『星屑の狭間で』

トーマス・ライカー

第1話 『まさか……当選!?』

 私の名はアドル・エルク。


 クライトン国際総合商社、本社営業本部、営業第3課、セカンドセクション、ファーストフロアに係長として勤務する38才のサラリーマンだ。


 妻と娘が一人いる。


 この時代は超高度に統合された有線・無線のデータストリーム・ネットワークが複層して複合的にほぼ全世界を網羅する世界となっている。


 市民の娯楽・情報取得・政治、経済活動への参加・学業・仕事・研究・趣味・余暇活動も、その殆どがこのデータストリーム・ネットワークに依拠している。


 一方向のみの放送メディア・システムは、その殆どが全廃されて双方向重合複層メディア・システムに、取って代わっている。


 更に、データストリーム処理システムの技術は、アイソリニア・チップ、アイソリニア・ロッドの集積率が極度に上昇したのを受けて、処理システムそのものの超小型化・処理速度の超高速化・複合複層同時処理方式の超高速化が、瞬く間に急進した。


 データの表示システムに於いても、多方向からの視聴にも適応し、超高密度・超高画素数にも到達した3D立体投影システムが実用化されてはいるが、それはまだ個人の個室や家庭内や地域の公共施設や企業や研究機関の室内等での比較的に限られた空間の中で利用するぐらいのシステムに留まっている。


 それでもバーチャルな体感システムは、世界のどこにいても、世界中の誰とでも、自由に、いつでも、同じバーチャル体感ソフトウェアを使用する事が出来る様になってはいた。


 この状況が、ゲーム市場にビッグ・バンを引き起こしたのは言うまでも無い。


 様々な種類のバーチャル体感システムでの、ゲームソフトが研究・開発・製作・販売され、ユーザーに使用されるようになっている。


 言うまでも無く、データストリーム・ネットワーク・メディアも、バーチャル体感システムでの様々なゲームを使用した番組を立ち上げ、それらは概ね好評を博していた。


 それらの中の一つに、サバイバルタイプの宇宙空間戦闘に、戦闘艦を操艦して参加し、勝ち抜いていく、視聴者参加型のサバイバル・バトル・ゲーム大会内部の一部分を、リアル・ヴァラエティショウとして放映しようと企画した番組があり、私もその大会に参加するべく応募して、当選確率は概算で5億分の1以下と言われていたが、なんと当選してしまったのである。


 私が応募したのは、バーチャル体感システムメーカー、データストリーム・ゲームソフトメーカー、データストリーム・ネットワーク・メディアら数社で共催される、『サバイバル・スペースバトルシップ』と言うゲーム大会だ。


 その大会を共催する形で参加している、データストリーム・ネットワーク・メディアが企画した番組は、ゲームに参加する戦闘艦艇の艦長として、一般人の男女を10名ずつ募集し、男性の一般人艦長には女性の芸能人を指揮させ、女性の一般人艦長には男性の芸能人を指揮させて、それぞれにこのゲーム大会に参加してもらい、その指揮ぶりや戦いぶり、ゲームに参加中の艦内の様子をそのまま収録して編集し、バラエティー番組の中で流すと言うものである。


 メッセージで当選の通知が来た日の夕方に通話が接続された。1月25日である。


 話した相手は女性で、その人とはまた後で顔を合わせる事になるのだが、実際に会って自己紹介をし合うまで、失礼ながら名前は忘れていた。


 その人は、女性ながらその番組のセカンドディレクターの一人である。


 番組のプロデューサーやディレクター等との顔合わせと基本的な打ち合わせとともに、撮影セットの説明をしたいので何時が良いかとの事だったので、次の土曜日の朝に私がそちらに出向くと言う事で合意した。


 次いでにクルーとなるメンバーの人選が出来るのかと訊いたところ、500人程度のリストを送るから選んでおいて欲しいと言われたので、二つだけ、35才以上の人はリストに含めないで欲しいと言う事と、クルーの人事と艦内配置については艦長と艦の司令部に任せて欲しいと注文を付けたが、快諾してくれた。


