③
「しの先輩遅いな」
「どうしたんだろう」
皆はパンを食べながら心配そうにしのがトイレから帰ってくるのを待っていた。
「私、ちょっと見てくる!」
「あ! えりな先輩待ってください! 俺も行きます!」
えりなと空は同時に立ち上がり、トイレの方へ走っていった。
「しのちゃん!!」
「しの先輩!!」
トイレに着くとそこには誰もおらず、個室も全て空いていた。
「あれ……おかしいな……確かにここに入ったはずなのに……」
えりなはもう一度よく見てからトイレを出たその時だった。突然、ぐにっと何か柔らかいものを踏んでしまった。
「……え?」
えりなは恐る恐る足元を見ると、そこには大蛇の尾のようなものがあった。
「ひっ!」
「えりな先輩! どうしたんですか?」
しりもちをついたえりなに慌てて駆け寄る。そして、空は恐る恐る足元を見た。そこには、大蛇の尾のようなものがうねうねと動いており、その上半身は白銀色の髪をした少年だが、背中から蜘蛛のように長い腕が六本生えていた。
「……え!?」
「……ひっ!!」
えりなは半泣きで空に抱きついた。普段だったら可愛らしい先輩に抱きつかれてラッキーだが今はそれどころじゃない。空は恐る恐る足元を見ると、そこには少年がこちらをじっと見て長い舌をチロチロさせていた。
「ひぃ!」
空は尻もちをつき、腰が抜けたのかそのまま立ち上がることが出来ず地面に座り込んだ。
「い、いや……」
「あ……ああ……うぁ……」
えりなと空は言葉にならない声を発し、恐怖に震えていた。そんなふたりを少年はニタニタ笑いながら見ている。その笑みがさらに恐怖心を煽った。蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事。恐怖に体を震わせていると突然どこからか声が聞こえた。
「姦姦蛇螺、待って。その子達も『オトモダチ』になるの」
ふたりの目の前に立っていたのは桃色の髪をふたつのお団子にし、水色のワンピースにフリルが付いたエプロンを身を包んだ小柄な少女だった。少女は少年の前に立ち、まっすぐにその姿を見た。
「いい子、いい子」
『うぅ……うあぁ……』
少女はまるで子供に話しかけるような口調で優しく少年の頭を撫でる。すると、少年の顔が徐々に穏やかになり少女にしがみついた。
「な……何が……」
「よしよし」
少女は少年を抱きしめ頭を優しく撫でる。その姿はまるで親子のようだと呆然と見守った。
「あ、あの……」
我に返った空は恐る恐る少女に声をかけた。少女はゆっくり空に視線を向けるとニコリと優しく微笑みかえした。
「可愛いでしょ。この子、フィオの自慢の『オトモダチ』」
「オトモダチ……?」
少女の口から出た『オトモダチ』という言葉にふたりはただならぬ空気を感じた。
「『オトモダチ』はフィオが寂しくないようにいつも一緒にいてくれるの」
少女は嬉しそうに少年と手を繋ぎ、クルリとその場で回った。その可愛らしい姿に思わず見とれてしまった。しかし、すぐに我に返り慌てて少女に声をかけた。
「あの! 君は一体……」
「皆、『オトモダチ』になってくれる?」
「え……?」
少女はふたりに近付き、そっとふたりの手を取る。
「フィオと『オトモダチ』になって」
少女の手は氷のように冷たく、まるで体温が感じられない。
「あ……あの……」
「なって」
少女の言葉には有無を言わさない圧があった。
「ねぇ……なって……」
徐々に少女の手には力が込められていき、ふたりの手を力強く握った。そして少女はもう一度ふたりに尋ねた。
「ふたりとも『オトモダチ』になってくれるよね?」
その笑みは可愛らしい少女には似つかないような冷たい笑顔だった。
「なってくれるよね?」
少女の手がさらに強く握られたその時だった。突然、ふたりに酷い眠気が襲いかかってきた。
「なってくれるよね? ねぇ……『オトモダチ』に……」
「う……うぅ……」
ふたりは意識が朦朧とし、瞼が重くなり、そしてそのまま深い眠りについた。そのふたりをフィオは優しく抱き抱えた。
「ふふふ…… 新しい『オトモダチ』増えた」
フィオは嬉しそうに笑い、ふたりの頭をそっと撫でる。
「行こう、姦姦蛇螺」
フィオはふたりを姦姦蛇螺に運ばせると、そのまま森の奥深くに消えて行った。
◆◆◆
「おかしい……しの様だけじゃなく、えりな先輩と空ちも戻ってこない……」
あれから一時間が経過し、倶楽部のメンバーはえりな達が戻ってくるのをずっと待っていたが、一向に戻ってくる気配はなかった。
「まままままさか、三人共例の化け物に襲われたんじゃ……」
そんな不安が哉太の頭をよぎる。しかし、すぐにそんなはずはないと首を振った。
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