第17話 刀鍛冶の工房
ゾンビもまだ眠っているんじゃないかとか、そんな馬鹿馬鹿しいことを考えるくらいには朝は早かった。
歯磨きやうがい、洗顔でしゃっきりと目を覚まし、朝食をしっかり取ってから俺たちは拠点を後にする。
ミカンはまたお留守番。順調に行けば今日中に帰ってこられるからすこし我慢してもらおう。
「えーっと。あっち!」
咲希に道案内を頼みながら瓦礫橋を建設して建物の屋根を行く。
「便利だなぁ。蒼空のスキル」
「だろ?」
見渡す限りの空に敵影なし。道路の上で彷徨うゾンビや欠伸をする魔物の上を素通りして進むことしばらく。それらしい昔ながらの瓦屋根が見えて来た。
「もしかしてあそこ?」
「そうそう。あちゃー、結構壊れてるなぁ」
「前に来た時はもっと立派だったのに」
「凜々も行ったことがあるんだ」
「はい。私たち四人で見学に」
「楽しそう。いいな、俺も見たかった」
子供なら誰しも剣や刀を振るって敵をやっつける空想をしたはず。言うなれば子供たちの憧れを作っているのが刀鍛冶の職人だ。
芸術品のように美しい刀剣が出来上がる過程に興味がないわけがない。実際、俺も動画投稿サイトなんかでその手の動画を見たことがある。それを生で見られるなら、それは絶対に楽しいものだろうし面白いと思う。
どうにか過去に戻れないかな、なんて。
「この辺りで降りよう」
刀鍛冶の工房近くに空けた場所を見付けて瓦礫橋を渡す。
躓かないように足下に注意して下りると、周囲への警戒が足りていなかったのか、物陰からふらりとゾンビが三体ほど現れた。
俺たちは顔を見合わせる。そして各々が持つ能力で向かってくるゾンビを迎え撃った。
§
「先客がいたみたいだな」
「ですね……」
ゾンビを片付けてから工房に入ったところ、刀や剣は一振りも見付からなかった。商品として飾られていたはずの場所は荒らされていて、ガラスケースも粉々だ。
一足遅かった。
「考えることは皆、一緒なんですね」
「あぁ、こんな世界になったんだ。誰だって武器がほしくなる」
多分、近隣の住民が持って行ったのだろう。その行為を俺たちはもう責めることができない。
「そう言えば咲希は?」
「あれ? いませんね。どこに言ったんでしょう? 奥のほうかな?」
周囲を見渡しても姿が見えない。その場でキョロキョロとしていると奥のほうで物音がした。凜々と慎重に近づいてみると足元に物が転がってくる。その先ではあぐらを掻いた咲希が部屋を散らかしていた。
「咲希ちゃん?」
「あぁ、二人とも。見付かった?」
「いや、収穫ゼロだけど、なにしてるんだ?」
「決まってるだろ? 刀を探してるんだ」
そう言いながらまた物を放り投げた。
「そうは見えないけど?」
「爺ちゃんが言ってたんだ。泥棒に入られた時のために業物は隠してあるんだって。展示されてる刀は持って行かれても、隠してある本命は無事かも知れないだろ?」
「たしかにそれならまだどこかに残ってるかもな」
「探してみましょう」
咲希にこの場を任せて凜々とも別れ、手分けして工房の中を探して見る。刀を作るための機材が並んだ作業場から日常生活を送るための生活スペースまで。あらゆる場所に目を通すために室内を巡っていく。
「ん?」
いくつかの部屋を回ったところで、ふと視界にひらひらとした何かを見る。焦点をそちらに定めてみると、それは優雅に舞う蝶々だった。
「こんなところに」
廊下の奥へと向かう蝶々をなんとなく追い掛けてみる。木材の床を軋ませて歩き、角を曲がると障子の隙間に入っていくのが見えた。後を追って入ると畳の感触を足に感じ、古風な絵が描かれた掛け軸が目に入る。
「立派な和室だな」
「こういう所が怪しかったりするんだけど」
ベタだなと思いつつ一応の確認のために掛け軸を捲ってみる。
「あ」
すると隠し金庫が姿を現した。
「マジか。ホントにあるんだな、隠し金庫。電子ロックか」
内部電池は生きているようで操作は可能。暗証番号さえわかれば開くことはできるんだけど。
「掛け軸の裏に書いてあったり……流石にないか」
付箋やらなにやらで書かれたメモが貼り付けられてはないかと思ったけれど、流石にそんな不用心なことはなかった。残念。こうなると取れる手は限られてくる。虱潰しに番号を打ち込むか、そもそもの金庫を破壊するか、もしくは。
「スキルでどうにかこじ開けるか。試してみる価値はありそうだ」
