迷える子羊の帰還

あるけみ

第1話 転落人生の末路

 いつもなら冬の澄んだ空気が美しい茜色に染まる時間だったけれども、空一面に厚く垂れこめた灰色の雲の下では、周囲の彩度だけが淡々と落ちて行く。


 その日は珍しく雪が降っていて、控えめに舞う雪を降るそばから人が踏み抜いていく。街路は斑に染まっていた。


 慎司はその中を一人歩いていく。

 よれたシャツに薄手のジャンパーを羽織っただけの体は寒い寒いと震えていたが、そんなことはどうでもよかった。

 いや、寧ろ、寒さを感じたかったのかもしれない。

 そうすれば、寒さに震えている自分を可哀そうだと感じられるかもしれないから――。


 目の前になじみの看板が見えて、慎司は足を止める。

 結露してくもったガラス戸を開けると、むわっとした熱気と油の匂いが鼻を突いた。

 わざと乱暴に扉を閉めて、店の奥のテーブル席に向かう。

 店内に設えられた大きなテレビは、気象情報を流していた。


『――でも、油断はできませんよ。今夜にかけて更に激しくなる見込みですからね。明日にはすっかり積もっているかもしれません。交通機関への影響も心配ですね。会社員の皆様はお早めの帰宅をお勧めいたします――』