 番組の予告編にも使用するPVを作製するので、私の個人情報を公開させて欲しいと言われたので、顔と名前と年齢だけを許可する。


 選ばれた他の艦長達と顔を会わせる事があるのかと訊いたら、番組制作発表イベントが行われるので来て欲しいとの事だ。


 そこでは併せてPVの撮影やら記者会見やらインタビューやら全体説明会も行われると聞かされる。


 一両日中にクルー候補となる女性芸能人のリストをメッセージで送ると言う事まで聞いて通話を終える。


 さすがに注目度の高いヴァーチャルリアリティショウの番組だし、今も盛んに宣伝されているゲーム大会でもあるので、これ位の事は当然なのだろう。


 この大会に出場出来る事に対しての喜びよりも、これから自分の身辺が慌ただしくなる事への憂鬱さの方が少し優っていた。


 そしてそれはすぐ現実になる。


通話を終えてから30分後に配信されたネットニュースで、選ばれた20人の一般人艦長がもう発表されたのだ。


その全員が顔・名前・年齢ともに公表されていた。おそらく最低限の公表範囲として要求されたのだろう。


改めてこれから大変になるなと思いながら、選ばれた20人についての事を手許の携帯端末にメモとして書き込み始める。


年齢だけでは、未婚・既婚は判別できないが、艦長として選ばれたこの人達の年代は、30代から50代に渡っている。20代と60代の人はいない。


その顔付きと表情からは、性格を読み取る事はできなかったが、充分に高い知性と強い意志を感じさせるものだった。


ネットニュースのデータをダウンロードして、それぞれについての印象を書き込み始めてから、5人目についての印象を書き込み始めたところで通話が接続される。


通話の相手は、職場の同僚で後輩のスコット・グラハムだ。


「もしもし先輩?!すごいじゃないですか!?よく選ばれましたね!?おめでとうございます!頑張って下さい!応援してますから」


「まだ選ばれただけなんだから、あまり騒がないでくれよ?」


「何言ってるんですか?!倍率五億倍以上ですよ!それを突破しただけでも、超すごいですよ!」


「お前が知ってるって事は、フロアの皆ももう知ってるかな?」


「そんなレベルじゃないですよ。ニュースで流れてからもうメッセージが引っ切り無しで、返事もできません。先輩のところもすごいんじゃないんですか?…おまけにさっきはファーストチーフから通話が来て、お前ちょっと話して様子を訊いてみろって言うからこうして…」


「ファーストチーフが!?…それじゃ明日出社したらヤバイかな?…」


「会社としても、もう動いていますよ。特に宣伝部がね…」


「宣伝部が・?・オイ待てよ。まさか俺に番組内で社のPRをさせようって言うんじゃないだろうな・?・そんな事をやらされるんだったら、俺は辞退するぜ」


「そこまでは言わないでしょうけど、何かの話はありますね」


「まさかこんなに早く知れ渡るとはな」


「まあ、覚悟してやるしか無いですね。番組収録のスケジュールによっては、会社としても出来るだけ都合を付ける方針みたいですから」


「もうそんな話まで出ているのか?…分かったよ。色々スマんな…」


「これくらい、どうって事はないですよ…それより羨ましいですね…クルーを女性芸能人から選べるんですから」


「それが結構難題だと思うな…キャラクターはともかく、素の性格は分からないからな」


「上が何を言って来るかも気掛かりですけど、皆のやっかみも結構キツイと思いますよ。先輩は女性社員に人気があるから」


「まあ会社の方は何とかするさ。これからも何か聞いたら頼むよ」


「分かりました。僕で良ければ、いつでも訊いて下さい…それじゃ明日会社で」


「ああ、また明日な…あっ、ファーストチーフと通話するのか? 」


「ご心配なく、適当に言って置きますから」


「済まないな…宜しく頼む。それじゃお休み」


「お休みなさい。明日、始業の前に電話します」


「分かった、それじゃ」


通話を終えて未読メッセージを調べてみると、もう1200件を超えている。


思わず溜息を吐くと、コーヒーを淹れに立つ。


同じ会社に勤めている人間を同僚と他部所の者とでグループ分けし、ネットワークの中での友人達を、交流のある者とない者とにグループ分けする。


大体の返信内容のパターンを6種類ほど用意して、結構時間は掛かったがコピペで総て返信した。


残ったメッセージは大会の運営本部からのもので、添付されていたファイルには女性芸能人530名のリストがあった。


早速プリントアウトして眼を通し始めたが、ふと時計を見るともう9時を廻っている。


ファイルをデスクに置いて席を立ち、シャワーを浴びて食事を済ませるまでに、1時間ほど掛かったのでファイルは明日に廻す事にして、自宅に通話を入れる。


8ヶ月前までは、自宅から通える営業所に勤務していたのだが、本社の営業本部に異動となったため、通勤できない距離となった。


それ以来1人用の社宅マンションに住んでいる。


当然だったが、家族も私が当選した事は知っていた。


あまり非難がましい事は言われなかったが、相談して欲しかったとは言われた。


明日から色々と大変になるだろうから、身体には気を付けるようにと言われて通話を終える。


ファイルに一瞥は投げたが手には取らずに明日の準備を済ませると、通勤用のバッグにファイルを入れる。昼休みにでも眼を通すか・・。


着替えてベッドに入る前にもう一度メッセージをチェックしたら、未読が5000件を超えている。


「倍率五億倍以上…か…」


もう完全に諦めて総てを落として寝た。


1月26日は火曜日だ。


いつもより30分程早く眼が覚める。私にとっての平日がいつも通りに動き出す。


顔を洗って着替え、コーヒーを淹れて朝食の用意をしながら、いつもなら仕事上の連絡が無いか確かめるために端末を起動させるのだが、メッセージBOXを見るのに躊躇していたのでどうしようかと思ったが、見ることにする。


