第一話~怪異狩りに目覚めちゃった日③

「危ないっ!!」

 流架は咄嗟に懐から札を出すと、それを放り投げた。

「兄ちゃん特製結界!!」

 すると、札が光を放ち、壁のようなものができ、怪物の行く手を阻んだ。その隙に三人は怪物から離れる。

「へぇ、マスターが言ってた通りやるな……だが、長くは持たないようだな」

 壁を壊そうと暴れ回る怪物を静観しながら、京はフッと笑みを浮かべながら言った。その言葉が現実になったかのように、札にヒビが入る。


 パリン……


 ガラスが割れたような音を立てて、札は崩れ落ちた。それと同時に、怪物がこちらに向かってくる。

「嘘だろ……!?」

 絶望の表情を浮かべる流架。今まで除霊してきた奴らとはレベルが違いすぎる……流架は歯を食いしばった。

 その時、出流が触手に捕らわれ、宙に舞う。出流は苦しげな表情を浮かべていた。

「出流!!」

「流架兄さん! 輝兄さん! 俺のことはいいから逃げて!!」

「そんなことできるかよ!! 待ってろ、今助けるから!」

 流架は懐から札を取り出すと怪物に向けて投げた。投げつけた札は怪物の触手を切り裂いたが、すぐに再生され、出流は身動きが取れなくなってしまった。

「クソッ……札があと少しで無くなってしまう……」

「もういいから逃げてよ!!」

「───誰が逃げるかよ……大切な家族を見捨てるなんてできるか!! もうあの時の無力な俺じゃない……櫻木家当主として、兄として、必ず出流を助ける!!」

 流架は怪物に向かって札を投げるが、やはりすぐに再生されてしまう。それでも諦めず、何度も何度も札を使って、出流を助け出そうとした。が……


 ザシュッ……


 流架の腹に容赦なく突き刺さる触手。崩れるように倒れる姿がスローモーションのように見える。そしてピクリとも動かない流架を中心に広がる深紅……時が止まったかのように沈黙が広がった。

「……っ! 流架兄さぁああああああん!!」

 一瞬の沈黙を破ったのは、出流だった。

「あ……ああ……」

 輝の口から呻きが漏れる。

 目の前の光景が信じられなかった。あまりに現実感がない。ついさっきまで笑っていた親友が、今は物言わぬ姿に成り果てている。

「流架……ううぁぁああああああああああああああっ!!」

 輝は怪物に向かって駆けた。自分の親友を殺されたという怒りと、これ以上誰も殺させないという使命感が彼を突き動かした。走りながら太い木の枝を取り、化け物に突き刺す。

しかし、怪物は少し痛がるだけで大したダメージは通らなかった。

 虫でも払うかのように怪物は輝を地面に叩きつける。全身に衝撃と苦痛が走った。

「う……く……」

「輝兄さん……!!」

「大したことなかったな。さぁ、おまえはどうする? このまま俺に八つ裂きにされるか、怪異に胴体裂かれるまで締めつけられるか……好きな方選べ」

「どっちも断る。俺だって櫻木家の人間だ。流架兄さんのように逃げない!」

「生意気な……怪異、そいつを絞め殺せ」

 命令された怪物は出流の身体をさらに強く縛り付けてきた。

「あ……が……ぐぅ…………」

 徐々に締まってきているのか苦しそうな表情を浮かべている。助けにいきたくても輝の体は動かない。絶望一色の最中、流架が口を開いた。

「出流に……手ぇ出すんじゃねぇ……」

 自分が今にも死にそうなのに絶え絶えとした言葉で何とか立ち上がろうとしている。出流たちを放って置けないからか。これが兄の性なのか。出流たちは「何も喋らないで」と涙声で訴えた。

「言っただろ……助けるって……」

 それでも流架はか細い声で言葉を紡ぎ続ける。

「弟を守る……のが……兄貴の……役目だからな……」

 傷口を抑えながら言葉を続ける。ただのわがままだとしても、これだけは譲れない。ゲホゲホと血を吐きながら覚悟を決める。

「俺は……逃げたく……ない……っ!!」

「流架……さすがおいらのダチよ……おいらも……あいつらに……負けたくない!!」

 輝も痛みに堪えながら立ち上がった。


 ドクン


 激しい鼓動と共に心臓が痛み出す。

「流架兄さん……輝兄さん……!?」

 体が熱い。息苦しい。痛みも鼓動も止まらない。まるで何かを突き破るように。

「……っ!」

「あ……ぐっ!!」

 自身に潜む何かが頂点に達した時、胸の中心から眩い輝きが溢れ出す。

「くそっ眩しい!!」

 京と怪物が忌々しく目を覆う。

「いったい何が起きているんだ……!?」

 すると流架と輝の目の前には白い刀、そして黒い刀が現れた。

 引き寄せられるように流架は白い刀の柄、輝は黒い刀の柄を握ると京と怪物に向かって構えた。

「まさかあれは……クソッ……怪異! あいつらを捻り潰せ!!」

 怪物は攻撃しようと襲いかかろうとしたが、二人の動きの方が速かった。不思議な感覚だった。刀はまるで自分の一部のように扱いやすく、体は風のように速く動く。

 輝は怪物の触手を切り落とし出流を救出すると、流架は怪物本体の頭を真っ二つに斬り裂いた。

「グギャアァァァァ!!」

 怪物は断末魔をあげながら灰となって消えていった。それを見た京は驚きのあまり固まっていた。

「なんなんだあの二人……さっきとは比べ物にならないくらいの力だ……今日はこれくらいにしてやる!」

 京はそう言い残してその場を去った。

 全てが終わった瞬間、刀は散華するように消えると、糸が切れた人形のように流架と輝はその場から崩れ落ちた。

「流架兄さん! 輝兄さん!」

 まるで眠っているかのように気を失っている。その上、あの時怪物につけられた傷は最初からなかったかのように完治していた。

 しかしそんなことより出流は引っかかることがあった。

 どうして二人は若返っているのか……

「一体何が起きているんだよ……」

 出流は頭が回らず、ただただ混乱していた。


 その様子を傍観する一人の少年がいた。否、少年とは姿が異なっていた。色白を通り越して真っ白な肌、銀髪に金色に輝く瞳。そして尖った耳。

「二人は怪異狩りとして目覚めたようだよ……流星」

 誰に聞かせるわけでもなく、白夜の独り言が風に吸い込まれるように消えていった。

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