 会社員の皆様。

 ふと聞こえたその言葉は奇妙に耳に残った。

 訳もなく厨房を睨むと、すっかり顔を覚えてしまった若いバイトの女が顔を顰めたのが見えた。


「――おい」


 慎司は、すっかり自分の指定席になっている椅子に座るや否や、大声でそう叫んだ。

 怯えた顔をした女が向かってくる。


「焼酎。お湯割り」


 この数週間、慎司はほぼ毎日この安居酒屋に来ていた。

 店の奥のテーブル席を陣取り、大声で店員を呼び、焼酎を頼む。気分がよければつまみも頼む。

 それでもつまみを頼むと高いから、最近は、日に日に寒くなっていく懐と相談して、お通しで粘って焼酎ばっかり飲んでいた。


「――ほかにご注文は……」

「ねえよ。舐めてんのか。いつも来てやってんだから分かるだろうが」

「……時々、ほっけなどを頼まれるので」

「頼まねえよ。早く持ってこい」


 はい、と頷いて慌てたように女が去っていく。


「おい」


 慎司は、その背中に向かってもう一度吼えた。

 女の肩がびくりと跳ねる。

 恐る恐るという感じに振り向いた女に向かって、「ここは居酒屋だよなあ」と言う。

 女は僅かに頷いた。


「なら、ニュースなんか流してんじゃねえ。もっとましなもん流せ」


 女の硬い表情の中に、一瞬、反抗的な色が浮かんだ。

 ――中年貧乏ニートが。社会の負け組は大人しく野垂れていろ。

 そう言われている気がして、かっと頭が熱くなった。

 足早に厨房へ去っていく背中に怒鳴ろうとした時、テレビの映像が切り替わった。

 画面いっぱいに、人気女優の顔が映し出される。


『――わぁー。大きいですねえ。本当に食べていいんですかぁ?』


 わざとらしい声を上げる女優の口元がアップになり、何とも分からぬ塊がその中に吸い込まれていく。

 ――いやあ、すっごくジューシーで、柔らかくてぇ。

 ありきたりな感想の下で、店を宣伝するテロップが流れる。

 フレンチ、ディナーコース、三万円から。


 会社員に向けられた天気予報。

 金持ちに向けられたワイドショー。

 怒りは、急速にしぼんでいった。

 今や体を満たしているのは、深い虚脱感だった。

 ああ、と思った。

 自分は招かれざる客なのだ。

 この店にとっても、この国においてですら。


 いつから、と思う。

 いつからこうなってしまったのだろう。

 何が悪かったのだろう。

 運ばれてきた焼酎の湯飲みを、慎司は無気力に見つめた。


 大学の友は一生の友だという。

 だが、一生の友などできはしなかった。

 社会に出たら結婚をするものだと思っていた。

 子供が生まれて、笑いが溢れる家庭があるだろうと。

 それもなかった。

 一人薄暗い家に帰り、買ってきた弁当を食べるだけの毎日だった。

 思えば、そうやって自分の中の何かは少しずつ「普通の人」から乖離していったのかもしれない。


 その最果てに訪れたのが、勤め先の倒産。

 突然の事だった。

 それも自分たちの所為ではなかった。

 取引先の倒産。売掛金の回収不能。いわゆる貸倒れが原因だった。

 買主から現金の入金が無く、他方、部品の買付先からは仕入代金の催促が来る。

 銀行からの融資も打ち切られて、経営は瞬く間に回らなくなった。

 ――四十二歳の冬の出来事だった。


 最初は努力した。

 失業手当は次の仕事を探すために充てていた。

 ハローワークに通い、面接を受けた。

 けれど、特段の付加価値もない四十二の人間は、常に招かれざる客だった。

 その時も、ああ、と思った。

 自分はどうしようもなく無価値なのだと気づいた。


 身だしなみに気を遣わなくなって、同時に、面接で門前払いされる機会が増えた。

 応募の回数も減った。

 酒を飲むことが増えた。

 親に金を無心することに抵抗がなくなった。

 親と喧嘩することも増えた。

 消費者金融に行くことも慣れた。


 気付けば、一年。


 何のために生きているのだろうか。

 何のために生きてきたのだろうか。


 ――自分の生など、誰からも求められていないというのに。


 慎司は焼酎を煽った。

 慎司への嫌がらせか、明らかに沸騰したての熱湯で割ったであろう焼酎。

 強烈なアルコールがつん、と鼻に抜け、むせた。

 喉がひりひり痛む。

 それでも構わず、慎司は焼酎を流し込み続けた。

 このまま自分を焼き殺してれればいいのに、と思いながら。


「あれ、今日も一人っすか。相変わらずしけた顔して飲んでますねえ」


 突然、声をかけられて慎司は顔を向けた。

 立っていたのは、既に顔馴染みになっている男性客。

 年齢は三十くらいだろうか。

 ここに来るときはいっぱしにスーツを着ているので、会社員なのだろうとぼんやり当たりをつけていた。


「うるせえ」


 ぼそりとそう返すと、はいはい、と受け流して、男は慎司の隣に座った。


「今日も、酒だけっすか? 最近渋いっすねえ」


 男が笑って、バイトの女を呼ぶ。


「生ビールと、枝豆と、から揚げ。あとね、えーっと、もつ煮。取り皿二つで」


 明るく言って、兄さんにもちゃんとあげますから、と慎司に向きなおる。

 この男の名前も職業も、慎司は何も知らなかった。

 ただ、時々ふらりとこの居酒屋に来て、会う回数が多くなるうちに、少しずつ話すようになった。


「いま借金、どれくらいあるんすか?」


 ちょうど運ばれてきたもつ煮込みを取り分けながら、男は遠慮がない。

 こんな底辺相手に気を使う気にもならないのだろう、と慎司は諦めている。


「……五十」

「五十万? 何に使ってんすか?」

「何に、って別に何にも使ってねえよ。普通に生活するだけでも金かかんだよ」


 慎司はぼやいたが、必ずしも真実というわけではなかった。

 第一、毎日のように飲む酒の量を減らせば、かなりの浪費が抑えられる。


「大変ですねえ。返せるんですか」

「知らねえ」


 既に返済をするという意欲は失せていた。どうせ、未来はないのだ。なあなあのまま適当に転がって、本当にどうにもならなくなったら、消えてしまえばいい。別に哀しいとは思わない。悲しむ人もいない。存在価値のない自分には。


