第9話 熱中症にお気をつけて

 ――ミーンミーン

 蝉たちは大合唱を奏で、太陽は燦燦さんさんと輝く。アスファルトからの照り返しは、目玉焼きが作れそうなほど強烈だ。


 そんな日でも、営業という職業上、屋外を歩き回らなければいけない日もあるわけで。



「――馬路さん、今日外回り行ってるんですね…暑いのに大変だぁ…」

 事務所の予定ボードを見ながら、土師がつぶやく。馬路の予定欄には、「11時~14時:外回り」と几帳面な字で書かれていた。


「そういう土師くんも、このあと外に出るんでしょー。気を付けてよね? この季節、屋外でドジって倒れたら、天国直行よ?」

「怖いこと言わないでくださいよ、安保さん!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ部下たちを見つめながら、澤山も声をかける。

「でもまあ、本当にお前ら気をつけろよ? 今年はもう異常気象だからな…

 やばいと思ったら屋内に入って、体を冷やせよ?」

「「はーい」」

「良いお返事だなぁ…」



 その時、ガチャ、という音とともに事務所の扉が開いた。

「あ、馬路さん、おかえり…な…」

「おー、馬路おつか…」

 

 馬路の姿を見るなり、固まる土師と澤山。安保は入口まで行き、馬路の顔の前で手をひらひらと振る。

「…馬路さーん、おーい、大丈夫っスか、見えてますかー?」


 顔を真っ赤に染め、全身汗だくの馬路は、

「…………………きゅぅ」

 とひと声上げて、バターン!と倒れこんだ。


「「「馬路(さん)ーーーーーーー!!!!!!!」」」


「おおおい馬路大丈夫か! 大丈夫じゃないよな?! とりあえず土師は馬路のジャケット脱がせ! ネクタイも緩めろ! 安保は冷蔵庫から保冷剤持ってこい! 俺は救急車呼ぶ!!」

「はい澤山さん!! というかなんで馬路さん、こんなかっちりしたジャケット着てるんですか?! うわシャツも長袖!!」

「保冷剤と氷とア〇エリ持ってきました。とりあえず冷やすやつは脇首お腹太ももにどーーん、と。で、馬路さーん? 起きてください、口にアクエリ流し込むので、ちゃんと飲み込んでくださいねー」


 全身保冷剤と氷まみれになった馬路は、薄目を開けてアク〇リを飲み込む。

「す、すいませ…ん、ご、ごめいわく…を…」

「馬路!!とりあえず気にするな、今から救急車来るから病院に行け!」

「は、はい…」

 バタバタとメンバー総出で馬路の冷却を行っているうちに、救急車が到着した。



 その後馬路は病院で点滴などを受けたが、無事に回復。夜には帰宅することができた。


「今日は申し訳ありませんでした、澤山さん…夜まで病院に付き添っていただき…」

「気にするな、無事でよかったよ。…ところで、なんであんな分厚いジャケット着て外回りしてたんだ? 内勤の時は、半そでのYシャツだったよな」

「あ、いえ…実は昨日、うちのアパートの上の階で、水漏れが起きてしまい…普段仕事着をまとめて置いているエリアが、その被害に遭いまして…無事だったのがタンスにしまっていた冬用のスーツしかなく、これで行くしか、と…」

「な、なるほど…」


 それでも移動中はジャケット脱いでいいんだぞ、とか、いや馬路のことだからきっと誰に会ってもいいように着たままにしてたんだろうな、などと部下の行動に思いをはせていると、ちょうど紳士服専門店の前を通りかかった。


「……馬路、お前誕生日今月だよな?」

「?はい、そうですが…」

「よし、俺からの誕生日プレゼントだ。とりあえず夏用のジャケットとYシャツ、買うからついてこい」

「はい???」


 その後店内では、部下の健康のために服を買ってあげたい澤山と、せめてお金を払わせてほしい馬路の攻防戦が広げられた。


 2人の戦いの結果は、満足げな表情の澤山と、申し訳なさそうにしながらも涼しげなスーツを着た馬路の様子で、察してほしい。

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