②
「全員揃ったか?」
先生がバスの前に立ち、人数を数えると全員いるか確認する。
「いいか? 今日は海のボランティア打活動だ。けして遊び目的ではないが、向こうのご好意で終わったら少し遊ぶ時間を設けてくれるそうだ」
先生の言葉に色めき立つ生徒たち。「早く掃除を終わらせるぞ」や「どっちが早く泳げるか競争だ」などの声が飛び交う中、静夜は一抹の不安を感じていた。
「シズ、大丈夫?」
「うん。大丈夫……海にさえ近付かなければ……」
「体調が悪くなったら言ってね」
「ありがとう。アス」
バスに乗車し発車したあとはみんな遠足気分の如くバスの中は大賑わいしていた。トランプをする人、お菓子交換をする人、おしゃべりを楽しむ人。やがて一時間ほどし、バスは目的地である海の近くの駐車場に停車した。
「着いたぞ。荷物を置いたら浜辺に集合だ。役割分担を発表するからな」
返事を返した後、皆それぞれ荷物置き場へと足を向けて歩き出した。
(綺麗だし、悪いモノはいないけど……なんだろう……? 嫌な感じがする……)
海を見つめる静夜はの背後から人が近付き、いきなりポンッと肩を叩かれた。
「うわっ!」
「わっ、びっくりした!!」
「なんだぁ~アスか……驚かさないでよ……」
「こっちが驚いたよ……やっぱり何かのある? あの海……」
「ううん。大丈夫! 悪いモノは感じないから! ほら、行こう。先生に怒られちゃう」
先程まで静夜が見ていた海に明日磨も目を向けていた。その表情にこれ以上、彼に心配をかけてはいけないと思い、明日磨の背中を押して荷物置き場へと促した。
◆◆◆
「じゃ、発表するぞ、A班とB班は海の周囲のゴミ拾い。C班は海の家の掃除。D班は海の家で貸し出す物も点検チェックだ。開始!」
言い渡された班に分かれボランティア活動が開始された。浜辺ではゴミ袋片手にトングでゴミを拾う生徒がチラホラと見受けられる。
「こんなもんか……シズ、そっちは?」
「うん。大体きれいになったね」
海の家の掃除していたふたりのもとに厨房を掃除していた男子生徒が戻ってきた。
「お、こっちは終わったんだな」
「うん。なんとか……そっちは?」
「こっちも終わったぜ」
暫くしてから「集合!」という声に各地で掃除していた生徒が集まってきた。点呼を取ると先生は口を開いた。
「みんなよく頑張ってくれた。おかげで、予定より早く終わったので、これから帰りの時間まで自由行動にしたいと思う。みんな気を付けて遊ぶんだぞ!」
その言葉にみんなは色めき立ち「遊んできていいぞ」という一言に女子も男子も自分の荷物から水着や着替えを出し更衣室へ向かっていく。
「良いなぁ……みんな」
「しょうがないでしょ。流星さんともちゃんと約束したんだから」
皆が海に入って泳いだり、磯で海の生物を観察したりしている生徒たちをパラソルの下で明日磨と静夜は並んで見ていた。
「シズ、あっちにかき氷売ってたから買ってくるよ。何味が良い?」
「ん〜〜じゃあ、ブルーハワイ!」
「買ってくるね」
そう言って離れていった明日磨の背中に手を振る静夜の耳に聞き慣れない声が聞こえてきた。
「これは珍しい。ボランティアの学生さんかな?」
振り向けば、つばの広い麦わら帽子を被り、日焼けをした肌をした老人が傍に立っていた。
「ええ、はい」
気配がしない老人に少し肌が粟立つ。老人は暫く海を見つめた後、おもむろに口を開いた。
「少年。この海にはある恐ろしい伝説があることを知っているかね?」
「恐ろしい伝説……ですか……?」
「ああ、この海には童話の人魚姫の元になった恐るべき人魚伝説がある」
老人の話によると、
ある一人の人魚が満月の晩に月に導かれるよう海の上へと顔を出した。人魚は浜辺で見かけた男に恋をした。人魚は恋しい男の面影を探すかのように月夜の海で歌い始めた。その歌声は海の風に乗って悲しく流れていった。夢は幻、恋する男の面影を追って人魚はいつまでも歌い続けた。ある満月の晩のことその歌声を聴いた男は人魚を見つけると、目が合った瞬間恋に落ちた。
「いい話じゃないですか? それのどこが恐ろしい伝説なんですか?」
「話にはまだ続きがある」
「話って何の話?」
「あ、アス。おかえり」
「ただいま。はい、ブルーハワイ」
帰ってきた明日磨からかき氷を受け取ると、明日磨も隣に腰を下ろし話の内容を聞く。
「そんな伝説が……で、その続きというのは」
「ああ、恋に落ち、二人は満月の晩だけ会う約束をしたの」
ところがある満月の晩、男はいくら待っても来なかった。その次の満月の晩もまた次の満月の晩もいくら待っても男は来なかった。次の満月の晩には彼が来る。次の満月の晩に来なくても、その次の満月の晩は来るかもしれないと人魚は待ち続けた。だが、ある満月の晩のこと彼は見知らぬ女性を連れて浜辺に来ると人魚に別れを告げた。男は心変わりをしたのだ。彼は「彼女には二本の足がある。君のように下半身が魚で上半身が人間ヒレもなければ気持ち悪い鱗もない。人間ではない君とは付き合えない」と。
人魚は泣きながら海に帰っていった。深く暗い海の底で彼女は泣いた。やがて彼女の恋心はドス黒い憎しみへと変わっていき、彼女の美しかった様相は醜く歪んだ化け物へと成り果て自分を捨てた男の一族を皆殺しにし男は食い殺された。
以来、男と人魚が出会った場所に化け物と成り果てた人魚を封印した。
「これが、この海に伝わる恐ろしい人魚伝説じゃ」
壮絶な話を聞いたふたりは溶けかけたかき氷に口をつけながら、しばし無言だったが。
「アハハハハハ!! バッカじゃねぇの? そんなホラ話信じるかよ!」
いつの間に来たのか五人の男子生徒達はさっきの話を聞いていたらしく馬鹿にし、腹を抱えながらゲラゲラ笑い出した。
「う、嘘なんかではない! 本当の話じゃ!」
「嘘だよ、う・そ!! 子どもが危ないことや危険な場所に行かないようにするホラ話だよ! おい。向こうの岩場で飛び込みやろうぜ!」
一通りバカにした男子生徒達は岩場へと走っていった。その様子を陰からじっ見ていた怪しい影に気づかずに。
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