2話 マジカルペットは害獣です8

 それから毎夜毎夜秘密特訓を繰り返し、三人はついに模擬戦の当日を迎えていた。


「いよいよ決戦の時ですわね。フローレンスさんは勝てますかしら」


 放課後の教室、教科書を鞄にしまいながらルシエラがミアにそう話かける。


「ん、どうだろう。特待生の実力、どんなものかわからないから」


 黒板の文字を消しながらミアが言う。


「それを知らしめる為に今日の模擬戦があるのですものね。ただ、ネガティブ……列車の魔物を倒すのに参加していませんでしたから、それ以下だと思えばチャンスはあると思いますの」

「ネガティブビーストは初見殺しの要素が多いから参考にならないと思う」

「それは確かに……。フローレンスさんが根性を見せたのですから、せめて勝負の体を成してくれるといいのですけれど」


 ルシエラは窓際でむむむとうなりつつ、日直のミアが黒板を消し終えるのを待つ。

 そこにクラスメイトが声を掛けてきた。


「あ、まだ居た。ルシエラさん、廊下に生徒会の人が来てるよ。なんか用事があるんだって」

「あら、生徒会ですの? わかりました、すぐに参りますわ」


 それがナスターシャだと信じて疑わずに廊下に出向いたルシエラだったが、意外なことにそれは別の人物だった。


「居ました、ルシエラさんですね」

「あら、貴方は列車の時の……」


 それは列車の時に案内をしてくれた上級生、ルシエラにとって思わぬ再会だった。


「覚えていてくれたんですね。私、ブリジットと言います。今度は名前も覚えてくださいね」


 驚きながらそう言うルシエラを見て、少女が愉快そうに笑う。


「ええ、ブリジットさん。それで今日は何のご用事ですの?」

「実はですね、生徒会の仕事を少し手伝って欲しいんです」

「わたくしが手伝いですの? 随分と急ですわね」


 ルシエラが訝しげにブリジットの顔を見る。


「生徒会長……ナスターシャさんが貴方のことを高く評価していますから。そんなに時間はかかりませんからお願いします。ね?」


 手を合わせて頼み込む少女。


「……ふぅ、仕方ありませんわ。でも手短にお願いいたしますわね」


 模擬戦が始まるまで時間がない。ルシエラは手伝いをするか迷ったが、渋々了承することにした。


「私もついてく」


 そこに黒板を消し終えたミアがやってくる。


「ごめんなさい。気持ちはありがたいんですけれど、そこまで大人数ですることでもないんです」


 ミアの申し出を聞いたブリジットが困った顔をしてそう謝った。


「そう、残念。でも、そうなるとルシエラさんと一緒に居れないね」

「仕方ありませんわ、ミアさん。大勢だと逆に大事になるお仕事もありますもの。先に修練場へ行ってくださいまし、フローレンスさんもきっと緊張していますわ」

「ん、そうだね。分かった」


 ミアはどことなく寂しげな表情をして頷くと、ルシエラの背中を見送るのだった。




 ***



 その後、ミアはルシエラの言った通り修練場へと向かっていた。

 座学中心であるミア達の校舎は修練場から最も遠くにある為、修練場にたどり着くのも一苦労。ルシエラが一緒でないのなら尚更だ。

 ルシエラに受け止められ、ミアはピョコミンを拒絶できた。だが、ルシエラが事あるごとに言う宿命のライバルである天宮ミアに戻るには程遠い。

 今のミアはまだルシエラの存在でギリギリ心を壊さないよう繋ぎ留められているだけに過ぎない。独りで居るとそのことを再確認してしまう。


 そんな風に考えながら歩くミアが技術棟の横を通り過ぎようとした頃、


「はー、ようやく一人きりになったですね」


 そう言って一人の少女が技術棟から飛び降りて来た。


「セリカさん、だよね。何か用? 模擬戦、行かなくていいの。今日は主役だよ」

「主役だからご挨拶に来てやったですよ。一人きりの時にしたかったんで待ってたですけど、いつもルシエラとくっついてばかりだったです。お前達恋人かなんかですか」


 現れたセリカは敵愾心を隠しもせず、ミアに挑戦的な笑みを向ける。