「でも、返せなかったらやばいんじゃないですか? 捕まるかも」

「別にそれでもいいかもな」


 慎司は投げやりに言って、焼酎を流し込んだ。


「俺は寂しいっすよ。兄さんがここに来なくなったら。数少ない話し相手なんですから」

「お前、どうせこんな俺を馬鹿にして楽しんでるだけだろ? こんな社会不適合者が現実に存在するんだ、って思ってんだろ?」


 それを聞くや否や、男はけたけたと笑い出した。


「今日はえらく卑屈っすねえ。そんなわけないじゃないですか。それだったら、兄さんにもつ煮あげたりしないっすよ。俺は単純に暇なんです。別に家に帰っても誰がいるってわけでもないっすからね。でも、そこら辺のきらきらしてるお姉ちゃんたちに話しかけたら金かかるじゃないすか。だから兄さんくらいがちょうどいいんすよね」

「……俺はキャバ嬢の代わりか」

「まあ、そんなとこっすね。もつ煮半分とから揚げ半分合計五四〇円でだらだら俺と話してくれて、そこそこ楽しいし。兄さん見てると、まだまだ俺は大丈夫なんだな、って元気出るんで」


 ほれ見ろ、と慎司はもつ鍋をつついた。

 やっぱり下に見られている。

 それも十も年の離れた若造に。

 そんな慎司の内心を知ってか知らずか、一人楽しそうにビールを飲んでいた男が、突然、あ、っと声を上げた。

 はたと何かを思い立ったように、慎司の方に身を寄せてくる。


「それなら、兄さんが前に話してた、誰でしたっけ、何とかさんからの預かりもので、ほら、由緒ある云々とかって言ってた、〝アレ〟あるじゃないですか。兄さんとこにあるんすよね? それ売って何とかしたらいいんじゃないですか? 結構いい値段で売れるんでしょ?」


