200×年 ?月
そこまで読んで私はまぶたを閉じた。
疲弊した眉間をゆっくりと揉んだ。
この年になるとデジタルな画面を見続けるのはつらい。
特にこの携帯電話の画面は老眼には狭すぎる。
静かだ。
リノリウムの床敷の部屋に、ポタリ、ポタリと水の音と、無機質な電子音だけが響いている。
ときおり廊下から看護師や他の患者の声が聞こえる。
それ以外の音はほとんどない。
娘にブログを書くことを勧めたのは心療内科の先生だった。
それで娘は少しずつブログに心情を吐き出した。
そのおかげで私も娘が体験した事を細かく知る事ができた。
そして後悔した。
知らぬこととはいえ、娘をこんな目に遭わせてしまった事を。
仮名(ブログでそう書いていたのでとりあえずそう呼ぶ。なんだってこんな、本名にかすりもしない名前にしたのか。)は家に帰ったらすぐ元気になった訳ではなかった。
あの土曜日、3か月ぶりに娘を連れて帰宅した、その翌日の日曜日。
娘が吐き気と苦痛を訴えた。
苦しみ方が異常だったので最寄りの急患センターに連れて行き、そこで初めて熱中症と診断された。
病院で思い当たる原因を聞かれた娘は
「水曜日に営業で一日中炎天下を外回りしたので恐らくそのせいだと思う」
というような意味の事を答えた。
ここまで答えを導くのは大変だった。
私はこの結論を聞いて、娘は総務で事務をしていると聞いていたのに営業で外回り?何かの間違いか、何か嘘をごまかしているのか?と思った。
のちに娘が書いたブログで外回りをしていたと知った。
営業事務の訓練の一環として慣れた営業の人間について周るならわかるが、営業職でもない人間と組まされ外回りをさせられていたとは…
それも見知らぬ町で、しかも飛び込み営業だったとは…
いずれにせよ我々は、数日後に症状が出る熱中症もあるとこれで初めて知った。
これで回復するかと思いきや、これは悪夢の序章でしかなかった。
娘は、別人のようにおかしくなっていた。
娘はとつぜん家じゅうの文房具をしまい込んだりいきなり雑巾で家じゅうを磨きだしたり、ある時いきなり百均でクリップや付箋をごっそり買い込んできたり、かと思えば急に叱られる叱られるどうしようどうしようと泣きながら買い込んだ商品を返品したり、そんな奇行を繰り返すようになった。
なぜそんなことをしたかと問えば
「仙波さんに叱られる」「またショー子さんに何か言われる」
と答えるばかり。
このときはまだ私も妻もなんのことか全くわからなかった。
娘に言われて録画していたドラマや音楽番組も
「そんなの見たらまたショー子さんに何か言われる」
と全く見ようともしない。
それ以外は、ひたすらに無気力で、一日中何もせず布団で寝るかぼうっと天井を見ているだけだった。
三度の食事に呼んでも食卓に来ない。
叱責すればとりあえず来るが茶をひとくち飲んだだけで「きつい」と部屋に戻ってしまう。
娘は空腹だから来たのではなく、来なければ叱られるから来ただけだと我々が気付いたのは一週間目だった。
娘は、食事も入浴も、日常生活の全てを自分が欲するからではなく、それをしなければ叱られるからという理由で行動していた。
つまり腹が減ったから食事をとるのではなく、叱られるから飯を食っているのだ。
このことも聞き取るまで大層な時間と手間を要した。
現にあえて私達が放置していたら娘は本当にまる3日ほど何も飲まず食わずで過ごした。
妻が少しでも娘を元気づけようと彼女の好きなバンドの新曲を買ってきたが、CDを渡した途端、娘はひゃああとおかしな悲鳴を上げ半狂乱でマンションの7階の窓からCDを放り投げてしまった。
時には古き良きレコード屋でジャケ買いをするのが趣味だった娘がCDを放り投げるとは…
なぜそんなことをしたかと聞き取ると(これも数時間を要した)そんなものを買ったらショー子さんに叱られるから、だった。
娘はCDのレシートを見て、ええ、1500円もしたの、1500円も、仙波さんとショー子さんにまた叱られる、1500円なんて、どうしようどうしようまた何か言われる何か言われると狂ったように泣きわめいた。
なぜ1500円程度でここまで娘が狼狽するのか、この時の私達は全くわからなかった。
気晴らしにと提案した旅行すら、旅行なんか行ったら支店長に叱られるまた外国で麻薬を売ってくるのかと笑われると大泣きしだした。
さらには
「いま仙波さんの声が聞こえた」
「ドアの外に仙波さんがいるんだ。遅刻したから迎えに来たんだ」
「ショー子さんの声が聞こえる」
「支店長が呼んでる」
と一日中怯えだした。
私も妻も、一生娘の『介護』をしていかねばならないのかと途方に暮れた。
とはいえ、さいわい今はつまづきを恥ずかしがる時代ではない。
私の話を聞いてくれた名古屋さんは、かつてお世話になったという心療内科を紹介してくださった。
薬やカウンセリング、さらにブログを始め心のうちを吐き出した事で、娘は少しずつだが回復してきた。
親の私達も知らなかったが、どうも娘は話すよりも文章にする方が考えがまとまりやすいタイプのようだ。
また名古屋さんには同時にパワハラに強い弁護士も紹介していただいた。
色々相談したが本当に親身に相談に乗ってくれる先生だった。
「名古屋さんに相談を受けた時と何も変わっていませんね。最低賃金とか労働基準法って概念、知ってるのかな、その会社」
「問題になる点は色々ありますが、とくに埃まみれの倉庫に理由なく閉じこめたことは監禁罪が成立します」
弁護士の先生が力強く言ってくれた。
それにしても、思い出すにぞっとする。
娘を奪還するために〇〇県の株式会社〇〇産業に向かった土曜日のあの日。
名古屋さんが「嫌な予感がする」と同伴してくれて本当に助かった。
あの会社の連中の目は異様だった。
娘が就職して一ヵ月ぐらいの間はほぼ毎晩娘からの近況報告の電話があった。
壁からカリカリと音と聞こえるとか、夜道が怖いとか、どうしても馴染めない、辞めたいとかそういう話ばかりだった。
すべて新地に慣れないせいだろうと私達はたかをくくっていた。
これがいずれ、近頃連絡がないわねどうしてるかしらね、となり、我々親の方が寂しがって娘に電話をするようになるだろうと私は妻と笑っていた。
今思えばなんと無理解だったことか。
私達の無理解をあざ笑うかのように、娘の毎晩の電話はまったく減る事はなく、それどころかどんどん会話がおかしくなっていった。
