41 我らがステージへようこそ

 タカたちが駐車場の敷地に入ったとき、外灯の光の中からあの男は消えていた。捜せ、とタカは合図した。


 駐車場は店舗の裏手にも続いていた。端に1本だけ、店舗より高い木がそびえている。敷地の外側は農耕地で、遮蔽しゃへいといえるものはほぼない状態だ。さらに向こうは雑木林になっている。全体的に暗い。これは都合がいい。ただし、離れているとはいえ民家がまばらにあるようだから、騒ぎが長引くと通報されるかもしれない。


 こつん、と硬い靴音が鳴った。タカたちは振り返った。


「こんばんはぁ」

 場違いなあいさつが、駐車場に流れる。


 外灯の光をスポットライトのように受け、タカたちが捜していた男が立っていたのだ。黒いタキシード、白いシャツ、黒の蝶ネクタイとカマーバンドが、状況にそぐわないのによく似合う。体躯は細く、すらっとしていて、いかにも軟弱な優男やさおとこといった印象だ。くせの強い髪を肩近くまで伸ばし、束ねている。丸い瞳は笑っているのか、ふざけているのか、鋭いのか。

 仲間と思われる男もふたり、左右に従えていた。Tシャツ姿で目つきの悪そうな男はまあいいとして、もうひとりには軽く狼狽する。えらく背が高く、作務衣を着ているのだ。無表情に近いせいもあって、威圧感がなかなか大きい。


「おれたちに用があるらしいな」

 タカは、パイプを肩にかつぐように持って、話しかけた。

「あんたたちこそ、オレを追いかけて、そのパイプでもって、どうする気だったのかなぁ?」

 黒いタキシードの男――麗人れいとは、圧倒的な人数差とガラの悪さにのまれる様子もなく、むしろ楽しむかのように、聞き返した。その声は、誰かに素養があれば、弦楽器の独奏のように聞こえたに違いない。


 タカの手下の中には、「なんだとコイツ」「おい待て」など、さまざまなやりとりが渦を巻いた。タカはわずかに目を細め、たずねた。


「お前、ナニモンだ?」

「見ての通り、女性の味方」

 ……人を食った回答である。答えそのものよりも、タキシードの左右にいるふたりの反応が不快だ。Tシャツの男は苦々しそうに顔をそむけたが、どうも本気で苛立っているように見える。作務衣の男は奇妙に顔を歪め、手でおさえてむこうを向いてしまったのは……笑ったのか?

「なんでおれを挑発した」

「挑発ゥ? オレが? あんたをォ?」

「おい、白々しいからやめろ」

 Tシャツの男――一馬かずまが、麗人にクレームをつける。とぼけるのはともかく、口調があまりにもわざとらしいので、タカばかりか一馬まで腹が立ってくるのである。


「そうかい、女性の味方、かい」

 男たちがどっと笑ったが、タカはどうにも笑う気になれなかった。「女性の味方」という表現がどうにも……何かをつついてくるのである。こいつは見かけほど油断できない、と。


「その女の味方が、なんでおれに目を付けた」

 タカの声が硬質性を増した。

「女じゃないよぉ。じょ・せ・い(ウィンク)」

「なんでもいいから話進めろ!」

 激発して麗人を怒鳴りつけたのは、タカではなく一馬だった。タカたちはむしろそれであっけにとられ、どこからつっこんでいいのかわからなくなってしまった。

 まさかこいつら、おれたちに漫才を披露するために、ガン飛ばしてきたんじゃないだろうな?


「話進めろったってさぁ……心当たりがあるのは、この人たちでしょお?」

 麗人の語尾がくるんと渦巻状になった。

「…………なんだと」

「心当たりあるでしょ。えーと、タカさん、だっけ?」


 ……タカの言動が完全に硬化した。


「なぜ、おれの名前を知っている?」

「ひ・み・つ♡」

「そうかい、じゃ別の質問だ。女性の味方が、おれに何の用だ」

「だからさ。自分のお手手を胸に当てて、よぉーく考えてごらんな。つい最近、迷惑かけた女性がいるでしょ? あるいは、怖がらせてしまった女性といった方がいいかな」


 ……静かに、タカの胸中を転がるものがある。ゆるやかな坂を。その先で「ぽちゃん」という音がしそうな気が、している。


「思い当たらんな」

「それとも、これからご迷惑をおかけする気満々の女性、といった方がわかるのかな」

「意味がわからん。男になら迷惑はかけたかもしれんが」


 ……しまった。

 タカは、唇を閉ざしたまま歯を噛みしめた。口を滑らせてしまったことに気づいたのだ。


「ほーほー、男になら。具体的に、何人くらいに迷惑かけたのかな、そのパイプで?」

 半グレたちが剣呑な空気を漂わせた。

「なんだテメエ……」

「待て」

 タカは片腕を上げて手下を制止しながら、麗人を改めて観察した。見たところ、いや見るからに軟弱だ。これでケンカが強いということは、まずないだろう。そのくせ、この油断のならなさは何だ。明らかに弱いのに、得体のしれない不気味な笑みが、タカをゆっくりとどこかへ沈めようとしている。自分より若いのに、おそらくまだ10代のくせに、おちゃらけた言動の内に相手を飲みこもうとする何かがある。こんな相手は初めてだ。

 ……叩き潰してしまえば問題ないか。


 だが……こいつは、何をどこまで知っているのか。


「女性については、本当に思いつけないんだがな」

「あらら、そのお年で忘れっぽいのね。そりゃ、オレだってちらっとしか見てないけど、けっこうカワイイんじゃないかなあ、ルイちゃんって」

「……お前本当に、どこから……」


 言いかけて、タカは口を閉ざした。ルイに関してこちらの情報が漏れるとしたら、出どころはルイか広田しかない。こいつはルイの知り合いなのか。それとも、広田が救助されたのか。わかりにくいところに押し込んでおいたのに。あのスーパーもルイのアパートも、ここからではけっこうな距離だぞ? そもそもなぜこいつら、おれたちの居所がわかった?


 ケンカなら場数は踏んでいる。相手の強さに怯えたことはほとんどない。はったりも常套手段だ。しかし、弱いのに不気味な相手というものに直面して、タカははっきりと、足の踏み場に迷っていた。

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