第4話 出会い


 意識を集中させ、力を使って稲妻を纏う。狙うのは瓦礫で作った案山子。稲妻を雷撃として放って攻撃すると、それは吸い込まれるように目標を打つ。案山子はバラバラに砕け散った。


「思ったより遠くまで届くな」


 このワンルームの部屋の端から端まで余裕をもって届く。

 まだまだ先まで伸ばせそうだ。


「とはいえ、これ以上遠くには置けないか」


 雑居ビルの二階は天井が崩れて吹き抜けになっている。隅には段ボールが数個ほどあって、簡単に退かした瓦礫の山も少々。この妙な力を試すには打って付けの場所だ。


「そう言えば漫画かなんかで……」


 ふと思い浮かんで試しに再現してみる。

 同じように稲妻を纏い、周囲のものを引き寄せるイメージを強く持つ。そうすると破壊した瓦礫が浮かび上がり、俺の周囲を旋回し始めた。


「おお、本当にできるんだな」


 稲妻で磁界を発生させ、金属を意のままに浮かせられる。力の幅が広がった。


「よし、今日はここまで」


 稲妻を消して浮かせた瓦礫を落とし、その場を後にした。


「昼飯昼飯っと」


 階段を下った先の一階は、ラーメン屋になっている。厨房には仕込みの途中だったのか、切り分けられたチャーシューが残っていた。冬ならまだしも初夏だ。流石に食べはしなかったけど。


「鍋、勝手に借ります」


 冷蔵庫の中身はすでに駄目になっていたが、台所には電磁調理器が揃っていた。

 目盛りつきの鍋にペットボトルからミネラルウォーターを注ぎ、電磁調理器に稲妻を流す。これだけで起動してくれるのだからありがたい。

 しばらく待って水が湧いたら袋麺を投入し、まだ電池のあるタイマーで三分を計る。


「ラーメン屋でインスタントラーメンか」


 妙な気分だ。


「できた」


 ラーメン屋の器に移して客席について箸を取る。器が本格的なだけに、いつも食べていた袋麺よりすこしだけ美味く感じた。


§


「そろそろ食料が尽きてきたな」


 雑居ビルに来てから三日が過ぎた。ここは比較的安全な場所のようでゾンビも化け物も来ていない。出来ればここから動きたくないけれど、流石に水も食糧も限界だ。

 もう一度、コンビニに行って食料を調達しないと。


「よし」


 折り畳んだレジ袋を学生服のポケットに押し込み、外に出てコンビニを目指す。


「おっと」


 途中、道路を塞ぐように屯するゾンビがいて物陰に身を隠した。そっと様子を窺うと、こちらに気がついた様子はない。ただただ空を見上げて唸るだけで、その場から動く気配はなさそうだ。


「どうするかな……」


 ゾンビを避けて遠回りするのもいい。けど、遠回りした先でまた別の化け物やゾンビと鉢合わせるかも。できればここを通りたいけど。


「……そうだ」


 右手に稲妻を纏い、近くの空き缶を浮遊させる。それを遠くのほうに投げて甲高い音を鳴らす。


「あぁあ……あぁ……」


 するとゾンビたちは見事に釣られて空き缶を追い掛けていった。


「今のうち、今のうち!」


 見付からないように慎重に、だが迅速にその場を駆け抜けてコンビニまで辿り着く。


「ふぅ。中には……いないな」


 内部の安全を確認してからコンビニへと入る。かごを取って一番に目に付いたのは衣類だった。


「……着替えも必要だな」


 前回は食料にばかり気を取られていたけど、こういうものも必要だ。下着はもちろん、シャツがあるだけでもありがたい。


「タオルもあるのか。これで体が拭けるな」


 普段、こういうところは見もしないから、意外と品揃えがあるのに驚く。ほかにも歯ブラシや、靴下などを手に取った。


「あとは食料」


 食品棚へと向かい、インスタント食品に手を伸ばす。そこでふと気がつく。


「減ってる?」


 前回はあえて取らずに置いておいた商品がなくなっている。


「化け物が? いや」


 棚が荒れていないし、この場で食い荒らした形跡もない。


「ほかにもここに来ている奴がいるのか」


 レジの側にいくと五千円札が二枚になっていた。


「悪い奴じゃなさそうだな」


 俺はほかのコンビニに行けなくもない。ここに来ている誰かのために、次からはべつのコンビニで食料を調達しようかな。そんなことを思いつつ懐の財布に手を伸ばした、その時だった。