6月のあの水曜日の夜にかかってきた電話の内容は妻を絶句させた。
日曜日、クッキー、バウ、ショー子さん、バウ、クッキー、バウ…
誇張ではなく本当にこれだった。
妻は何のことかさっぱりわからず、野良犬にでも吠えられたの?と聞き返した。
娘は、ちがう、バウはお父さん、とまた要領を得ない事を繰り返す。
妻は、恐らくショー子さんとやらの飼い犬の“クッキー”が吠えて怖いという事だろうと推測した。
娘が幼い頃、近所の飼い犬を泣いて怖がっていたからだ。
妻は、ただでさえ胃痛で苦しい時に、毎晩毎晩かかってくる会話にならない娘の電話にうんざりしていた。
妻はアドバイスした。
―――飼い犬なんかどうせ紐でつないであるんだから、そういうのは軽くいなしなさい。
今思えば、娘があんな会話しか出来なくなった時点でおかしいと思うべきだったのだ。
娘のブログでバウとクッキーの意味を知った私と妻は愕然とした。
6月のあの日の金曜日、名古屋さんから連絡を貰わなければ、娘は日曜日どんな目に遭っていたか…。
本当に名古屋さんには足を向けて寝られない。
金曜日、名古屋さんはわざわざ私の職場まで来てくださり、〇〇県の展示会で娘と会った時の事を教えてくれた。
そして「人様のお嬢さんを盗撮なんてどえりゃあ気が引けたが…」と言いにくそうに携帯電話を見せてくれた。
そこには名古屋さんがこっそり撮った娘の写真が映っていた。
「お嬢さんは…もともとこんな、その…スリムな…方でしたか」
私は思わず息をのんだ。
娘は株式会社〇〇産業と書かれたジャンパーを着た人達に連れられて歩いていた。
どちらかといえばぽっちゃり型で童顔な娘が…
いつも自分にご褒美などと言いながらバイト先の売れ残りのコンビニスイーツをほおばって、また体重増えちゃった~今度こそダイエットするんだ~と言って、次の日また売れ残りスイーツを持って帰った彼女が…
そこに映っていたのは屍だった。
頬はこけ、目に生気は無く、目のまわりは窪み、げっそりしていた。
おまけに異様なほど猫背になっていた。
他の社員に引き連れられている娘は、まるで引っ立てられる罪人のように見えた。
遠目でもわかるほどの惨状だった。
金曜日の夜、娘に電話したら、娘の声は妻の話以上に常軌を逸していた。
――殴られる、お願い、早く来て、殴られる、バウ…
娘が「殴られる」と恐れていた相手は、恐らく上司だろうと思っていた。
さすがに女子社員を殴る上司というのはスパルタが過ぎるな、と思った。
まさかそれが上司の親のことだったとは…
私は、実際に娘の職場に行くまで、まさかあそこまで辺鄙な場所とは思っていなかった。
娘から、会社がぼろいと言う話は聞いてはいた。
だが住所をみると県庁所在地だったので娘が大げさに言っているだけだと思っていた。
繁華街の近くに位置する短大で遊びを覚えた今時の若い娘なので目が贅沢になっただけだろうと思っていた。
実際に行ってみて、まさか20歳の娘の職場がこんな山奥のオンボロプレハブ小屋とは思わなかった。
中に入ると受付があったが全体的に狭く汚いと思った。
汚くて狭い和式トイレが一室だけあった。
娘もまさかここを使っていたのか。
トイレの隣には給湯室があった。
かび臭くて食欲が失せる給湯室だった。
茶渋だらけの汚い湯呑が無造作に置いてあった。
まさか娘もこれを使用していたのかとぞっとした。
そしてあのとき。
会議室のような部屋で、娘を取り囲んでいた社員たち。
その顔を見て私はぞーっとした。
振り返った彼らが私を見た時の、化け物か異物でも見るような目。
これは関わってはいけない連中だと直感した。
言葉では表現できない本能のようなものでそう感じた。
娘と3か月ぶりに再会した時のショックはとても言い表せない。
まだ20歳なのに頭には白いものがぽつぽつまざり、目は窪み、やつれはてており、背筋が曲がりひどい猫背になっていた。
何より、涙で顔がぐしゃぐしゃ、目は赤く腫れて、それまで娘が泣きはらしていた事は一目瞭然だった。
こいつら娘に一体何をした……
私は自身の怒りを抑えるのに必死だった。
最低限の礼儀として退職の挨拶はこころみたが、連中の話の通じなさは筆舌に尽くしがたかった。
文化が全く違う外国人、なんなら宇宙人とでも話している気分だった。
日本語なのに話が通じない。
耐え切れず名古屋さんに娘を外につれだしてもらった後
「娘を売るほど貧乏なんじゃなかったの…?」
という声が上がった。
きょとんとした顔の女子社員が目と口をまん丸く開けて私を見ていた。
最初に見た時は、なんで中学生がこんな時間に会社にいるんだ、誰か社員の身内か?と思った。
「娘を売るほど貧乏」の意味は長くわからなかったが娘のブログを読んではらわたが煮えくり返った。
恐らくあの子がブログで“ショー子”と呼ばれていた子だろう。
娘があの、会議室のような部屋から消えた後、一人残った私と会社の連中の間でひと悶着起きた。
一番年配そうな中年男性(恐らくブログで“支店長”と呼ばれていた男)が恐ろしい形相で私に言った。
「待て、それは本当に許されん。クッキーがあるんだぞ!」
この時の私は(クッキー?そういえば娘も電話でそんなことを言っていたような…)としかわからなかった。
私は、クッキーとは何のことだと聞いた。
私は、ここまで鬼気迫る表情で言うということは一般的な菓子の事ではなく、何か別の事を意味するこの会社の専門用語かもしれないと思った。
“支店長”は私に詰め寄ってドスを利かせた声で言った。
経験上、相手に対してこういう威嚇のような話し方をしてくる人間を相手するとろくなケースにならない。
「仮名(また呼び捨てだ)は明日、△△(女子社員の下の名前。よく覚えていない。おそらくショー子の事だろう。そしてまた呼び捨てである)と一緒にクッキーを作る約束をしているんだ。月曜にそのクッキーを会社に持ってくる約束だ。もう決まった事だ!!」
私は、だから、クッキーとはこの場合何のことだ。わざわざ社員が休日を返上してまで作らなければいけないほど重要なものなのか、と尋ねた。
後ろの野次馬がざわざわと騒ぎ出した。
「嘘…クッキーも知らないの…?」
「オンバ(聞き取れなかった)も知らないぐらいだからねぇ…この親にしてこの子ありね」
私は、クッキーとは茶菓子のクッキーの事かと問うた。
“支店長”は「それ以外に何がある!」と叫んだ。
…本当に茶菓子の事だった。
友達とクッキー作り?
