演劇勝負のオーディション

斑猫

第1話 入部に至る無理難題(?):前編

 高校生になった島崎源吾郎は、さも当然のように演劇部の部室を訪問していた。

 新一年生は今日から一週間入部期間が設けられている。部活に入る生徒は気になる部活に赴き、どの部活に入部届を提出するのかを決めるのだ。

 とはいえそう大げさな行事でもない。部活動というのは来るもの拒まずといったスタンスを取っている事がほとんどだ。入部する新入生を拒むような道理はないはずである。もちろん、中にはオーディションなどで生徒をふるいにかける事もあるだろうが、演劇部ではそのような事も無いだろう。部員も六人程度と小規模な物であったし。

 だからこそ、源吾郎はこの時それほど気負わずに部員を呼び止め、入部したいという話を伝えていたのだ。

 ちなみに六名いる演劇部は全員女子生徒との事。男子が一人もいない環境下であるが、源吾郎はそこは特に気にはしなかった。むしろ女子が多い事に喜んですらいた。


「――島崎君だっけ。へぇ、あんた、演劇部に入りたいんだって?」


 演劇部部長だという河合佐和子の第一声は、およそそのような物だった。

 艶のある黒髪を真っすぐに下ろし、襟元をややくつろげた制服姿の佐和子は、概ね美人の部類に入る女子生徒ではある。しかし彼女と相対する源吾郎は、ただただ居心地の悪さしか感じなかった。

 その眼差しは明らかに源吾郎を値踏みしていたし、その言葉はもっと露骨に源吾郎を見下したものだったのだから。


「そうです。今回はそのために演劇部にやって来たんです」


 しかし源吾郎とて気弱な少年などではない。佐和子の瞳を真っすぐに見据え、おのれの意志を伝えた。多少の違和感を抱き始めていたが、まだ話せばこちらの意見が通ると信じていた。


「駄目よ。あんたの入部なんかこのあたしが認めないわ」

「どうしてですか?」

「あんたみたいな野暮な男子生徒なんか、この演劇部に相応しくないわ。あたしがそう判断したんだから諦めなさい」

「ですが河合部長。演劇部は文化部ですが体力勝負の所もありますよ。大道具運びやパイプ椅子の片付けなんかも活動の一部じゃないですか。

 見る限り、この演劇部も女子ばかりですよね。体力があって、こき使える男子が一人いるだけでも違うと思うのですが」


 男子だからって拒絶するのは男女差別だろう! そんな事を思いはしたが、源吾郎は猿のようにわめきたてる事はしなかった。この年頃の女子たちが、無闇に男子を忌み嫌う事は何となく知っている。それよりも男子特有のメリットを提示し、納得してもらう方が角が立たぬと思っていた。源吾郎は案外知恵の回る所があるのだ。

 佐和子の表情が揺らいだのを認め、源吾郎はポケットから畳んでいた紙片を取り出して拡げた。一年前に行われた、地方の中学・高校の文化発表会のチラシである。


「それに河合部長。こう見えて僕は中学も演劇部に所属し、最終的には副部長の座を勤めてもいるんです。それでも演劇部に相応しくないと判断なされるんですか?」

「島崎君!」


 これは決定打だろうか。内心ほくそ笑む源吾郎に対し、焦ったように声をかけたのは若教師だった。確か彼女は演劇部の顧問だったはずだ。汐崎先生は非常に若い。二十代前半か、下手をすれば大学を出たばかりなのかもしれなかった。


「河合さんに色々言われて困っているんでしょうけれど……悪い事は言わないから、大人しく引き下がった方が賢明だと先生は思うの」

「引き下がるって、どういう――」

「解ったわ」


 汐崎先生は何を言おうとしていたのだろうか。そう思っていたまさにその時、佐和子が口を開いたのだ。源吾郎の言葉を遮ったのは言うに及ばず、汐崎先生まで何故か怯えたように身をすくめたではないか。


「安心してください汐崎先生。まさか、このあたしが気に入らないからって前途ある新入生をいびって入部を認めないなんて事、やる訳ないじゃないですか。

 ただね、ちょっとしたオーディションをあたしの方で設けて、それで島崎君に演ってもらおうかなって思ったの」

「入部のチャンスをくれるんですね!」


 源吾郎の声は無邪気に弾み、その顔には笑みが広がっていた。演劇には並々ならぬ自信があったのだ。

 佐和子も含み笑いを浮かべながら源吾郎を見下ろしていた。源吾郎は男子生徒にしては背が低く、一方の佐和子は女子生徒のわりに背が高かったのだ。


「そうね。島崎君は演劇に自信があるみたいだから、あんたの演技力を見てやろうって思ったのよ。後で台本と演目を指定してあげるから、ヒロインを演じてみなさいな」

「河合さん?」


 焦ったような甲高い声が部室に響いた。またしても汐崎先生が声を上げたらしい。他の部員たちは何も言わない。ただ、当惑と好奇と疑問の眼差しが絡み合い、源吾郎と佐和子に殺到していた。


「別に女装までしろとは言ってないわ。だけど、演劇部の副部長まで勤めていたんだから、女を演じる事だって出来るでしょう? 満足のいく演技だったら、あんたの入部を認めてあげる。それどころかあたし、高校を出るまであんたの言う事を何でも聞いてあげようかしら。ま、駄目だったらその時はその時ね」


 佐和子はそこまで言うと、息を吐きつつ笑みを深めた。毒花のごとき悪意がその笑みからじわじわと滲む出ている事は、もちろん源吾郎も肌で感じていた。


「ああ島崎君。嫌なら別に受けなくても良いのよ。ふふふ、あんたも男の子だし、女の子の演技なんて恥ずかしくて出来ないって思っているかもしれないでしょ。でもその時は――」

「台本を頂けませんか、河合部長」


 佐和子が言い切る前に、源吾郎は彼女に呼びかけた。佐和子が設けたオーディションとやらを受ける。それこそが源吾郎の返答だったのだ。

 何故佐和子が横暴な振る舞いを見せるのか、そしてそれがまかり通っているのは何故なのか。源吾郎には皆目解らなかった。

 だがそれも、おいおい調べれば良い事だろうと源吾郎は思っていた。

 佐和子はきっと、ヒロインを演じるという題目を前に源吾郎が尻込みするか、無様な道化を演じる事を望んでいたのだろう。だが源吾郎は佐和子の思惑通りになるつもりは無い。ヒロインとやらを演じ抜き、佐和子を心服させたうえで演劇部員になる。のっぺりとした面には、演劇部入部に対する情念の焔が燃え盛っていたのだ。

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