第16話 今後に備えて

 新しく咲希が仲間に加わり、拠点は賑やかになった。陰湿な空気を吹き飛ばすようなからっとした明るい性格は、そこにいるだけで雰囲気をよくしてくれる。


「ほら、ミカン。お手!」

「わん!」

「あぁ、もう。おすわりじゃなくてー!」


 現在はミカンに芸を覚えさようと奮闘中だ。あまり上手くいってない様子だけど。


「あっ、どこいくんだよー」


 咲希の相手に飽きたのかミカンは凜々の側に移動して甘えた声を出す。


「よっと。よしよし」


 抱きかかえられたミカンは、目を薄めて気持ちよさそうにしていた。


「ミカンのお気に入りは凜々かー」

「なついてくれてるみたい」

「いいなー」


 そう言いつつ凜々の隣りに咲希は座り、ミカンに構う。

俺たちがゾンビを殺してから数日。酷く思い詰めていた様子の凜々だったけど、ここ最近になって元の調子に戻りつつあった。

ミカンの存在が大きい。アニマルセラピーという奴なのか、とにかく今はもうミカンはなくてはならない存在になっている。


「あ、そうだ。蒼空―! 朝ご飯なにー?」

「味噌汁と焼き魚ー」


 そう返事をしつつ水で戻したワカメを切る。まな板の感触を包丁越しに感じた。


§


 拠点の中に儲けられたサバゲー練習用の迷路の中。繰り出される鉄パイプの一撃を、同じく鉄パイプで受け止める。手にずっしりとした重い衝撃が伝わり、直後には消えてなくなった。


「その調子!」


 続け様に何度も打ち込まれる攻撃に、対応するのは楽じゃない。必死になって脇目も振らず、格好悪くてもどうにかこうにかして攻撃を防ぐ。

 でも、流石に素人の俺にはこの辺が限界。


「速度を上げるぞ!」


 そんなことをされたらもうお手上げだ。最初の二打三打はなんとか防げたものの、それ以降は体が間に合わない。ついに脇腹にいい一撃を貰ってしまった。


「ぐえぇ」

「あ、悪い! 蒼空。大丈夫か?」

「あ、あぁ、なんとかな……このくらい平気平気」


 申し訳なさそうにする咲希に強がって見せて痛みに耐える。

 実際、そこまで大げさな痛みじゃない。咲希が持っているほうの鉄パイプには毛布が巻かれていて攻撃力が落ちているし、じんわりとした痛みが鈍く残っているくらい。

 数分もすれば気にならなくなる程度の軽い負傷だ。


「そっか。でも、無理するなよ? 武術は一日で習得できないからな」

「積み重ねが大事ってことね。わかってるよ」


 氷の魔物の一件があって身に染みたことがある。俺の身に不可思議な能力、スキルが宿っているとはいえ、それだけに頼り切っていてはダメだ。

 強くならなければ生き残れない。

 とはいえ殴り合いの喧嘩ですら経験皆無な俺に自己流の戦闘スタイルの開発は難しいので、氷の魔物を相手にした白兵戦で一歩も引かなかった咲希に教えを乞うことにした。

 咲希は幾つかの武術を習得しているようで、いまは基礎的なことを習っている。ボコボコにされているが得物の振るい方にも慣れてきた。


「んー、でも気になることがあってさ」

「気になること?」

「ほら、氷の魔物と戦った時のことだよ。蒼空、素人とは思えないような動きをしてたじゃん? あれがどうにも気になってさぁ」

「あぁ、あれか」


 繰り出される攻撃のすべてを見切り、返しに殴打まで入れたあの時のこと。


「でも、今はてんでダメダメだし」

「……そんなに?」

「素人丸出し」

「そりゃ、素人だし」

「あれが出来れば幾つか段階をすっ飛ばせるんだけど」

「んー……」


 あの時はとにかく必死で、だけど目に見えるすべてに反応できていた。目で見て、動き、回避する。ただそれだけを意識して実行した。普段と違っていたのは稲妻を纏っていたことくらいか。