そんな話は娘から一切聞いてない。
よしんば本当にそんな約束をしていたとしても今はそれどころじゃない。
私は、妻が危篤だと言ったのだ。
それなのにオトモダチとのクッキー作りの方が大事とは何のつもりか。
“支店長”は更に私に詰め寄り吠えた。
「勝手は許されんぞ!月曜は…月曜にはっ…社長が来られるんだぞ!」
社長が?
私は、何か重大な用件でもあるのかと聞いた。
例えそうだとしても人命には代えられん。
支店長はフーフーとすごい鼻息で言った。
「俺が、仮名が(また呼び捨てだ。実の親の前でよく呼び捨てにできるもんだ)△△とクッキーを作ると社長に話したら社長も専務も副社長も、それは素晴らしいと感動して月曜にわざわざこの支店に来てくださることになったんだ!社長が、みずから、わざわざ!そんな社員がいると、この支店が社長に、認められたということだぞ!」
…社長や専務が、社員のクッキー遊びに感動してわざわざ足を運ぶ?
よほど暇なのか、ここは…
後ろの野次馬の女子社員が二人、発言した。
「ちゃんと私が教えてあげます…クッキー、すごく簡単ですから(私の苗字)さんでも作れます」
「あ、私も手伝います!ちゃんと教えてあげますから」
(私の苗字)さんでも作れるとは何だ。
娘はクッキーぐらい小学生の頃から作ってる。
ある時期、残業続きで疲労困憊で帰宅した時、当時小学生だった娘が、おとうさんいつもありがとうとはにかみながら、まだ少しあたたかいクッキーを私にくれたのだ。
あの時の事はずっと忘れられない。
多少甘味が強かったうえに形も不揃いだったが、あれは間違いなく世界一のクッキーだった。
妻は、私はほとんど手伝ってない、娘が一人で本を見ながら作ったと感心していた。
他にもカステラやパウンドケーキなど娘は色々作った。
私は正直言って甘味は苦手だがあの時は幸せだった。
娘が中学ぐらいになり、妻もパートで働くようになってからは、妻が夜勤の日は娘は夕飯だって作るようになった。
そんな娘が、今更菓子作りで素人に教えを乞うようなことなどあるか。
私は思わず叫んだ。
「人の命がかかっている時にクッキークッキーって何を言ってるんだ!それも、いい大人が!」
すると
「は…?」
と“支店長”が目と口を真ん丸にして驚いた。
思いもしない、予想外の事が起きたという顔だった。
「私は、妻は危篤だと言ったんだ!今、娘を連れて帰らないと、娘は実の母親の死に目に…」
「ばかたれ!!」
“支店長”が一喝し、拳を振り上げた。
テーブルに乗っていた花瓶が落ち、割れた。
中に入っていた雑草のような何かの花が、こぼれた。
「社長だぞ!!社長がみえられるんだぞ!!わかってるのか!!」
怒りより先に諦めが出た。
本当に本当に、名古屋さんから聞いていた以上だ。
さきほどの“支店長”の言葉を思い出した。
――俺は親が死のうと身内が倒れようと一日たりとも会社を休んだ事はない!ここにいる者みな同じだ!
郷に入りては郷に従えと言うが…
周囲の野次馬の中の女性社員がそそくさと出て来た。
まるで何も見ていないというような無表情で、割れた花瓶を片付けだした。
まるでロボットに見えた。
娘はここまで価値観の違う所で生きていたのか、自分はここで三年も耐えろと言っていたのかとこのとき痛烈に後悔した。
“支店長”はまだ言う。
「もういい!△△、今すぐ仮名と家に帰って二人でクッキーを作れ。仮名、まだ外にいるはずだ。母親に会うのはそれからでいい。いや待てよ、二日前のクッキーなんか社長に振舞う訳にいかん。やはり月曜当日に出来立てを…」
「(私の本名)さん!」
いつの間にか会社の中に戻ってきた名古屋さんが叫んだ。
あとで聞けば、私の帰りが遅いので心配して来てくれたそうだ。
本当に名古屋さんには足を向けて眠れない。
「時間の無駄だがね!昔と全然変わっとらん!相手したらあかん!」
そうだ…
言葉の通じない相手にいくら粘っても無駄だ。
だが言われっぱなしもしゃくに触る。
私は最後に啖呵を切った。
「そんなに菓子が食いたきゃ、きさまが作れ!」
「はっ…?」
“支店長”が目をむいた。
「それともなにか、この会社は、重役をもてなす茶菓子に困るほど火の車なのか!危篤の身内がいる社員がわざわざ休日を返上して菓子を作らねばならんほど、ここはオケラなのか!」
大声で叫んだ事で彼らが一瞬ひるんだ。
「そんな甲斐性の無いところに娘は置いておけん!無関係な、業務外の労働を強制することも労基に伝えておくからな!」
もう1秒とてここにいたくない。
私は名古屋さんと一緒に逃げた。
名古屋さんはあとで娘のブログを読んで
「だだだ、誰がスパイだがねっ!山奥のボっロい虫食いだらけの掘っ立て小屋なんかに産業スパイなんぞ来るかっ!」
「最悪だでよ、あそこは昔っからなーんも変わっとらん!」
「きっとあの人らあのあと大騒ぎだったはずでよぅ。娘売る程の貧乏認定しとった三井さんがスーツに外車で来たで、でら肝潰したが」
「またなんか新しい言い伝え作って孫子の代まで語りついどるはずみゃ」
と苦笑いしていた。
(※念のために書いておくが名古屋さんは実際はこんな名前ではないしこんなへんてこな名古屋弁も話していない。)
娘を奪還した後、とりあえずいま回収できそうな荷物や貴重品だけでも持って行こうと思い、名古屋さんと一緒に娘の社宅アパートに行った。
そこでさらに絶句した。
社宅アパートは2階建てで、1階に4部屋、2階に4部屋、合計8部屋のアパートだった。
異常なのは1階部分だ。
どういうわけか1階の4部屋は全室物置、はっきり言ってゴミ部屋と化していた。
1階の4部屋すべてにほこりまみれの家具だかゴミだかわからないものがぎっしり詰まっており、1階部分の白く煤けたベランダのガラスからそれが透けて見えた。
新社会人の娘の新居がこんなゴミ溜めの上だったとは…
2階部分は他にも住民がいるようだったが、少し力を入れれば簡単に蹴り破れそうなボロボロのドアには絶句するしかなかった。
会社の連中が追ってくる恐れがあるので急ぐことにした。
荷物を片付けている数分間だけでも、天井から小さい虫がボロボロ落ちて来るわ壁からカリカリとねずみが壁をかじる音がずっと聞こえるわゴキブリが何匹も出るわで散々だった。
こんなところに一人娘が3か月も住んでいたのかと改めてぞっとした。
娘からねずみの音の話は聞いていたが小さな野ネズミでも1匹2匹まぎれこんだぐらいだろうとたかをくくっていた。
台所には、ゴミ袋が3袋ぐらい溜まっていた。
