第17話 皇子の療養休暇 ⑨茶話会 Part 2
アマリアーナは、周辺で待機している自らの護衛兵にいつも通りに挨拶を交わすと、『温室』に一歩、踏み入った。香しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、内心の葛藤をなんとか静める。
辺境伯が彼女への結婚の贈り物として作らせた
正直言って、これほどのものが欲しかったわけではないが、彼女の『夫』が彼女の希望をもとに作ってくれた最大の贈り物だ。
実のところ、アマリアーナはこの場所がたいそう気に入っていた。
たとえ、それが、妻への愛情ではなく、皇都に留め置くことへの贖罪の気持ちの表れだとしても。
それにしても、どうして、わざわざ・・・
『新規の護衛』を通じて、しばらくこちらに来れないという伝言をよこした『夫』に、再び当惑と怒りが湧いてくる。
いけない。とりあえず『夫』の思惑については考えるのをやめなくては。
階段の前で立ち止まり、蒼い仮面をつけ、さっと前髪をかきあげる。
すかさず専任侍女のメニエラが進み出て、移動で少し乱れた女主人の衣服を完璧に整える。
階段横に控えていたメイド長が深々と頭を下げた。
「それでは、先生方、ご準備はよろしいですか?」
緊張した面持ちで背後に従う今回のゲスト講師たちに声をかけると、傍らのメニエラが顔をしかめたのが目に入った。
今回来てもらったのは、魔道具の専門家と孤児院の実質的な運営にかかわっている修道女だ。どちらも平民であり、貴族の令嬢ではない。
口にこそ出さないが、
それさえなければ、非常に有能な侍女なのだが。
「若い女性ばかりの勉強会ですわ。難しくお考えになる必要はありません。ここでのお話が公になることもありません。私たちは問題の根源を理解し、少しでもよい解決法を探したいのです。そのために、それぞれの問題に対して誰よりもご存じであられるお二人をお招きしたのです。どうぞ、忌憚のないご意見をお聞かせください」
「もったいないお言葉。誠心誠意、務めさせていただきます」
「私も。孤児たちの現状を伝える場を設けていただき、重ね重ね感謝します」
二人のやる気に満ちた表情に、アマリアーナは満足げにほほ笑みかけた。それから、メイド長に改めて確認する。
「皆さま、おそろいかしら?」
「予定されたお客様は全てお席にいらっしゃいます」
「そう」
と言うことは、噂の『ブーマから見舞いに来られた令嬢』にもようやく直に会えるわけだ。
アマリアーナは本日の茶話会のもう一つの『目的』に思いを馳せる。
本当に「縁は異なもの」とはよく言ったものだ。
いったい誰が想像しただろう?あの、煮ても焼いても食えない感情欠乏症の弟が、他国の令嬢に一目ぼれするなんて。
結婚したいから廃嫡してほしいと申し出るなどと?
あの弟を速攻で落としたとは、どのような美女なのか、実に興味深い。
どんな女性か、見極めてやろうじゃないの。
そんな気持ちをおくびにも出さずに、アマリアーナは、付き人達を伴ってあくまで優雅に階段を上った。
* * * * *
ざわめいていた場が、一瞬で静まった。
にこやかに笑みを浮かべて一同に挨拶すると、アマリアーナはゆっくりとした足取りで令嬢たちのテーブルの傍らを、ゲスト講師たちを引き連れて所定の位置、一段ほど高くなった演台に向かう。
途中、右端のテーブルにいる賓客、ブーマから来た令嬢に、さりげなく視線を向けて。
肩を覆う豊かな金髪。微かにカールした前髪はふんわりと額にかかり、サイドは緩く後ろでまとめて髪留めで止められているようだ。仮面でその双眸は見ることができないが、仮面の下、顔半分を見る限り、かなり均整がとれた顔立ちだ。薄く紅が引かれた口元は妖艶でさえある。耳には大きめの花弁の形の銀色のイヤリングが揺れ、首には淡いピンクのリボンが付いた大きめのチョーカー。やや濃ゆめのピンク系のデイドレスは今流行りの身体にぴったりとしたものではなく、ふんわりとした形のようだ。
あれって、かなり個性的な装いではないかしら?それともブーマの流行りかしら?
アマリアーナは心の中で小首を傾げた。
まあ、似合っているけど。
緊張しているのか、白い手袋をはめた右手で淡いピンクの羽扇を握ったまま、微動だもせず、ただこちらを見つめているようだ。
このように不躾に品定めする際は、視線を隠してくれる『仮面』は非常に便利だ。
相手の視線や表情も同様に『仮面』で隠されてしまうという欠点もあるけど。
「ご令嬢方、仮面茶話会にようこそいらっしゃいました。この会は女性のみの無礼講となっております。どうか皆様の嘘偽りのないご意見をお聞かせくださいませ。大いに学び、大いに語り合い、ともに、有意義なひと時を楽しみましょう」
アマリアーナは出席者一同に笑顔で開会を宣言する。それから、司会が坐する非礼を詫びてから、イスに座ると背筋を伸ばした。
「早速、前回からの懸念事項である不用になった魔道具の再利用についてのお話を再開したいと思います。こちらが青の塔で魔道具修復の任についておられるメインロージェ様です」
* * * * *
「・・・パーラス孤児院の慰問は来週末に、年長生の短期受け入れ職業訓練は、来月初めからに決まりました。ご協力をお願いします。今回予定していた議題は、これですべて終了になります。それでは、皆さま、ごゆるりとご歓談を」
閉会の辞と同時に、大テーブルの中央が開き、そこから新たな軽食類を持ったメイドたちが現れる。すみやかに軽食の皿が取り換えられるのを見届けてから、アマリアーナは、いつものように、ゲスト講師たちのテーブルにお茶と軽い食べ物の準備をさせる。彼女自身のテーブルについては、すでにメニエラが指示済みだ。
主催者側にとっては、実は、これからが一番忙しい時間帯になる。
この後は誰もが自由に個人的に会話をしに来ることできるようになっているので。ご令嬢たちが、重ならないようにお互いに頃合いを見計らって、講師陣やアマリアーナに続々と話に来るのが常なのだ。
お茶を味わう暇もなく、まず一人目の令嬢がやってきた。
アマリアーナは嫌な顔一つせずに立ち上がって挨拶をし、相手をする。そのご令嬢が満足して去ると、すぐに次のご令嬢が。
大体10分おきくらいに、入れ替わり立ち代わりやってくる令嬢たち。
ほとんどの場合、二言、三言、挨拶をし、たわいない世間話をするだけで帰っていくが、中には、深刻な悩みを~まあ、ほとんどは若い令嬢らしい恋の悩みで、さほど深刻でもないのだが~聞き、最善と思われるアドバイスをしたり、相談するにふさわしい専門家を紹介したりすることもある。
そのたわいない世間話や悩み、打ち明け話を聞くことで、その中に浮かび上がる招待客の家の内情や社交の場ではわからない情報を収集する。それこそが、辺境伯夫人の茶話会の大きな目的の一つだ。
もちろん、若い女性たちの目を慈善事業や奉仕活動に向け、女性の地位を向上させるというのも大切なことではあるが。
「この度はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、急な誘いに応じていただけてうれしいわ。ビーシャス公爵令嬢」
最後になってやってきた、今回の茶話会の狙いともいうべき令嬢に、アマリアーナは、貴婦人のお手本のような笑顔を浮かべて挨拶した。
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