馬車の勇者 〜物資運搬兵士ギーツと愛馬アリアの冒険〜

カユウ

第1話

「今回も頼むぞ、アリア!」


「ヒヒン!(ええ、まかせて!)」


 俺は愛馬アリアの首を優しく抱きしめる。アリアの自信満々な返事を聞くと、自然と笑顔になる。

 俺の名前はギーツ。3年前、魔王軍が現れたときに騎士団に入団に入団した20歳の男だ。

 アリアの首に回した腕を解き、アリアと目を合わせると、どちらからともなく頷き合う。それからアリアに付けられた馬用鎧の留め具が緩んでいないかを確認していく。アリアの確認が終わったら、次は俺だ。御者用の鎧の留め具を確認する。鎧の確認が終わったら、最後に水を注いだ桶を持ち上げて、アリアに出発前の水分補給をしてもらう。

 アリアが満足したら、桶を持って馬車の御者台に座る。桶を水樽のそばにおいたところで、出発を示す角笛が高らかに吹き上げられた。勇者さまたちの出発ならともかく、輜重隊の見送りは身内しか来ないだろうに。


「諸君らが無事、勇者さま方へ物資を届けることを願う!」


 わざわざ王子さまが王都から駆けつけてくださったそうで、俺たちに激励の言葉をかけてくださっている。王子さまの顔を見ていると、戦闘訓練に遅くまで付き合ってくれたミゲルに似ている気がしてくる。ミゲルは俺たちより先に別の前線へと向かっていった。戦死したとは聞かないので、無事に生き延びていると信じている。


「輜重隊、出発!!!!」


 騎士団長の号令を受け、俺たちは出発する。今回は、物資を載せた馬車200台を20台ずつの10隊に分け、別々のルートで勇者さま方のもとを目指す。俺たちはそのうちの第4隊。街道を進むため、順当に行けば最も早く勇者さまのもとに物資を届けられる予定の隊だ。


「がんばれー!」


「死ぬなよー!」


「頼んだぞー!」


 騎士団の仲間たちからかけられる声に、俺は笑顔で大きく手を振る。


「おう、任せとけ!」


 要塞都市を出た俺たちは隊ごとに指定されたルートに従って進んでいく。1隊、また1隊と離れていき、街道を進んでいるのは俺たち第4隊だけになった。

 隊の構成は共通で、物資運搬用の馬車20台と、護衛の兵士100名。護衛の兵士の数の中には、隊長や副隊長も含まれている。

 俺が操る馬車は、馬車列の最後尾に位置している。馬車の荷台の後ろには兵士たちが乗る予備車をつなぎ、兵士たちが乗っている。馬車の後ろには騎馬兵もいて、速度優先の中でも安全確認ができる隊列としている。


「ヒヒン?(だいじょうぶ?)」


 見通しのよい街道で前についていくだけという状況で、つい手綱を持つ手に力が入ってしまっていたみたいだ。アリアから心配の声をかけられた。


「ああ、ごめんな。大丈夫大丈夫」


 手から力を抜く。自分でも気付かぬうちに緊張していたようだ。御者台の上でみじろぎをして、緊張を紛らわす。


「ヒヒン(1人で抱え込んじゃダメだからね)」


「わかってるよ。あそこはアリアの生まれ故郷でもあるもんな」


 3年前まで、俺たちは今から向かう砦近くの街に住んでいた。砦近くの草原を使い、軍馬の育成をする馬牧場が俺の生家だった。

 あの日、親父の指示で砦に軍馬を納品しにいった。その中には、アリアもいた。アリアは牝馬だが珍しい赤毛を持ち、気位が高く、他の一般的な馬よりも速く長く走ることができた。砦の馬丁さんたちと協力し、納品しにきた馬たちを馬房に入れている最中、ヤツらはやってきた。

 砦から、カーンカーンと鐘の音が鳴り響く。普段鳴らされることのない砦の鐘が鳴っている。それが示すのは緊急事態である、ということ。馬丁さんたちは馬房にいた馬たちに次々と鞍をつけていく。俺は馬丁さんたちの邪魔にならないよう、今日つれてきた馬たちを馬房の隅に集める。

 そうこうしているうちに、軽鎧を着た兵士たちが馬房に駆け込んできた。馬丁さんたちと阿吽の呼吸で手綱を手渡されると、次々と軍馬にまたがって馬房を飛び出していった。

 騎馬兵たちが飛び出していき、しばらくしたころ副司令官が軽装の兵士を連れて馬房に駆け込んできた。

 馬丁さんたちと何事かを話すと、馬丁さんたちは今日連れてきた馬の中で体力がある子から順番に鞍をつけていく。そして、副司令官は俺に依頼したのだ。隣の要塞都市まで伝令をしてほしいと。俺は一も二もなく頷き、たまたま近くにアリアに跨って、伝令兵と一緒に馬房を出た。外に出て砦に視線を向けると、砦には見たこともない生物が群がっていた。のちに、あの見たこともない生物は魔物と呼ぶことを知った。しかし、当時は異形の生物たちに恐怖を感じ、慌ててアリアを走らせたのを覚えている。

 それから要塞都市に向けて駆け出したのだが、空を飛ぶ魔物や足の速い魔物に見つかってしまった。俺たちは必死に走り続け、命からがら要塞都市についたときには俺一人になっていた。

 その後、応援に派遣された兵士たちにより、砦の陥落と街の蹂躙が報告される。それを聞いたとき、俺は崩れ落ち、泣き叫ぶしかできなかった。


「あれから3年。勇者さまたちなら、砦を取り返してくれるさ。精霊さまに選ばれた4勇者の1人であらせられるし、すでにいくつもの砦や要塞都市を取り返してくださっている。勇者さまたちが万全に活躍できるための物資運搬だ。ちゃんと全うするさ」


「ヒヒヒン?ヒヒン(本音を言えば敵討したいんじゃない?あれだけ戦闘訓練してたんだし)」


「そりゃな。逃げてきた住民はごくわずか。それも砦から遠い位置に住んでいた人たちばかり。砦近くの牧場にいた親父もお袋も弟も、他の馬たちも生きちゃいないだろうさ。もちろん、敵討はしたい。けど、今は勇者さまのために物資を運ぶのが最優先。人類のために戦ってくださっている勇者さまたちを尊敬しているんだ。その勇者さまたちのために役に立ちたいんだよ」


「フーン(ふーん)」


 アリアと談笑しながら、俺たちは予定通りのルートを進んでいく。

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