 稲妻ね。


「……咲希。もう一本頼む」

「お、やる気だな。いいぜ」


 咲希が毛布つきの鉄パイプを構える。こちらも鉄パイプを構えて息を整え、稲妻を纏う。刹那、打ち込まれた一撃を弾く。


「お!」


 繰り出される攻撃に反応し、目にした順に潰す。


「へぇ。速くするぞ!」


 にっと笑みを浮かべた咲希は宣言通りに鉄パイプを振るう速度を上げた。段階的にではなく、いきなりのトップスピード。予告があったとはいえ、先ほどの俺では反応すら難しかったに違いない。けど、今の俺にはそれすら見切れている。

 繰り出されるいずれの攻撃もこの身に届くことなく叩き落とした。


「わおっ! 凄いじゃないか!」


 一度も攻撃を通すことなく終えられた。稲妻を引っこめて一息をつく。あの時と同じ感覚だ。今ので掴んだ。


「まるで別人の動きだったぞ! なんて言うか、機敏でさ。どういう理屈なんだ?」

「俺にもよくわからない。ただ反応速度が劇的によくなってるから、神経の伝達速度が滅茶苦茶早くなった、とか?」

「よくわかんないけど。まぁいっか! 全部、見てから反応が間に合うなら正面からの打ち合いにはめっぽう強いってことじゃん! あたしもうかうかしてらんないなー」

「二人とも。ご飯が出来ましたよー」


 迷路の角からひょっこり凜々が顔を見せる。そう言えばいい匂いがするな。


「いま行くよ。行こうぜ、蒼空」

「あぁ、腹減った」


 鳴りそうな腹を押さえながら迷路を抜けて、温かい食事にありついた。


§


「蒼空が接近戦もいけるってわかったことだし、まともな武器が必要だよ」

「武器?」


 皿を洗う手が一瞬だけ止まり、また動かす。


「まともな武器って言えば……金属バットとか? あと包丁」

「そんなのダメダメ。やっぱり武器と言えば剣か刀でしょ。あたしはナイフだけど」

「剣か刀って……日本のどこを探せば見付かるんだ? それ」


 天下の往来で侍が平気で帯刀していた時代じゃあるまいし。

 博物館に行けばあるいは見付かるのかも知れないけど、あれって物が切れるほど研がれているものなんだろうか? 手入れ道具も必要だよな。あの綿菓子みたいなので刃をぽんぽんする奴。


「その辺はあたしに任せてよ。在処を知ってるんだ」

「あ、それってもしかして咲希ちゃんの親戚にいるって言ってた」

「そう、刀匠の爺ちゃん!」

「刀匠? 刀匠って刀鍛冶の、あの?」

「そうだよ。結構、名の知れた人でさ。このナイフも特注で作ってもらったんだよねー」


 ナイフが空中でくるくると機嫌良く回る。


「爺ちゃんの攻防がそう遠くない場所にあるからさ。行けば剣や刀の一振りくらい見付かるよ。どう?」

「なるほど……」


 たしかにそこなら刀剣の一振りくらい見付かるはず。手入れ道具もあるだろうし、かなり現実的だ。

 まぁ現実的な話をすれば刀剣よりも銃と考えるのが妥当なんだろうけど、この日本でそれを手に入れるのはハードルが高い。警察官のゾンビから回収する手もあるけど、うちにはもう凜々がいる。

 弾が有限な本物の銃より偽物のライフル銃のほうが優れている逆転現象が起きている以上、無理に取りにいくほどの魅力もあまり感じない。

 凜々みたく当てられる自信もないし、鉛玉が氷の魔物みたいな化け物に通用するイメージも湧かないし。

 というか、この街に刀鍛冶の職人がいたんだ。こういうことでもない限り一生知らずにいたかも。


「行くなら案内するぜ。あたしも砥石が欲しいし」

「そうだな。じゃあ、明日の朝に出発でどうだ? 二人とも」

「大丈夫です」

「ガッテン! 凜々、準備しようぜ」

「うん。行こっか」


 皿洗いを終えて俺たちは明日に備えて準備をする。凜々の友達捜しは一旦休み、今度に備えて次の目標は武器探しだ。

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