第3話 イジメ問題
ぼくが作った部活には中学校からの同級生が宮崎いすず以外にもいる。
それが七瀬うさぎである。
頭に角を生やした女の子。
実際は頭部から角がニョーンと生えているわけじゃなくて、ヘアピンである。
中学3年生の時に彼女はイジメられていた。
ぼくは七瀬うさぎの隣のクラスで、近くでイジメを見ていたわけではない。
イジメられている子も悪い、というセリフを聞いたことがある。
だけど、あれはイジメている側と、イジメているのを取り締まる事ができなかった学校側が言う事で、イジメられている子が悪い事なんてない。
日本ではイジメを受けた人間がカウンセリングを行うらしいけど、アメリカではイジメをしていた人間がカウンセリングを受けるらしい。
イジメている側に原因がある。その原因を直さなくてはイジメっ子は永遠にイジメることができる人間を探し求める。
七瀬うさぎをイジメていたのも、弱い人間を探し求めるゾンビがいたからである。ソイツは仲間も増やす性質も持っていた。彼女に近づいたら仲間になり、イジメっ子になってしまうのだ。
ぼくはソイツのことをゾンビ子と心の中で呼んでいた。
なぜぼくがゾンビ子の事を知っているのかと言うと、小学校の時にぼくもイジメられていたからである。
小学5年生の時にゾンビ子は転校してきた。
その年は大きなマンションが建ったおかげで転校生が6人ぐらいいて、その中に飛び切り可愛くて、はつらつとした少女がいた。
それがゾンビ子だった。
ゾンビ子が転校して来てから一ヶ月はイジメっ子性は隠されていた。
5月になったある日、「なっちゃんとは口を聞くな」とゾンビ子が言い出した。
なっちゃんというのはぼくの友達である。
家が近い幼馴染で、いつも遊んでいた。
その時にはゾンビ子はクラスのリーダー的存在になっていたから、誰も逆らう者はいなかった。
ぼくだけが「嫌だ」と言った。
空気読めよ、みたいな事を友達に言われたけど、なんで嫌なものは嫌と言えないんだろうか。
ぼくはなっちゃんの友達だった。なっちゃんを無視するぐらいだったらゾンビ子に嫌われた方がマシだった。
ゾンビ子は目に見えない空気を操るのが上手で、なっちゃんを無視しないアイツはクラスの輪を乱す悪者だ、みたいな空気をクラスに充満させ、ぼくはある日からクラスの異物として扱われるようになった。
ぼくはただならぬ恐怖を感じた。
命令に拒絶したぼくに対して、ゾンビ子は嫌がらせをしてきたのだ。
教科書をボロボロにされたり、上靴を隠されたり、椅子に押しピンを置かれたり。
気づいたらなっちゃんは、ゾンビ子側にいて、ぼくの事を笑っていた。
ぼくは授業中も、学校が終わった後も、ずっとずっと下を向いて歩いて過ごすようになった。
先生に相談しても知らんぷり。
「彼女は、そんな子じゃないわよ」と先生は言った。
四十半ばの女性教員である。
「もしかしたら金木君にも非があるんじゃないの? 相手のことを言う前に自分の行動を見直してみたら?」
「……でも」
「そんな悪い子に見えないわ。相手の行動を批判する前に、自分の行動を変える方が早いのよ」
本当に先生は彼女の事を見ていないのか?
クラスのイジメを撲滅するのが邪魔くさいのか?
親には恥ずかしくて言えなかった。
誰も助けてくれなかった。
なっちゃんのことを無視しなかったのをぼくは後悔していた。
友達はいなくなった。
クラスの雰囲気だって凍てつくようにピリピリしていた。
それも全てぼくが悪いみたいな空気である。
そんな時になっちゃんは転校することになったのだ。
転校する前日にぼくの家に来て、「ごめんね。ごめんね」と何度も謝っているのを見て、きっとみんなこんな気持ちなんだろうな、と思った。
なっちゃんがいなくなった次の日にぼくはゾンビ子をグーパンチで何度も何度も殴った。
泣いても止めなかったし、謝っても止めなかった。
鼻血がビュシュシュシュとゾンビ子の鼻から飛び出したけど、きっとこうでもしないかぎり彼女のイジメは続いた。
仕方がない事だ、とその時は思っていた。
ぼくも必死だった。
ゾンビ子を殴った事が問題になって、母親と一緒にゾンビ子の家に謝り行った。
大きなマンションの7階の一室である。
母親がゾンビ子の家のインターホンを押す。
ガチャ、とゾンビ子が扉を開けた。
学校にいる時はこの世界を牛耳っているのは私よ、みたいな顔をしているのに、家から出てきた彼女は、ひどく怯えているようだった。
「金木です。この度は、うちの息子が傷つけてしまって、ごめんなさい。……アンタも謝りなさい」
母親に頭を叩かれ、ぼくは地面を見た。
あっ、うっ、とゾンビ子が小さく声を漏らす。
戸惑っている様子だった。
奥からのそのそとヒゲを生やしたオジさんがやって来る。
そのオジさんが、ゾンビ子の髪の毛を引っ張った。
ごめんなさい、と彼女が震えた声で言った。
初めてゾンビ子が謝ったのを聞いた。
一体、どうなってるんだろう?
「なに勝手に出てるんだよ。向こうに行け」
オジさんがゾンビ子に大声を出し、ぼく達を睨んだ。
「なに?」
「……この度、娘さんを傷つけ」
「そんなのいいから」とオジさんが言った。
母親は、「これ」と言って、お詫びとして買ってきた和菓子を差し出したけど、その時にはすでに扉は閉まっていた。
もう2度とぼくはゾンビ子を殴らないと誓った。
殴られてボコボコになって鼻血まで出したゾンビ子は何も誓わなかった。
学校ではゾンビ子は被害者面をしていた。
謝りに行った時に見た彼女と、学校にいる彼女は別人のように見えた。
それから5年生の間だけは、ゾンビ子が誰かをイジめる事はなかった。
嬉しい誤算は、彼女はぼくを避けるようになったことである。
ゾンビ子のイジメっ子探しは小学6年生になってから復活し、中学生になっても続き、中学3年生の時に七瀬うさぎが彼女の餌食になったわけである。
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