「そうだよ」


 対するミアは至ってマイペースにそう肯定した。


「…………」


 そこで会話が途切れ、ミアはそのまま再び修練場へと歩き出す。


 え、マジでそうだったですか。と、しばし呆気に取られていたセリカが小声で呟き、コホンと咳払いする。


「ま、待て待て! とにかく待ちやがれです! お前達が盛ってるかは横に置いとくです! とりあえず、セリカは先輩にご挨拶に来てやったですよ!」

「私、先輩じゃないよ。同級生」

「いいや、先輩ですよ。これを見ても同じことを言えるですか?」


 足を止めて訝しむミアに対し、セリカは愉快そうに笑って首から下げていたペンダントを見せつける。


 途端、ミアの表情が強張った。


「変身用のペンダント。それにまさか……プリズムストーン?」

「ご明察。つまりセリカちゃんも魔法少女、ですよ。アルカステラ先輩」


 挑発するようにべえっと舌を出すセリカ。

 それを聞くや否や、ミアは素早く踏み込んでセリカのみぞおちに掌底を打ち込んだ。


「うおっ、いきなりあぶねーです。ウサ公に魔力を事前チューニングして貰ってなかったらヤバかったですよ」


 勢いよく壁にめり込みながらも、セリカはケロリとした顔で言う。


「ピョコミンの魔力調律……つまり模擬戦で魔法少女に変身するつもりなんだね」


 ミアはポーカーフェイスのまま、その身に怒気を纏わせる。


「御名答です。ちったあ頭が切れるですね」

「止めて、それは借り物の力。フローレンスさんは貴方のこと努力で強くなったと思ってるから、それを踏みにじることになるよ」

「どいつもこいつもそう言って馬鹿にするですね……! これはセリカの力です! お前だってウサ公の補助なしじゃただの無才の癖に!」


 ミアの言葉が癪に障ったのか、セリカが八重歯をむき出しにして声を荒げる。


「っ……!」


 その言葉にミアは一瞬怯むが、大きく深呼吸すると拳を握りしめて構えを取った。


「は。意外と血の気が多いですね、先輩は。けどそれは後のお楽しみにしておくです。先輩は過去の人、最強の魔法少女はセリカだって証明は模擬戦でしてやるですよ」

「本気で、怒るよ……?」


 僅かに目を細めて睨みつけるミア。


「ハハッ、もう本気で怒ってるじゃねーですか」


 セリカはそんなものはどこ吹く風とせせら笑う。


「ただ……ウサ公は先輩を高く評価してましたけど、セリカは変身もできねー先輩と戦う価値があるかは疑問です」


 セリカがそう言ってペンダントを掲げると、校舎を飛び越えて黒い怪鳥のような異形が姿を現す。

 その影の体には道化の仮面が一つ、ネガティブビーストだ。


「ネガティブビースト! そこまでするんだ……!」

「だから試してやるですよ。他にもたっぷり放してるですからね。無事に修練場まで辿り着けたのなら、セリカがボコってやるです」


 セリカは悪戯っぽい笑みを浮かべると、ネガティブビーストを踏み台にして校舎を飛び越えて姿を消した。


「ん!」


 ミアは考える。この様子だとルシエラの方でもトラブルが起こっているだろう。

 ならば愛するご主人様であるルシエラを探しに行くべきか、確実に脅威が迫っている修練場へと駆け付けるべきか。


「ルシエラさん、私が決めていいんだよね。……なら、私は皆を守りたい」


 ルシエラならばこの程度のトラブルなどに負けはしないはずだ。

 ならば自分は力ない人達を守りたい。自らの心が告げる偽りのない想い。それはルシエラの存在で辛うじて心を繋ぎ止ている今だって変わらない。

 手にした力は誰かを守る為に、それが本来の天宮ミアであり、ルシエラが宿命のライバルと呼んだであろう天宮ミアなのだから。

 ミアは一度目を閉じて小さく息を吐くと、そのポーカーフェイスを僅かに引き締めてネガティブビーストと対峙する。


「いくよ」

『GYAOOOOOOOOO!』


 同時、影の怪鳥がけたたましい鳴き声をあげてミアへと襲い掛かった。

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