未読メッセージは8500件程になっていた。


思ったよりは増えていなかったが、ざっと見ると知らない人間からのメッセージが30件程届いている。


内容はそのどれもが、様々なニュースメディアからの取材の申し込みだった。


これは私のアドレスがニュースメディアにリークされたという事だ。


私は軽く舌打ちしてコーヒーを飲み干すと、業務に関連したメッセージが無い事を確認して端末を落とす。


身仕度を調え、バッグを取って外に出た。今にも雨が降りそうな曇り空だ。会社と折半で購入した通勤用のエレカーをスタートさせると、スコット・グラハムをコールする。


「ああ、スコットか? おはよう、…うん、今出たよ。どうも俺のアドレスを誰かがリークしたらしい…うん、まだ今来ているのは、ニュースメディア各社からの取材申し込みだけだけどな参ったな…とにかくアドレスは変えるよ…出社したらすぐファーストチーフに話をするから。ああ、分かった…じゃ、また後でな」


通話を終えてから、約15分で私はエレカーを本社の駐車スペースに滑り込ませる。


一階のホールフロアを通り抜け、左に折れてキャフェテリアに入る。


まだ始業には時間があるので、コーヒーを飲みながらいつもここで一服している。


自分でコーヒーを淹れて席に着くまでの間に、17.8人の同僚から声を掛けられる。


一応一人一人に挨拶して謝意を述べ、話を切り上げて席に着くまでにたっぷり20分は掛かった。


席に着くとほぼ同時にスコット・グラハムとファーストチーフのエリック・カンデルが入って来る。


「おはようございます、チーフ」


言いながら席を立とうとする私を左手を軽く挙げて制して、2人とも向かいの席に着いた。


「スコットから聞いたよ。まずは、おめでとうと言わせてくれ」


いつものにこやかな笑顔で言う。


「ありがとうございます」


「取材の申し込みは、何社から来てる?」


「今朝の時点では18社からでしたが、今は判りません」


「そうか…人事と営業本部に話を通して、1時間以内に君のワークアドレスは変更させる。君は一切応えるな…無視して良い。実は社にも問い合わせやら取材の申し込みがもう数件来ていてな」


