怪にして談だが怪談ではない。

 〜羊をめぐる妄言〜


 戦前の話である。とある羊飼いの男が奇妙な羊を見つけたというので摩訶不思議なことに詳しいと噂の先生のもとを訪れた。

「して、どのように奇妙なのかね」

「それは是非先生のお目で確かめていただきたく」

 請われて男の国へと向かい、羊たちがメエメエと鳴く柵の中へと足を踏み入れ、

「しかし、どれも同じに見えるなあ。この中に本当にいるのかね」

 男がニヤリと笑って適当な一匹を選ぶと引っ張ってくる。

「これからこの子の毛を刈ります」

「ふむ。あいわかった」

 男がバリカンで羊の毛を刈り始めると、呑気に羊はメエメエと鳴いた。毛の塊が羊の周りを埋め尽くしても、まだ男のバリカンは止まらず、羊もまた鳴いている。

「なるほど……」

 先生は腕を組んだまま、感心したようにいった。

「ね、いくら刈っても毛が全然減らねえんですよ、こいつは奇妙でしょう!」

「まったく。こいつは緬羊めんようなことだ」


     *

 ……

 羊は高級な食材なのだという。だからこそ羊頭狗肉などという言葉も生まれたりしたのだろう。

 最近でこそ火鍋などで羊の肉を食べる機会も増えたが、それまでは羊といえばジンギスカン、しかも昔はラム肉ではなくマトンも多かったので日本では苦手な人も多い。

 いま一番手頃に羊を食べられるのはサイゼリヤのアロスティーニではなかろうか。羊の串焼きである。

 サイゼリヤの中では比較的高価な品ではあるが、どうにも高級という感じはしない。

 ジンギスカンも、食べられる場所などは限られるとはいえ、どちらかといえば大衆のための料理というイメージがある。

「大衆」という名前のローカル焼肉チェーンがある。ここもまた、ウリはジンギスカンと生ホッピーであり、ジンギスカン=大衆の食べ物というイメージは、世間に浸透していたのではないか、と思われる。……


「というわけで、今日の晩御飯はあなたの奢りで『大衆』に行くことになりました!」

「いや、給料日前だから!」


     *


 世の中には有能な羊というのが存在するらしい。仕事の補佐をしたり、時には怪異を退けたりと、有能というにも程がある羊もいたりして、その大半は実は悪魔なのだという。

 そういえば悪魔の足にもひづめがついている。

 僕にも最近、有能な羊がつきまとってくるようになった。ありがたい反面、いつ何を要求されるかと思うと気が気ではない。

 ねえ、君は本当は悪魔なんだろ、と問いただしても、羊はメエとニヒルに笑うだけだ。

 それでも、怪異にあやうく取り殺されそうになったとき救ってくれたのは羊で、だからいつか魂を要求されたとしても僕は断らないだろう。彼(なのか彼女なのかはわからない)に救ってもらった命なのだから。

 今日も悪いヤギから助けてもらい、ますますその意を強くしたのだった。

「ねえ、君。本当は——」

「メエ。私はあくまで羊ですから」


     *


 羊の皮を被った狼というのが世には存在するらしい、と冗談めかして俺が言うと、君は笑いながら答えた。

「狼の皮を被ったジンギスカンって人もいたらしいわ」

「いや、行かないから、だから! 給料日前なの! 金ないの!」


     *


 本日の「金羊Lordショー」いかがだったでしょうか? 今回で最終回となります。来世紀からは新番組「金牛Lordショー」が始まります。是非お楽しみに。

 それでは、さいなら、さいなら、さいなら。


     *


「やっぱホッピーは生に限るね!」

「普通に金シャリのほうがいいわ……あー、マジで金無くなったー!」

「ヤケクソで上カルビとか頼むから。ジンギスカンオンリーにしとけばよかったのに」

「俺は羊よりも牛が食べたいの! 高級だとか高級じゃないとかじゃなくて、純粋に牛が!」

「でも、もう牛の時代も終わりなのよねえ」

「は?」

 君がステップを踏むようにして一歩前を行き、ふりかえるその顔に悪戯めいた笑み。

「あたし、今度は魚が食べたいわ」

「はいはい、給料出たらね」

 ふふっと笑って、彼女は僕のさらに一歩先へと進んだ。

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