声が聞こえそうなほど言い争っているのは、澤山と、「(株)SUGUTORE 資格学校」の企画課係長の一色高人いっしきたかひとだ。


 バンバンという机を叩く音とともに、二人の議論はますますヒートアップしていく。


 そんな上司たちを遠巻きに見ながら、ポンコツ営業ズの3人組はコソコソと囁きあう。

「相変わらず凄いですねー、澤山さんと一色さんの喧嘩。もはや社内名物ですね」

「澤山サンの机の音やば。そろそろ二つに割れるんじゃないスか」

「いや流石に、そこまではやらないでしょ…ねっ、馬路さん」

 土師は冗談めかした顔で馬路のほうに話を振ったが、馬路は唇の端をちょっと噛みながら黙り込んだ。


「………」

「えっ、なんで黙るんですか馬路さん」

「もしかして思い当たる節があるんですか馬路サン、教えてテルミーです」

 馬路は気まずそうに眼をそらしたが、面白そうなことが聞けると察した安保と土師は、ワクワクとした表情で馬路の両腕をつかむ。


「あー…いや、でも私が勝手にしゃべるのは………わ、わかりました、話しますのでその目をやめてください…」

 後輩たちからの期待に満ちたまなざしに耐えられず、馬路は知る人ぞ知る上司たちのエピソードを小声で語った。


――澤山さんと一色さんは、お二人も知ってる通り同期なのですが、昇進した時期も実は一緒だったんですよ。

  二人とも、とても優秀な方でしょ? だからお互い負けないようにと、係長職に就いた直後なんか、すごい気迫だったんです。

  もちろん、社内の空気を悪くするとか部下へのハラスメントとか、そういうことはなかったですよ? ただ…澤山さんと一色さん、お互いの相性が、こう、ごらんのとおり壊滅的と言わざるを得ず…


  お互いに口が出る手が出る足が出ると、その、今と比べるとずいぶん…アグレッシブに喧嘩していらっしゃって…


  そして、私が入社して半年後だったと思うのですが……お二人は議論がヒートアップしすぎて――



「澤山さんは事務所の床に穴開けてめり込み、一色さんは脳震とうを起こしました」

「「どうしてそうなった(んですか)」」

 安保と土師は、「解せぬ」といった表情で声をそろえる。何がどうしたら事務所でそんな大惨事が起こるのか。

 今まで自分たちが起こしたアレコレを都合よく頭の隅に置いて、2人は首を傾げた。


「いや…お二人の『くそがーーーー!』という叫び声と、めきょっ、という音で振り返ると、いつの間にか……流石にやりすぎたと思われたようで、その後の喧嘩はいくらか落ち着いたものになりまして…」

 3人がそっと覗き見ると、澤山と一色はお互いの頬をつねって「うぎいいいいい」とうなりあっていた。


「…あれで?」

「はい…」

 安保が容赦なく指をさすが、注意する気力もなく馬路はうなだれる。


 3人がため息をついて自分たちの作業に戻ろうとしたとき、

「あ、でもでも…」

 と土師が口を開いた。


「あれだけお互い言いたいことを遠慮なく言えるのって、一周回って仲がいい証拠ですよね!」


 上司たちの地獄耳はその言葉だけはしっかりと拾い、

「「仲良くねぇよ!!!!!!」」

 と声をそろえて土師に怒鳴ったのだった。



 後日、土師は澤山と一色から、「怒鳴ってすまなかった」と、それぞれからご飯をおごってもらった。しかし、連れていかれた店が二人とも同じだったので

(やっぱり仲いいじゃん)と思ったが、流石の土師も、もう声には出さなかった。

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