 男の言う〝アレ〟とは、一振りの日本刀のことだった。

 以前から酒を飲んでは話のタネにし、自分が手元に置いてあるかのように吹聴していた刀。


「もうずっと預かってるんでしょ? 先方だってもう兄さんにあげたつもりになっているんじゃないんですか? 売っちゃっても大丈夫っすよ」

「……けどよ、俺のもんじゃないしな」

「どうして急に弱気になるんすか。大丈夫ですって。ひと思いに売って、俺とパーっと豪遊しましょうよ。毎日好きなもんを好きなだけ食べられるようになるんすよ」


 実際のところ、その日本刀は慎司の手元にはなかった。

 とはいえ、日本刀の話は全くのデタラメというわけでもなかった。

 ――真実、実家には件の日本刀が存在する。

 慎司は実家の鍵をまだ持っている。

 やろうと思えば、すぐにでも売ることはできる状況ではあった。

 ほかならぬ身内の持ち物なのだから。


「いや、でも……」


 慎司は渋い声を出した。

 ふと脳裏をよぎるのは、小さな自分と、まだ若い父。


 父は事あるごとに押し入れにしまってある刀を、それはそれは大事そうに取り出して慎司に見せたものだった。

 そのたびに、こう言い添えるのも忘れなかった。

 ――いいか、慎司。これはご先祖様から伝わる家宝だ。何があってもあれだけは守らなくちゃいかん、と。


 そういえば、と慎司は思い出す。

 重く光る刀身。怜悧な刃。

 見るだけで、どきり心臓が跳ね上がる緊張感。

 だけれども、それは陽の光を受けると清冽な肌合いを見せ、途方もなく美しかった。

 そうして、結局、力と美、恐怖と畏怖の混在した不思議な心持で、それを見たものだった。

 父の言葉は当時はよくわからなかったが、それでも、子供心に、それはあまりに特別な存在なのだと、理解はしていた。


 ――それを売り払う。

 それも、ただただ自分の為だけに。

 こんな自分でも、この世の全てから見捨てられた人間でも、それだけはしてはいけない気がした。

 いや、こんな自分だからもしれない。

 もはや自分にはあの刀に手を触れる資格もない。

 先祖が積み上げてきたもの、両親が積み上げてきたものを全て台無しにしてしまった自分には。


「やっぱり――」


 言いかけたところで、ふと男と目が合った。男は笑っていた。


「何だよ」


 思わず食って掛かると、男は更にけたけたと笑った。


「何真面目な顔して悩んでるんすか。兄さんにそんな顔似合わないっすよ」

「――大事な人の、物だから……」

「大事な人? あ、ひょっとして元カノとかっすか? うわ、そういう過去の思い出に縛られるとか」

「違えよ」

「じゃあ、何すか、お世話になった人とかですか? 今更そういうこと気にするんですか?」

「……どういう意味だよ」

「兄さんにはもう何もないんだから、いいじゃないすか」


 かっと顔が熱くなった。

 手は震えていた。

 言い返そうとして、男の顔を見て、言葉を考える思考も消滅した。

 だって、そうでしょう、と言葉を続ける男の顔を、慎司はしばらくの間呆然と見つめていた。


「仕事もない、家族もいない、やることといえば、ここに来て酒を飲むくらいじゃないっすか。もう怖いものなんかないでしょ。あ、いっそのこと、そこらへんでその刀振りまわしましょうよ。最近流行ってるじゃないっすか。通り魔的な。そうしたら、兄さんも少しでも爪痕残せるんじゃないですか、この世に」


