43 麗人の静かな怒り

「あんたたちが乗ってた車に残されてたよ」


 はっとタカは喉をひくつかせた。そうだ。広田ひろたが車に載せていたやつだ。あの車をぶんどって出発したとき、最初はひとりがこいつを顔に巻いてサラリーマンを襲うって計画だった。結局なし崩しに、マスクをつけて大人数で袋叩きにすることになっちまったから、こいつはもういいって車に放置して、すっかり忘れてしまっていた。いつ取り出した……あのときか。車に寄りかかっておれたちを挑発するように見ていたとき……あのとき車にロックをかけていたかどうか、もう思い出せない。


 そんなタカの心中を、もし岬井みさきい一馬かずまが聞いていたら、冷徹にツッコミを入れていたに違いない。車をロックしていたとしても、木坂きさか麗人れいとには無意味だぞ、と。


「過去の被害者にこれを見せたら、犯人はこれを顔に巻いていたと証言できる人もいるかもしれないね。それがなんで、あの車に載せてあったんだろう? あの車になんで、あんたたちがごく普通に乗り降りして使っているんだろう? ――あ、そうそう、あんたたちがあの車にすんなり乗るところ、写真撮ってあるから。ナンバーも写りこんでるやつ。ナンバー調べたら、本来誰の車なのか、わかるんじゃないかな。そういえば、児童相談所の職員さん、大けがして病院に搬送されたらしいね。事件の関係者なのかな?」

 麗人は次々に爆弾を投げつける。


 タカは、足元の地面が揺れたかのような感覚に襲われていた。そうか、広田の車からおれたちの居場所を割り出して、追って来たというわけか。だとしても……広田がそんなに早く発見されるとは。ここまでおれたちをたたみかけてくるスピードは尋常じゃないぞ。


 なんなんだ、こいつら。


「そこまでして、ルイちゃんの罪状に乗っかって事件を起こそうなんて、ちょっと感心できないなあ。しかもルイちゃんを脅迫までして黙らせようなんて。自分の罪は自分で背負わなきゃ。責任逃れする男って、モテないよぉ」

 麗人はそこまで、あっさりと割った。


     〇


『ルイは、警察に行けという方向で説得する。応じないようなら、それもあいつの人生だ、それ以上は知ったこっちゃねえ』


 ――黒川は、マサキとの「会話」が終わった後、広田の車を捜してくれと麗人に依頼した電話で、並行してそう伝えてきていた。


「……ルイちゃんの罪は罪として、タカとの交渉ではっきりそう取り扱ってしまってもいいワケね?」

『かまわねえ。つうか、ルイにはそれしかねえと思う。おれはそこまで腐ってねえつもりだ』

 黒川は断言した。


『ルイを下手にかばう必要はねえ。あいつの罪はあいつの責任だ。けど、あいつが不当な脅迫で犯罪に追いやられたことを攻撃材料に使う奴は、勘弁ならねえな』

「なるほど」

『あとはまかせる。そういう駆け引きはおれよりお前の領分だ』

 あまりにあっさりした言い方で、黒川は麗人に全権を委任した。彼がそこまで明かしてくれたからこそ、麗人はタカとのやりとりの中で、黒川と意思統一して、ぶれずに話すことができたのである。


 ……女性を堂々と脅迫する男。

 そして、黒川にとって大切な思い出なら、自分にとっても大切にすべきものだと、ごく自然に麗人は認識していた。それを踏みにじろうとする奴は……。

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