ゴミを捨てる暇も無かったのかと娘に聞いたが、ゴミ捨て場に捨てると近所のおばさんに叱られるので捨てられなかったと娘に言われた。
近代生活を送れる基盤が整っていないのか…
ゴミ袋には見切り品シールが貼られた袋ばかり入っており、娘がいったいどんな食生活を送っていたのか考えただけでめまいがした。
この3袋が娘の3か月…。
妻が入社祝いに4月に娘に贈った、妻の故郷の特産米の5kgの米袋が、半分ないし2/3ぐらいしか減っておらず、娘がやつれはてた原因の一つが見えた。
トイレはボロボロの和式、風呂場はアパートの共同廊下に面していて、両方とも廊下側に窓までついていた。
これではアパートの共用廊下から容易に中が覗けてしまう。
社宅の家賃が1万円と聞いた時は何かの間違いかルームシェアでもしているのかと思ったが、こんなあばら家、家賃1万でもぼったくりだ。
こんなところを社員寮にして、あまつさえそこに新卒の20代の嫁入り前の女子社員を住まわせるとは…
しかも周囲は同じぐらいぼろい民家と田んぼしかない。
私が学生時代住んでいたオンボロ寮とてここまでではなかったし少し歩けば銭湯や雀荘、小さいながら多くの店舗を構えた繁華街などがあったのに…
こんなところでまだ遊びたい盛りの20歳の娘が過ごしていたとは…
人間到る処青山あり。
かわいい子には旅をさせよ。
住めば都。
郷に入っては郷に従え。
他人の釜の飯を食わせよ。
私は、人生とは旅だと思っている。
世界中、どこに行っても何かしら得る物はある。
そう信じてきた。
しかしこの一晩だけで、少なくともここは我々にとっては、なんら得る物はないと思い知った。
妻はブログを読み、まさかこんな目に遭ってたなんて…と泣き崩れた。
バウの件といい、娘からの電話はよくわからない事をぽつぽつ言うだけで用を得ない会話だったので我々も事態が把握できなかった。
今思えば娘の言動が明らかにおかしくなっていったのに私達は何故それをおかしいと思わなかったのか。
せめて娘が下の名前で呼び捨てにされていることをもっと早く知っていれば、にぶい私も何か感じたかもしれない。
いや、今思えば娘に研修で土下座をさせられたり暴力や洗脳のようなことを聞いていた筈なのに。
私は、聞いていなかったのだ。
耳をふさいでいたのだ。
改めて娘のブログを読み返してみると、株式会社〇〇産業の新人研修についても私達はとんでもない勘違いを多数していたことに気付いた。
まず、娘が受けたという土下座の練習。
たしかにこれは、話を聞いた時もひどいと思った。
しかしそのあとはまともな研修があったのだろう、心のモヤモヤを吐き出す討論とかいうのも一種のセレモニーのようなものだろうと高をくくっていた。
改めて娘によーく話を聞きなおすと、なんと会社は研修の三日間全てをこの討論につぎ込んだと言うのだ。
私はてっきりそういう事をしたのは最初ぐらいで、あとはちゃんと業務に関する事を教わったと思い込んでしまった。
業務に関する事でやったのは「紙かぞえ」だけだという。
なんだそれは、と聞くと、紙束を数える練習らしい。
それも、いきなり新卒に紙束を渡して「やってみろ」と言い、新卒が慣れぬ手つきで1枚2枚…と数えると上司陣が手を叩いて「日が暮れる」と大爆笑。
そしてやっと10枚ずつ手早く数えるやり方を教える。
全部で20分程度で終わるものだったそうだ。
つくづく、この会社は人に何かを教えるという概念が無いのだろうか。
山本五十六が聞いたらさぞ憤慨するだろう。
娘の先輩である「仙波さん」とやらも娘にまともに業務を教えなかったというし。
そういえば娘のブログで言われていた「40代ほどのマッチョ上司」は、求人票に書いてあった運転免許の事を尋ねた男子の新卒を「そんなことは書いていない、嘘をつくな」とぶっ飛ばしたと言うが、娘の引き出しにしまっていた株式会社〇〇産業の求人票のコピーにはしっかり運転免許必須と書いてあった。
研修の担当者が、求人内容を把握していないのか。
娘がこの研修でもっとも耐えられなかったエピソードを記す。
顔立ちが可愛いから生意気だといじめられていた新卒がその過去を他の新卒の前で無理矢理白状させられ、その過去を吐露すると「よく言った!」とマッチョ上司にガシっと抱きしめられてお涙頂戴、という話だ。
この話を私達は完全に頭から勘違いしていた。
妻も私も、顔が可愛いという理由でいじめられた子は、ハナから男子だと思いこんでいたのだ。
女顔を理由にいじめられ、そのせいでイジイジしていた男子を、上司は渇を入れるためにハグしたんだろうと。
泣ける話ではないか、などと思っていた半年前の私の頭を金づちで殴りたい。
改めて娘に話を聞きなおすと、抱きしめられたのは、女子だったのだ。
妻は
「それって…女の子の話だったの!?おじさんが!?研修で!?女の子を!?」と真っ青になった。
嫁入り前の娘が、自分と同じぐらいの若い娘が中年の男性に抱き着かれるシーンを見せられていたとは…
しかも研修最終日には「昼寝の研修」などというこれまた意味を解せない研修もあり、みなで雑魚寝をさせられたという。
私は思わず、それは当然、男女別室だったんだよな!?と娘に聞いた。
娘は、同室だったと答えた。
簡単なパーテーションで区切っただけの室内で、成人近い男女で雑魚寝をさせられたという。
この辺りで私は強烈なめまいに、妻が耐えきれなくなりトイレに走った。
さらに「片親である事を白状させられる研修」もあったそうだ。
参加者全員目を閉じさせて「この中で片親の者、挙手しろ」と…
私はこの辺りでギブアップした。
胸やけを起こしそうだ。
あとで名古屋さんに聞くと
「ああ…昔と全然変わってないがね。今ならそれ、男でもセクハラだぎゃあ。気色悪い」
「しっかし…まーだやっとったんきゃあ、アイドル握手会と雑魚寝の練習と片親カミングアウト」
とため息とともに言われた。
また、研修の舞台が山奥の施設でそれを取り仕切っていた責任者(娘のブログで書かれていた40代マッチョ上司)が松葉杖と書いてあり、これはまったくの初耳で驚いた。
そんな山奥で人様の子供を預かって万一山の災害などあったとき責任者が身体が不自由でどうするのだ。
娘に、なぜこのことを言わなかったのか問いただすと(これも相当気力を要した…)
松葉杖が怪我によるものなのか、もともとの障碍かわからなかったし、後者だったらそれを悪く言うのは良くないと思って言えなかったと泣かれた。
妻が、娘の小学校が「障碍のある人には親切にしましょう。差別は絶対にいけません」と教えていたとため息まじりに言った。
それとこれとはまったく違う!