「すみません」


「謝る必要はないよ…社へのアプローチには広報が対応するから心配ない。パーソナルアドレスには来てるのか?」


「そちらにはまだ…」


「うん、まあ時間の問題だな。そっちは君に任せるが、早く変えた方が良いな」


「そうするつもりです」


「朝イチで片付ける仕事はあるのか?」


「さほど急ぐものはありませんが」


「ならしばらくスコットに任せて付き合ってくれ。人事と営業と宣伝と広報の連中が話したいそうだ」


「分かりました」


「じゃ、30分後に5階の応接ラウンジでな?」


「はい、では後ほど」


そう言って席を立つと、エリック・カンデルは出て行った。


やっとコーヒーに口を付けて煙草を咥える。


「やっぱりかなり慌ただしくなって来ましたね」


スコットも自宅で淹れて持って来たコーヒーをカップに注ぎながら言う。


「ああ。先が思い遣られるな」


「これからもっと大変になりますから、覚悟して置かないと保ちませんよ」


「解ってるよ。なあ、俺はオフィスには入らないから、デスクにある赤いワークファイルを見て、早い順に取り掛かってくれないか?急ぎのものはないから」


「解ってます。何の話でしょうね?」


「さあな…どっちにしろ聞くしかないんだろうさ。ほら、後2分だぞ」


「了解、それじゃあ、また後で」


スコット・グラハムも立ち上がり、ぶらぶらと出て行く。


殆ど人がいなくなったキャフェテリアの中で、私はコーヒーを飲みながら煙草を燻らせている。


女性芸能人リストファイルの事が頭を掠めたが、バッグから出す気にはなれなかった。


そのままコーヒー一杯を飲みながら煙草を2本喫って、バッグを手に席を立つ。


リフトに乗って5階で降りる。


応接ラウンジは左手にある。キャフェテリアよりは狭いが四つに仕切られたボックスシートになっている。


入り口から近いボックスに入り、更に近い席に座る。


何か飲み物でも取りに行こうかと思い掛けたが、数人の脚音が聞こえたので諦めて座り直した。


それから5秒程して、「おっ、ここだったか!」と、先程のエリック・カンデルが右手を挙げながら入って来る。


続けて4人の男が、彼に従って入る。


4人とも面識は無い。私は立ち上がって彼等と握手を交わした。


「紹介しよう、人事部のザーヒル・タニーン。営業本部のイスマイル・ガスパール。宣伝部のアグシン・メーディエフ。広報部のマスード・カーンだ」


「宜しくお願いします」


6人で座るとテーブルも小さく感じる。


「色々とあるから早速始めよう。先ず君の新しいワークアドレスだが、これだ」


そう言って小さいソリッドメディアを胸ポケットからつまみ出すと、私に手渡した。


「人事と営業でも承認済みのものだ。戻ったらすぐに替えてくれ」


「分かりました」


「そのアドレス宛にも外部の無関係者からメッセージが来たら、報告して下さい」


と、人事のタニーン氏が補足する。


「了解しました」


「それで、あまり個人的な事に立ち入るつもりはないんだが…実際どこまで話が進んでいるんだ?」


と、エリック。


「今週の土曜日に…30日ですが、私が局に行って番組のプロデューサーやらディレクター等と、顔合わせや打合せをしながら、撮影セットの見学をさせて貰える事になっています」


「チーフプロデューサーが来るのかな?」


と、営業本部のガスパール氏。


「そこまでは聞いていませんが」


「番組の制作発表会の話はありましたか?」と、広報部のカーン氏。


「はい、制作発表会には出席して欲しいと言われましたが、日程は聞いていません」


「うん、その土曜日の打合せの時に言われるんだろうな」と、エリック。


「労務管理としても言えることは、例え番組の収録が平日であったとしても、直行直帰の出張扱いにしますから心配しないで下さい。日当・手当も出しますから…勿論休日に行われるなら、収録が終るまで時間外勤務扱いにします」


と、人事のタニーン氏。


「はい」


「職場にニュースメディアからの通話が入って来るかもしれませんが、貴方は一切応えないで直ぐに広報部に転送して下さい。社に掛かって来る取材の申し込みに付いても、広報部で対応します」と、再びカーン氏。


「分かりました。それで、もし勤務中の私を取材したいと言って来たらどうしますか?」


「状況によっては…許可を出す場合もある、と言う事ですね。今は…」


「そうですか」


「まだ流動的な部分もあるでしょうが、こちらからお願いしたいのは、これから始まる向こうとの話し合いや交渉の内容は、細大漏らさずに報告して欲しいと言う事です」


と、タニーン氏。


「それは、了解しました」


「ご心配でしょうからお話しますが、宣伝部としてはまだ何も決まっていません。ですが間違ってもエルクさんに社の商品のPRを番組の中でやって貰おうなんて言う事はありませんから、安心して下さい」


と、メーディエフ氏。


「逆に言えばそんなのは浅ましいし逆効果だな。それよりアドル・エルクが指揮する艦が勝ち進めば、それだけで大いなるPRになると思うがね」


と、エリック・カンデルが後を引き取って言う。


静かだが力強い肯定の空気が流れる。


「それで、他にあるかな?今話しておくべきことは」


エリックが見回すようにして促したが、誰も口を開かなかったので。


「艦のクルーは向こうが決めるのか?」


「いえ、530人のリストから私が選びます」


「解った。じゃあ今日はここまでにしよう。いつでも連絡して何でも相談してくれ…応援するから」


そう言って立ち上がった。


「ありがとうございます」


と応じて私も立つと、皆も立ち上がり口々に激励の言葉を言いながら私に連絡先のデータも入っているメディアカードをくれる。


リフトに乗り込んでからエリックが言う。


「上には俺達が適当に言って置くから心配するな。君は周りから何を言われても、受け流していれば良いからな」


「分かりました」


「それじゃあな」


エリック等と別れてリフトから降り、自分が働いているワークフロアに入って行くと、同僚達から次々と握手を求められた。


言葉はあまり無い。あっても『おめでとう』とか『応援してるよ』とか『がんばって』ぐらいだが、笑顔で手を握り、軽くハグを交わすだけでも結構感動するものだ。


40人程から祝福や激励を受ける頃には、少し涙ぐんでいた。


自分のデスクに目を向けると、スコットが立ち上がってこちらに笑顔を向けている。

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