 食器がひっくり返る音がした。

 バイトの女の悲鳴が聞こえた。

 慎司は、自分の右手が男の胸倉に伸びるのをぼんやりと見ていた。

 自分の口が動いて、怒鳴り声をあげた。


「もういっぺん言ってみろ」


 視界はぼやけていた。

 男が慌てたように、慎司の手を押しとどめた。


「じょ、冗談ですよ。言い過ぎました、すみません。ね、だから、ちょっと落ち着いてください。ほら、みんなこっち見てますから」


 半ば顔を引きつらせながら、へらへらと男が笑う。

 更に殴りかかろうとしたところで、後ろから誰かに羽交い締めにされ、引き離された。


 ――この野郎、放せ。


 慎司は怒鳴った。

 暴れたが、押さえつける力は強かった。


「ね、兄さん、ちょっと落ち着いてください。ね。俺が悪かったです。酔ってたんです。悪ノリだったんです。言い過ぎました」


 先に冷静さを取り戻したらしい男が謝罪の言葉を並べる。


「ね、ちょっと落ち着きましょう。お父さん」


 背後の男性にもそう言われ、落ち着いてるよ、と慎司は怒鳴った。


「あいつが喧嘩売ってきたから買ってやっただけだ。俺は当たり前のことをしているんだ」

「そうかもしれませんけどね、ここは店の中なんです。他のお客さんもいるんですよ。ちょっと落ち着いてゆっくり話し合いませんんか」


 背後の男性は冷静だった。

 慎司は思わず周りを見回した。

 数組の客がこちらを見て、慎司の視線を見るや否や、気まずそうに顔を背けた。

 バイトの女は嫌そうな表情を隠そうともしなかった。

 一席だけぽつりと空いていて、背後の男性はただの一般客で、勇気をもっていざこざを止めに来たらしいということが分かった。


「俺はお前の噛ませ犬じゃねえんだよ」


 慎司は背後に向かってそう叫びながら、右足の踵を思い切り後ろに蹴り上げた。


「痛ッ」


 それでも、慎司の拘束が緩むことはなかった。


「ヒーロー気取りか? さぞ気持ちいいだろうな。突然暴れだした社会のゴミから一般人を守るのは」


 視界はどんどん不鮮明になっていた。


「あんなくそ野郎に言われなくたって俺に何もねえってことくらい分かってんだよ……」

「そんなことはないです、あなただって――」

「俺だって、なんだ? 金もねえ。働きもしねえ。飲み屋で酒飲んでばっかで。そんな奴に一ミリも価値がないことくらい、誰に言われなくたって俺が一番よく分かってんだよ」


 もう、何も見えなかった。

 頬には次から次へと何かが伝っては顎に滴った。

 目頭はつんと、熱かった。

 焼酎のアルコールが残っているのだ、と思った。

 あのバイトが熱湯なんかで割りやがるから。


「分かったよ」


 慎司は叫んだ。


「お前がそこまで言うんなら、噛ませ犬になってやるよ。日本刀で暴れてやるよ。人殺してニュースになってやるよ。それを見て馬鹿にしたらいいだろ? どうしようもねえ奴だなって笑えばいいだろう? それがお前が望んでいる事なんだろ?」

「違います。違いますから。俺が悪かったですって。本当にそんなことしないでください。兄さんとまた飲みたいって思ってますから。本当に」


 不意に羽交い締めがほどかれて、慎司は床にへたり込んだ。

 背後の男性に慌てて引き起こされながら、いつの間にか自分の体からすっかり力が抜けていたことに気付く。


「……無様だろ。これが人生に詰んだ奴の末路だよ」


 自嘲気味に呟くと、更に何かがこみあげてきた。

 ――笑いと、涙と。

 あはは、と声が漏れた。

 自分の全てを否定しながら、それでも自分を捨てきれなかった男が、遂にその最後の砦を突き抜けてしまった。

 慎司を包む視線の種類は変わっていた。

 軽蔑から、憐憫へと。

 それがよく分かるから、慎司は余計に笑いが止まらない。

 どうあがいても、自分がどうしようもなく可哀そうなことが分かるから。


 慎司はゆっくり立ち上がった。

 足元はふらついていた。

 多分酒の所為だろう。

 おかしいな、今日はまだ一杯も飲んでいないのに、酔いがよく回る。


「俺、もう帰るよ」


 慎司は男に向かって言った。

 男は気まずそうに視線を逸らした。

 それがまた惨めだった。

 お前が俺を壊したんだ。

 そんな顔をするな。

 せめてさっきまでみたいに笑っていろ。

 これじゃあ、俺がお前に悪いことしたみたいじゃないか。


 ――いや。真実、俺が悪いことをしたのか。


 慎司はにへらと笑った。

 それ以外、どんな顔をすればいいか分からなかった。


「まあ、なんだ。ごめんな。これ、金」


 焼酎代にと持ってきた小銭を差し出すと、男は首を横に振った。


「いえ、俺が悪いんで、今日は俺が払いますから」


 ――頼むから、そんなしおらしくしないでくれ。


「いいよ。軽口のつもりだったのに、本気にした俺が悪いんだから」

「……いえ」

「いいから、受け取れ」


 自分でもびっくりするくらい大声が出た。


「受け取ってくれよ、頼むから……」


 震えそうになる語尾を押さえて、なんとか声を絞り出す。


「……はい」


 男の手に小銭を握らせる。


「じゃあな。代わりに払っといてくれ」


 出口に向けて歩く。

 腫物でも扱うかのような視線が痛かった。

 ガラス戸を丁寧に開けて、静かに閉める。


 天気予報通り、雪は慎司が店に入った頃よりも強まっていた。

 薄手のシャツには次から次へと白い粒が落ちて、幾つかは水滴に変わりながら、それでも少しずつ雪がたまっていく。

 慎司は、手に持ったジャケットを道端に投げ捨てた。

 ぽすん。

 雪と一緒に思い切り蹴飛ばす。

 布の塊は少しだけ動いて、くたりと地面に伏した。

 ――ゆっくりと、それでも確実に白く染まっていく。


 そうだ、と思った。


 ――日本刀。


 それはもう些細な物にしか思えなかった。


 慎司は、ようやく歩き始めた。

 体はどうしようもなく震えているのに、酒のせいか顔だけが妙に上気して、それなのに、どうしても歯の根が合わず、がちがちと音を立てていた。



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