さらにあの研修では多くの参加者のトラウマや個人情報が明かされたので、この事は誰にも言うなとその松葉杖の上司にくぎを刺されたと泣かれた。
なんでたかが研修で緘口令が出る。
どう考えても異常だ。
昨日今日会った者といきなり討論をさせられる。
討論により、お互いの心の闇を掘り返す。
ろくな討論のやり方の説明も無しでそれだけを三日三晩行う。
改めて娘が就職したのは何の会社だったかと頭を抱えた。
討論の過程でトラウマが暴露されていく。
いじめ、虐待、怪我や病気により夢を諦めた者…
中には親を亡くしただの事故等で目の前で家族や友人を失ったなどの、壮絶な過去を持つ者もいたらしい。
改めて話を聞きなおしてめまいがした。
入社前にもっとよくよく娘の話を聞いていればよかった。
なんでそんな壮絶な過去をたかが新入社員の研修で暴露されなければいけない。
そんなむごい過去をいきなり昨日今日会ったおおぜいの者達の前で暴露させられ討論の材料にさせられ、おおぜいの見知らぬ者達の前で白状させられる。
言えたら男性上司によく言ったと抱きしめられる。
何の刑罰だ、それは。
娘は、ぽつりぽつりと、事故で両親を亡くした女の子もそうされてたと吐き出した。
もしも私がその女子の亡くなったという親だったら、その上司の夢枕に立って、きさまふざけた口実でよくも娘に抱き着いたなと祟ってやりたい。
討論の相手役に選ばれた者、トラウマを引きずり出す手伝いをさせられた者はあまりのことに、もう言わなくていい!と叫んだそうだ。
それに対し上司達は
「こいつはちゃんと自分の過去と向き合ったのに、それを止めるなんてお前はまだまだだな」
とせせら笑ったそうだ。
娘はこのあたりの事を話す時、わっと泣き出した。
この話を話す時だけ、娘の態度が違った。
私は、もしかしてこれは娘自身の体験なのではないかと思った。
討論の相手役に選ばれたのは、娘だったのでは…
親を亡くしたトラウマを発掘させられたのは、娘だったのでは…
そう思ったが、聞けなかった。
飲み会もせいぜい初日に簡単なドリンクで乾杯したぐらいだと思っていた。
これも実際は大間違いで、研修の間は毎晩どんちゃん騒ぎを繰り返していたそうだ。
のちに弁護士の先生を通じて娘が研修を受けた施設の職員に尋ねると、確かに三日間、夜に大量のオードブルやビールをケースで用意したと聞いた。
職員は
「普通の会社の研修にしてはどうも異様な感じだったし夜は毎晩どんちゃん騒ぎをしていたし、一体何をしているのか不思議だった」
と語っていた。
妻が「高卒の子もいたのよね…て事は当然、未成年よね…」とつぶやいた。
参加者は毎日三日間、一日四食食わされていたのだ。
妻が「いくら若くても胃が壊れるわ」とため息をついた。
私が20代の時でもたぶん途中で根を上げていただろう。
妻は、そのあと娘を含む数人の女子社員が洗い物を片付けた事に対し大目玉を食らった事件にも憤慨した。
「なによ、うちの子も含めて、みんな気の利いたお嬢さんじゃないの!あんたたちの食い散らかしを片付けてあげただけじゃない!叱る事じゃないでしょうが!」
一通り吐き出すと娘はまた泥のように眠った。
「きっとこれ、あの会社の、毎年の恒例行事なんでしょうね」
妻が怒りと皮肉を込めた口調で言った。
「そりゃ経費で毎年こんなことできたらずいぶんと楽しいでしょうね。飲み放題食べ放題、昼は適当に若い子を怒鳴りつけて日ごろの憂さ晴らしして、可愛い子いたら適当な口実つけてベタベタできるし。感動したって事にすれば抱き着いてもいいし。しかも夜は無料の若いホステスを選び放題だもん。現役女子高生女子大生ホステスよりどりみどり、そんな子にお酌してもらえるなんてそりゃあ松葉杖でも参加するわ!あーあ、ほんっと、たいした福利厚生よね!」
妻は、男の人ってみんなこうなの!?と半ば涙声で叫んだ。
私は「冗談じゃない、一緒にするな! 俺はそんなもん死んでもごめんだ!」と言っておいた。
まともな親なら、よそ様の息子や娘にそんな真似ができるか!