「グルルルルル」


 唸り声がして即座に視線を送る。出入り口には一体の化け物が牙を剥き出しにして睨み付けていた。

 熊のようなその化け物は立ち上がると優に二メートルを超えている。鋭い爪を伸ばし、大声を上げて迫る化け物に身構えた、その時だった。


「伏せてください!」


 何者かの声が化け物を通り過ぎて俺まで届く。咄嗟に体勢を低くすると次の瞬間、化け物の額から何かが突き抜けた。それは俺の頭上を通って商品棚に風穴を開ける。

 後頭部からのヘッドショット。

 それによって絶命した死体が倒れ伏す。その先には一人の女子高生が立っていて、その手にはライフル銃が構えられていた。

 目と目が合うと彼女は深く息を吐いて銃口を下ろした。


「大丈夫ですか? 怪我とかは……」

「いや、ない。助かった。それにはちょっと驚いたけど」


 視線がライフル銃に向かう。化け物が撃ち抜かれたってことは実銃か? エアガンとかモデルガンじゃなく? よくこの日本でそんなものを。


「あぁ、これ。安心してください。ただのエアガンですよ」

「……改造してある?」

「いえいえ。こうしてるんです」


 持ち上げられた銃口に吸い込まれるようにして飛沫が上がる。そして照準を雑誌コーナーに定め、引き金が引かれると水の弾丸が飛ぶ。それは目にも止まらぬ速さで突き抜け、コンビニの一角を貫通した。


「わーお……つまり妙な力を使えるのは俺だけじゃなかったってことか」


 力を見せてもらったお返しに稲妻を纏って見せる。


「みたいですね。私も初めて会いました。こうなってから人に会ったのも今回が初めてですけど」

「俺も……」


 一瞬、尚人の顔が過ぎった。


「俺もそうだ。お互い一人きりなら一緒に行動しないか? 何かと楽になると思うんだけど」

「ホントですか? 実は私も同じことを考えていたんです。こんな世の中になってしまいましたから、仲間は多い方がいいですよね」

「よかった。ならとりあえずここを移動しよう。俺は近くの雑居ビルで寝泊まりしてるけど」

「なら私たちの拠点に来てください。いろいろと揃っていますから」

「私たち?」

「あ。いえ、その世界がこうなる前は……」


 言い淀む彼女を見て、察しはついた。


「あぁ……わかった。じゃあ、お邪魔してもいいか?」

「はい。じゃあ行きましょう」

「あっと、待った。その前に」


 握ったままの財布から千円札をいくらか取り出してトレーに置いた。


「その五千円、あなただったんですね」

「じゃあ、このもう一枚のほうは」

「はい、私が。ただの自己満足ですけど、心は軽くなるので」


 やっぱり悪い人じゃなさそうだ。


「俺もだ。買い物はいいのか?」

「はい。別のコンビニで調達してきたので」


 彼女が振り返って膨れ上がったリュックサックが見えた。レジ袋よりずっといい。


「あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私、水咲凜々みずさきりりです。凜々でいいですよ」

飛電蒼空ひでんそらだ、よろしく。俺も蒼空って呼んでくれ」


 握手を交わして撤収作業を済ませ、コンビニを後にする。周囲を警戒しつつ小橋になって道路を進み、凜々の案内に従う。


「ここから遠いのか? その拠点って」

「いえ、そんなには。走ればすぐですよ。」


 二人で周囲を警戒しつつ先導する凜々に付いていく。


「ストップ」


 途中、凜々が足を止めて物陰に身を隠す。それに習って先の様子を伺うと、化け物の群れがうろついていた。


「どこかに誘導するか?」

「いえ、拠点の近くなので」

「わかった。数は……四か」


 敵の数を把握して次にその周りに目を向ける。何か使えそうな物はないかと探すとちょうど良さそうな看板を見付けられた。留め具が外れかけて不安定になっている大きな看板。それが魔物たちのちょうど上に位置している。


「よし、俺から仕掛けるから後は頼む」

「了解です」


 全身に稲妻を纏うことで磁界を発生させ、磁力で看板をがっしりと掴む。勢いよく引っ張り、看板の留め具が悲鳴を上げた。

 それに気がついた化け物たちが頭上を見上げた瞬間、看板は磁力と重力に引かれて真っ逆さま。


「ギャウッ!?」


 看板に二体が巻き込まれ、派手な音が鳴る。仲間の死体に釘付けになった残りの二体も、凜々が的確に撃ち抜いた。四つの死体が転がり、拠点までの障害を取り除く。


「計画通り!」

「やった!」


 ハイタッチを交わして喜びを分かち合い、そのまま拠点へと向かう。これなら上手くやって行けそうだ。

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