第5話 ブラちゃん、女に目覚める

 機械人形のような水兵服の怪力少女、大砲の付いた鉄の馬に乗る制服の女二人、という奇怪な三人連れがこのブラショフ村へ来て、ちょうど二週間たったころ。山のふもとの町で、町一番の有力貴族であるブラッケン伯爵の娘の誕生パーティがひらかれ、住民のほとんどが招待される。「今年はこのお三方も連れて行こう」と、ホリスがまた余計なような気が利いたような微妙な提案をし、むろんブライトン神父は全力で反対したが、しょせんは多勢に無勢、終いにはしぶしぶ同意するにいたった。


 ブラッド一号は、他の人間が見れるというだけで大興奮で行く気満々だし、榊と高見も現代に戻れる手がかりが何か見つかるかも、という理由で同意だった。といっても後者には口実の気が強く、むしろ自分がついていかないとこの怪力水兵少女が心配すぎるというのが主な理由である。多くの人と接触して、うっかり相手に危害を加える可能性は、たとえ自分が強く言っても、天気予報の降水確率三十パーセントくらいはあった。すなわち一滴も降らないかもしれないが、いきなり短時間に土砂降りの危険も充分にある、ということだ。



 ツェペル・ブラッケン伯爵の屋敷は、山陰にあるブライトン教会から馬で三十分ほど行った町中にある。ブラショフ村からは、このダルムシュ・タウンが最も近い町で、神父が週に一度、馬に乗って買出しに行くが、今回は大人数なので、町から現代のシータクにあたる辻馬車が呼ばれた。といってもこの老夫婦、ブラッケン伯のご令嬢の誕生会には毎年呼ばれていて、ずっと辻だったから、そこはいつもどおりである。


 だがやはり人数が違う。まるで一家族である。それも女が四人の(いちおうブラも女性に入れとく)男が一人なので、娘ばかりでお父さん一人が苦労人の家庭のようだ。

 しかし実際、かしましかった。家では遠慮してそう騒がなかった「娘ら」も、初めて乗る馬車が鞭アンドいななきで発車するや、ガタガタゆれる車内は興奮のるつぼと化した。ブラがうるさいのは何もかもお初だから仕方ないが、お目付け役の高見まで一緒になって、どんな人がいるかだの、どんな菓子が出るかだのと、席でどんどん足踏みまでする始末、エリスは笑って注意もしないし、一番静かなのは榊という、神父には意外な結果になった。そのせいか知らないが、彼から話しかけたりもした。普段なら怖いから絶対しないことだ。それにちょうど向かいに座っていたので、声をかけやすかった。


「あんたらの、あの鉄の馬は使えないのかね?」

「バイク?」

 例によってなんの感情もなく、ただ声だけでかく答えた。

「ええ、できれば燃料を使いたくないから」

 ちなみにパーティだからとホリスがドレスを貸そうとしたが、彼女だけは「意味がないから」と断り、いつもの緑の軍服である。着飾っているのは残りの二人とホリスだけ。貴族の晩餐といっても、伯爵の人柄から、まあ服装で締め出されることはなかろう、と婆さんは判断し、それ以上言わなかった。


「燃料? すると、あれは機関車のようなものか。たまげたな」

 爺さんがそう言ってくりくりの目をいっそう丸くすると、榊は普通にしゃべったが、偶然周りがうるさくなかったので、よく聞こえた。

「ああ、もう蒸気機関は発明されてるのね」

「ダルムシュには、まだ機関車はないがね。だから、行っても燃料の補給はできんな」

「じゃ、なおさら使えないわ」

 そして何気に窓の外を見て、ぽつり。

「私の燃料は使うしかないけどね」

 たまにこいつらは変なことを言うな、とブライトン神父はそれきり黙った。


(考えたら妖怪の一味じゃないか)

(あぶない、あやうくなじむところだった)


 などと気を引き締める一方、こいつらが本当に自分の思うような悪い奴らなのかと、ちと自信がなくなったのも事実だ。

 女房はまるで気にしていないが、確かに出会ってから、まだ一度もこちらに害を与えたことがない。それどころか助けてもらうことばかりである。とくにエリスの腰を治してくれたのには感謝しかない。

 もちろん、それでも完全には信用できなかった。

(こいつらは、絶対に人間ではないのだからな……)


 高見だけは生身の人間に見えるが、わからんぞ。あれで沼からあがった妖魔の可能性も捨てきれない。あるいは魔女のたぐいか――。


 などとアホな妄想を楽しんでいるうち、馬車は森を抜けた。町の灯が見えてくると、ドレスの娘二人は歓声をあげた。




  xxxxxx




 ツェペル・ブラッケン伯爵家のパーティに出て、かなり重要なことが判明した。ブラ公は、現れた伯爵の娘から目をまったくそらさず、最後までガン見のまま終わり、見かねた高見が「連れてこようか」と言っても顔をまっかにして「い、いいです!」と照れまくるだけだった。

 製作者は「彼女」を女子高生として作ったはずだ。が、体に性器もなにもなく、膨らんだ胸のような特徴もないので、中身が実は少年であっても、なんらおかしくはない。

 帰りの馬車に揺られて、ずっと惚けて天井を見つめたままのブラ公を見ながら、高見は確信した。

(そえか、こいつは――)

(女が好きなんだ――)


 いや、別に同性愛者でなくても、可愛い女好きな女は珍しくない。そのたぐいかもしれないし、分からない。彼女(と、めんどいからいちおう呼んどく)が恋愛でもしない限りは。

「ああ……メグさん……かわいいなぁ」

 完全に色ボケし、小さく揺れながら、いつまでも繰り返すブラちゃんを見るうち、高見の口にうっすらと微笑が浮かんだ。

 かわいい。

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