本当に私の落ち度だった。
まさか世の中にこんな企業があるとは思わなかった。
昨年、娘からちゃんとこれを聞き取っていれば…
宗教の修行のような奇妙な研修を行う会社があるとは聞いた事があったがごくごくまれな例だと思っていた。
新人研修といえば我が社はそのためのマニュアルや説明書作り、リハーサルなどに奔走していたのに。
そういえばショー子は娘に「本当に世間知らずね」と言ったそうだ。
それは、私達の事だった。
妻は、私達、まだまだ世間知らずだったわね…と言った。
娘がお世話になっている精神科の先生に研修の話をしたらため息交じりにこう返された。
「信じられないことに、そういうの、少なくないんです…専門家としてはもう絶句するしかないです」
「素人がそんな事してもなんにもなりませんよ。生兵法にもなりゃしない」
「そんな事してトラウマが治るわけないし見知らぬ他人に無理やりそれを打ち明けたからって以降彼らに心を開けるわけありませんよ。むしろ傷口に塩でトラウマが増えるだけです」
娘のブログには幾つかコメントが投稿された。
コメント欄に寄せられた情報により、オンバイケンが御梅軒という○○県と周辺の一部の県でしか展開していない定食屋のチェーン店だと知った。
娘に物知らずの烙印を押しその後の扱いを決定づけたのが飯屋の名前と知った時はショックで言葉も出なかった。
私は、娘に「オンバイケンも知らないのか」と揶揄した娘の友達に事情を説明し、あなたは一体どこでオンバイケンなる文言を知ったかと、尋ねてみた。
一人は元々○○県出身者だった。
「そういえば××県の短大付近には御梅軒が一軒も無かったが偶然だと思っていた。いま就職で別の県にいるが周囲の人に御梅軒について聞いてみたら誰も知らないと言うから驚いている。御梅軒なんてテレビやドラマの食事シーンにもよく出ているじゃないかと反論したら、あれは定食屋でしょと皆に言われた。中には、あれは地元のなんとかという有名な定食屋でオンバイなんとかなんて名前じゃないよと言う人もいた。いま自分でも混乱している、ちょっとわけがわからない」
という旨の返事が来た。
他数名にいたっては、あの時は会社の飲み会で酔っ払っておりふざけて言っただけで自分もオンバイケンという言葉はまったく知らない、私もそれに乗っただけ、との事だった。
ブログに情報を寄せてくれたのは元○○県在住で今は仕事で関東に住んでいると言う人だった。
その人いわく○○県の者はたいてい御梅軒を標準語および一般常識と思い込んでおり、テレビに出る定食屋はみな御梅軒のチェーン店だと思っているか、あるいは飲食店=御梅軒という認識らしい。
その人も、元々故郷に色々と思う所あり、一念発起して関東に出てきたが、色んな県の出身者と出会いそれまで自分が常識だと思っていた多くの事がひっくり返って驚いた、自分は故郷に染まっていないつもりだったがとんだうぬぼれだった、実家に残してきた母親だけが気がかりだが少なくとも自分は二度と故郷に戻るつもりはないと書いていた。
この人も色々あったのだろう。
妻が言いにくそうに言った。
娘はあの会社に赴任して以来一度も生理用品を扱った形跡が無かったらしい。
妻が娘にプレゼントした限定デザインの生理用品が2~3枚使った程度であとは減っていなかったそうだ。
私は危うく逆上しかけたがそういう話ではなかった。
そういえばブログには色恋の話は一切無かったし、娘にもそういう影はなかった。
状況を知るために、申し訳ないが勝手に娘のメールを全部見てしまったが、浮いた話らしいメールは一件も無かった。
確かにブログには、ショー子の父の奇行を目撃したとき、いわゆるあの日が来なくなった事も書いてあった。
要するに娘はそこまで追い詰められていたのだ。
肉体機能が止まる程に。
再会した時の娘のやつれっぷりからするにそうなってしまったのも頷ける。
妻の女の視点はもう一つ私の気付かなかった点に気付いた
娘よりも若い現代の若者であるショー子が「若い女性が十数万を得るには夜の店しかない」と思い込んでいることが怖いと妻は言った。
「何十万何百万円ならまだしも十数万なら女の子でもちょっと学生アルバイトでもすればどうにかなる。私が若い頃だって夏休みはスーパーのレジ打ちとか店員とかやって、それぐらいなら稼げたのに」
もうひとつ私には不思議なことがある。
なぜ大の大人があそこまで執拗にクッキーにこだわったのか。
これはさすがの妻もまったく想像もつかない、不気味で怖いと言った。
娘の友人たちのメールを読んで私は考え込んでしまった。
若い頃の私達は妻子に少しでも良い暮らしをさせるために滅私奉公してきた。
今と違ってコンプライアンスも何も無い時代だった。
今なら裁判沙汰になるであろう理不尽もままあった。
しかしどんなに疲れても帰宅して妻と幼い娘の寝顔を見れば疲労も吹き飛んだ。
この子の幸せの為ならばどんな苦難も耐えられると信じ頑張ってきた。
私達が身を粉にして働けば、この子達には明るい未来が用意されると信じていた。
娘の運動会を見に行き、同じ年の子供達がずらりと並んでいるのを見て、自然にそう思った。
娘と同じぐらいの子供達を見ると、この子達の為ならという何とも言えない力強い気力が自然と湧いて来た。
子供が歩道を歩いているのを見ると自然と車を減速するようになった。
しかし、あの時あどけなかった娘と、その娘と同じぐらいだった子達がいま、あの時の私達より意味不明な理不尽な社会であがいている。
娘の友人のメールにはどれ一つとして仕事が楽しい、充実していると言う者はいなかった。
愚痴しかなかった。
私達は、あの時のあどけない子供達に、こんな未来を贈る為に身を粉にして働いてきたのだろうか。
昨今のマスコミも、今の若い人達の離職率とかニートとかなんとか色々騒いでいる。
そりゃあ不景気や、今の人が我々の世代に比べてこらえ性無いとか色々あるだろう。
そもそも我々の世代とは教育方針も違う。
だが、もっと他に、見えにくい原因があるんじゃないだろうか。
娘のようなケースに当たっては、若い人達は労働に対して嫌な印象しか抱かなくなってしまう。
……さっきから偉そうな事ばかり書いているが、ここまで娘を追い込んだのも、実は私だ。
苦笑するしかない。
あれは昨年の秋だったか。
会社の飲み会で、話題は自然と若者の離職率の高さに移り、まったく最近の若い者はとお決まりの風潮になった。
しこたま酒が入っていた私は「今の若者は実になっとらん!」と昭和の雷親父を気取ってしまったのだ。
酒が入っていい気になっていたとはいえ、そんな私の娘がたった三ヶ月で離職したなどと知られたら立つ瀬がない。
娘の就活が大変なのもわかっていた。
既に50枚もの履歴書を送ったがどこからも採用されなかった娘は、バイト先のコンビニで働かないかと誘いを受けていたのだ。
今思えば、そうしておけばよかったのだ。
それを世間体が悪いと断らせたのは、私だ。
娘には働き慣れた職場で安泰な道が待っていたのに…。
私はつまらぬ見栄で娘を犠牲にしたのだ。
私は、せめてもの敵討ち、娘への罪滅ぼしをすることにした。
まず〇〇県の労基に全てを報告した。