電子ロックの要部分に触れて稲妻を流す。
これで誤作動を起こして鍵が開くのを期待したけれど、現実には脳に響くような奇怪な音が鳴り響き、煙を上げて内部の何かが弾け飛ぶ。
細々とした破片が畳の上に散乱し、金庫は軋んだような音を立てて自ら扉を開いた。
「……まぁ、結果良ければすべて良し!」
深くは考えないことにして金庫の重い扉を開く。中には一振りの刀が納められていた。
「――光ってる?」
それは淡い光を放ち、静かに鎮座している。手に持って見るとずっしりと重い。柄に手を掛けて刀身を引き抜いてみると、刃には空に浮かぶ雲のような波紋が見て取れた。
「綺麗だ――なッ!?」
刀身の美しさに見取れていると、突然勝手に稲妻が発生する。スキルの強制発動に面食らっていると、稲妻は刀身を伝って刃の先まで帯電した。
かと思えば次の瞬間には強制発動が解け、稲妻が引っ込んだ。
「な、なんなんだ?」
咲希の話によれば、この刀は業物らしい。店頭に飾ることすら惜しく、盗難を最も恐れた一振り。まさか妖刀? そんな馬鹿な。
「いや……でも」
俺たちはスキルという不可思議な力を宿している。スキルがもし人間だけじゃなく器物にも宿るのだとしたら? この刀を妖刀と呼んで差し支えないのかも知れない。
「……なんにせよ、これで目的達成だ」
拠点に帰ろう。
「そう言えば」
周囲を軽く見渡しても、その姿は確認できなかった。俺をここに導いた蝶々はすでにこの部屋を出て行ったあとのようだ。
礼くらい言おうかと思ったけど、まぁいいか相手は蝶々だし。
「蒼空くん!」
突然、響いた凜々の声。明確に緊急事態だとわかる声音。直ぐに和室を後にして抜き身の刀を持ったまま廊下を駆け抜ける。
「どうした!?」
工房まで戻ってくると凜々がライフル銃を構えて引き金を引いていた。水の弾丸が撃ち抜いたのは狼に似た魔物。更にその先では咲希のナイフが燃えていた。
「敵襲です!」
咲希の側をすり抜けて魔物がこちらに迫る。だが、それも半ばほどで凜々に撃ち抜かれた。
「ちょっと騒がしくし過ぎたみたい! 手を貸してくれ! 蒼空!」
「あぁ、すぐに行く!」
稲妻を纏い、帯電した刀を携えて駆ける。前線に立ち、咲希から受けた指南を思い出し、鉄パイプを振るうように刀を振るう。
身に迫る魔物を迎え撃った一閃は意図も容易く毛皮と肉と骨を断つ。帯電の熱によるものなのか、それは斬るというより焼き切ると言ったほうが適切だった。
「わおっ! なんだよそれ!」
「和室の金庫で見付けた!」
「いいね! 最高じゃん!」
押し寄せる魔物を俺と咲希で叩き切り、撃ち漏らしを凜々が仕留める。
魔物を一体斬り伏せるごとに刀の扱いを修正し、次に生かす。斬る相手がいなくなる頃には自分の中でこれだと思うスタイルを確立できた。刀が手に馴染む。初めて刀を握ったとは思えないくらいだ。
「なんとか全滅させられましたね」
「ま、あの氷の魔物に比べたら余裕でしょ。な? 蒼空」
「まぁ、あの時に比べたら」
凜々と出会う前ならきっと慌てて逃げ出していた。それが今では返り討ちだ。少しずつこの世界に順応して来ている。それが進めば進むほど元の自分とはかけ離れていくようで、すこし寂しい気もするけど。
「どうする? この死体の山。食糧としていくつか持って帰る?」
「いや、内臓ごと斬ったり撃ったりしてるから絶対肉が臭い」
「ですね。あれはもう経験したくないです」
「そんなに? じゃあ、刀も見付かったことだし、ほかに必要な物を持って帰ろう」
「そうだね。血の臭いでゾンビが寄ってこないうちに行こう」
すでに目的は達した、長居は無用だ。
刃に付着した血糊を拭い、鞘に戻すと帯電が解除されて普通の刀へと戻った。帯電化とその解除は俺の意思とはあまり関係なく自動定期にオンとオフが切り替わるらしい。まるで刀自身に意思があるみたいに。
それから砥石やら刀の手入れ道具やらを持って、俺たちは工房を後にした。
「あ、そうだ。たぶんその刀、数千万は下らないから大事にしたほうがいいぞ」
「数千万っ!?」
目玉が飛び出そうなくらいの値段だ。
「……いつかちゃんと返そう」
それまでは大事に使わせてもらおう。壊さないように慎重に扱わないと。
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