次に娘がショー子の父に会ったスーパーに行った。
娘の体験を報告するためにだ。
弁護士の先生に頼んで同伴していただいた。
私達と同年代ぐらいの男性のスーパーの店長は、娘のブログの該当箇所をプリントアウトしたものを読んだあと、重い沈黙ののちこう語った。
「昔から、おもに幼い小学生の女の子の間でそういう噂があったのは把握していました」
「だが、被害者がみな子供なのでどうにもはっきりした証言が得られず、また、あまりに内容が異常なため都市伝説の域を出なかったんです。被害者が持っていた少女漫画や幼い子向けの少女小説、時には、被害者が自由帳に描いていたラクガキまで音読されたという話もありました。しかし、このあたりの大人はみんな、大人の男がそんな真似をするわけがない、子供のウソだと決めつけていました」
「あまり大げさにすると古株のパートさん達に反感を買うんです。土地柄、このあたりはそういうデリケートな事は隠すべきだという昔ながらの考え方が強く、むやみに警戒するのを嫌う人が多いんです。…しかし、今回ばかりは事情が違います」
そうだ。
今回は、私と弁護士の先生が、私の娘というはっきりとした成人の証言を携えて来た。
「大変失礼を承知で申し上げますが、私は本日お二方が来てくださって、やっと時機が来てくれたと思いました。娘さんには無礼ですが、おかげで本格的に動ける口実が出来ました。実は私にも小学生の娘がいまして、ずっとこのことが心にひっかかっていたんです。今後は警戒を怠りません」
店長は力強く約束してくれた。
色々と対策を話し合った後、弁護士の先生が言った。
「どうもこの人物は少女漫画に異常なまでに興味があるようですね。本を持っている少女に対しては、必ずと言っていいほどそれを取り上げて音読している。もしや…悪い意味での少女趣味があるかもしれない」
その少女趣味という言葉が意味するものが、単なるかわいいもの好き、ではない事はすぐにわかった。
「噂も、氷山の一角とみた方がいいでしょうね。被害者は他にもいるはずです。中には……最悪のケースもあるかもしれません。被害者が小学生なら、自分が何をされたかわからず、親にも言えず…いや、言っても子供の言う事なので信じてもらえず、泣き寝入りしている可能性が高い。子供ばかり狙う理由はそこかもしれない」
もし…
もし、娘が△△スーパーのトイレでショー子の父親の犯行を目撃したとき…
ショー子の父親が、トイレの中に隠れている娘に気づき、逆上したら……
背筋が震える。
心臓がガクガクする。
ショー子の父親は社内報のカラー写真で娘の顔を知っているのだ!
娘がたいへんな危険と隣り合わせだったことに今更気付いた。
同時に私の心に今までないほどの怒りが湧いて来た。
同じ娘を持つ父親として信じられん蛮行だ!
私と弁護士の先生は、さらに最寄りの小中学校と幼稚園保育園、警察署にも同様に報告した。
最後の日付のブログの内容はこうである。
「ショー子さんのお祖母さんは今でも戦争と言う地獄の中にいるみたいだった。
私もおばあさんと同じな気がする。
平和な時代に生まれた私なんか想像もつかない地獄の体験と比べるのは気が引けるし、一緒にすべきではないと言う人もいるだろう。
でも、私も、今でも心だけ、○○県から抜け出せないような気がする
嫌で嫌でたまらないのに、朝になると仙波さんから電話がかかってくるような気がする」
あの日の午前に娘が書いたブログだ。
あの日の午後、どうして私もついていかなかったのだろう。
少しずつ外出もできるようになった娘は、妻に連れられて地元のショッピングモールに出かけた。
映画を見て、久しぶりに洋服を買ってゆっくりと過ごしていた。
妻は根気よく娘に言って聞かせた。
ショー子の言った事は正しいかもしれないがそれはあくまで〇〇県だけの事だ。
運転免許なんて、私だって取得したのはパートを初めてからだと。
私も懸命に娘に言って聞かせた。
その甲斐あってか、娘は日常会話が出来る程回復してきた。
ようやく快方にむかってきたことに妻は安堵していた。
少し疲れたので甘味でも…と母娘は3階のフードコートに行った。
以前は甘味でも買って来ればまた誰それに怒られる文句を言われると泣きわめいていたがそれが無くなっただけでも進歩だ。
今思えば、医者は、鬱は治りかけが一番怖いと言っていた。
フードコート前に来た途端、事件は起きた。
妻はあの時の事を今でも後悔している。
あんなところに行かなければ、あるいは、ことが起きた時に急いで逃げれば良かったと夜も枕を濡らして悔やんでいる。
妻の話によると、いきなり太り気味で頬にほくろのある年配の女性がすごい勢いで近づいて来たそうだ。
ブログを読み返して気付いたが、恐らくあれが「元総務さん」とやらだろうと妻は語った。
―――(娘の本名)さんじゃないの、あたしよあたし、あたしの娘がコッチに嫁いでね、娘がねぇ大卒で公務員の旦那捕まえたのよ、国公立よ国公立、大卒よ大卒、公務員よ公務員、長男よ長男、ねぇそれよかさぁ御梅軒ってこっちには無いんだねぇまさか御梅軒が無いところがあるなんて知らなかったのよ娘の舅さんが議員さんで舅さんのお兄さんが公務員で娘の旦那は大卒で、国公立よ国公立、大卒よ大卒、公務員よ公務員、長男よ長男、そんな人達がみんな口をそろえて御梅軒なんて聞いたこともないって言うからさぁぶったまげたよ、そういえばこんな広い建物にも御梅軒ないもんねぇ、こんなおおげさでへんてこなわけわかんないもんより御梅軒1軒建てた方が絶対いいと思うんだけどねぇ、そんで言ったかしら、舅が議員さんでそのお兄さんが公務員で娘の旦那が国公立公務員コッコーリツコームインコッコーリツコームイン……
いきなりやってきて壊れたラジオのように語る女性に妻はただただ混乱、唖然とするしかなかった。
ふいにそのコームインが
「ちょっとまたこんな…だらしないでしょ!」
と娘の胸元に手をかけ裾や襟、はては娘のスカートをガッシと掴んで下に下げた。
娘が履いていたのは、妻が就職祝いにプレゼントしたバーバリーのスカートだった。
あまりの事に呆然としている妻の目の前で娘はみるみる真っ青になっていた。
目が血走り、家に帰ってきたばかりの時の顔になった。
妻はやっとわれにかえり、件のコームインを
「なんなのあんた!人様の服を、しかも女の子のスカートをいきなり!失礼でしょうが!なんなの!?」
と一喝した。
相手は割り込んできた妻に驚き、え、なにこれ?ときょとんと答えた。
なにもかも一瞬の出来事だったと妻は語った。
娘は走り去った。
妻は必死で娘を追いかけた。
娘の名を叫んだ。
3階の駐車場の出口が見えた。
病室に妻が入ってきた。
「新しい花買ってきたから」
私は妻に、お前はもう大丈夫か、と聞いた。
妻は、もう平気よ、いつまでも寝てられないから、と答えた。
ベッドからは電子音だけが鳴り響いている。
その中に、異質な電子音が鳴り響いた。
ベッドのわきに置いてある娘の携帯だ。
メールがきたのだ。
娘の本名当てに来ている。
件名に「株式会社〇〇産業」という文言が見えた。
悪いとは思いつつも、思わず見てしまった。
「(娘の本名)さんへ
おひさしぶりです。
覚えてますか?
株式会社〇〇産業で(娘の本名)と同期で入った制作の※※です。
(娘の本名)さんにどうしてもお礼が言いたくて突然ですがメールさせていただきました
あの日、(娘の本名)さんの親御さんが来て支店長を叱ってくれた時内心すごいスカっとしました。
他の先輩達はなんかめっちゃオタオタしてたけど私はあんな面白い事すごい久しぶりで、心の中でよっしゃ!って思ってました(笑う顔の絵文字)
てか、なんだったんでしょうね、あの歌…
いきなりみんな歌いだしたときはマジでビビりましたよ
なんであんなにクッキーに執着すんのかそこも意味わかんなくて不気味でした」
で始まるメールの最初の方を要約するとこうだ。
このメール主である※※も4月の時点で株式会社〇〇産業に嫌気がさしていた。
だがメール主の両親が、このご時世にせっかく得た正社員の職を捨てるのかと退職を許してくれなかったと言う事だった。
うちと同じか。
やむを得ない。
まさかあそこまでの会社とは、普通思わないからな。
「私は偶然〇〇県に親戚がいて、そこんちで下宿させてもらってたから
やな事あったら従姉妹に愚痴ってたからまだ良かったけど
(娘の本名)さんは一人暮らししてたんですよね
すごい失礼を承知で書きますが、(娘の本名)さんのこと、毎日見ててこれやばいなって思ってました
(娘の本名)さん、日に日にどんどんげっそりしていってましたもんね
そうそう、(娘の本名)さんのお友達がやってるお店、あのあと行ってみたら(娘の本名)さんのお友達が(娘の本名)さんの事心配してましたよ
ゴールデンウィークに来てくれた時、顔がやつれてたって」
この一文を読んだ時は胸が締め付けられる思いがした。
「もう私自身、毎日毎日あの会社にいて、自分自身がどうでもよくなってました。
支店長は私の事、最近丸くなったなって褒めてくれたけど、今思うと心が削れてただけなんですよね
あのとき(娘の本名)さんのお父さんが来てくれなかったら決心つきませんでした
支店長たち、(娘の本名)さんのお父さんの事、意味わからん事言うヤバい人だと思ったみたいですよ
ひどいですよね
てかウケますよね
どんだけビビったんだって話
私には(娘の本名)さんのお父さんの言う事わかりましたけど
オケラだけは帰って親戚に意味聞きました
貧乏って意味なんすね
合ってるし(笑)」
この場合の「ヤバい人」とは具体的になんなんだろうか。
考えたくもない。
「でも支店長たちが大騒ぎしたおかげで、その騒ぎを利用して私もあの会社を辞めれました
ヤバい人と揉めるような会社なんか怖いって口実で、親を説得できました
あの会社辞めたあと地元に戻って就活したら地元の同業社に雇ってもらえました
バイトって形ですけどね」
このあとは、このメール主の今の職場の話が書かれていた。
週2~3日のバイトにも関わらず〇〇産業の正社員時代よりも収入が増えたので
(そういえば娘もこのことに関しては散々ブログで愚痴っていた…)
余暇を利用して他のバイトや資格の勉強が出来るということ、今の職場はコーヒーや簡単なおやつ程度であれば業務中の飲食も許されるので快適だという話だった。
「(娘の本名)さん、有給とか忌引きって日本語、知ってましたか?(困った顔の絵文字)
私いまの会社で初めて知りました(汗の絵文字)」
という一文には苦笑するしかなかった。
「今の会社の人に聞いたけど、あの会社、色々ありえなかったんだなってわかりました。
私と同期の子が〇〇産業に入社した初日に任された案件って、役所関係の仕事なんですよ
任されたって言うよか丸投げですよ
ろくな説明もなしで
結構ややこしい案件もポンポン丸投げされました
そんで出来てからダメ出しの嵐
最初に説明しとけよって事ばっか
結局そのややこしい案件も何回も何回も修正が来て対応できなくて
結局完成させられなくて途中でショー子さんに任す事になっちゃったんですけど
そのせいで私、支店長に呼ばれて説教くらったんですよ
お前、自分の仕事を先輩に任せる事態になってどう思う、とか言われたんですけど
知るかボケ、って感じですよ
今の会社の社長にそれ言ったら
入社一日目の新人に役所関係の仕事を丸投げとか絶対ありえないってめっちゃびっくりされました
私が任されたややこしい仕事も、今の職場の人に聞いたら
新人に丸投げする案件じゃないってみんな驚いてました
うちら、新人なのをいい事に相当無茶苦茶されてたんだなって実感しましたよ…」
私はこれを読み、もう何度目かわからない絶句をした。
業種は異なるのでわからないが役所関係の大きな仕事を新人に丸投げとは…
そのあと、娘を気遣う文章が続き
「(娘の本名)さんはお元気ですか?
いろいろありがとうございます。」
そこでメールは終わった。
妻はメールを読み涙ぐんだ。
私はベッドにしがみつき叫んだ。
―――起きなさい、早く起きなさい。
―――頼むから目を覚ましてくれ。
―――お前に来たメールなんだぞ。
―――お前が自分で返事をしないとだめだろう。
―――もうこの年になると携帯電話でメールを打つのはきついんだ。
―――早く起きて、元気ですと打ってくれ。
―――早く目覚めて、もう大丈夫だよと言ってくれ。
リノリウムの床の部屋に、水の音と、電子音だけが響いていた。
「ここがあなたがいるべき場所」了
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