第2話 歩く死体

「はぁ、はぁ……くそッ」


 民家の中で息を潜めて息を整える。

 学校の外も地獄だった。家は崩れ、道はふさがれ、あっちこっちで火災が起きてる。救急車も消防車もパトカーもやってくる様子はない。

 そして何より化け物だ。


「なんなんだよ、あの化け物」


 犬でも、狼でも、熊でもない。少なくとも馴染みのある動物では決してなかった。尚人を連れ去った巨鳥のように地球上に存在するような動物じゃない。


「助けは来ない……自分でどうにかしないと」


 民家の窓から外の様子を窺うと、追ってきていた化け物は通り過ぎていた。それを確認してから一呼吸入れ、意を決して外へと飛び出す。


「無事でいてくれ」


 瓦礫や壊れた道路に行く手を阻まれながらも進み続け、辿り着いた先は自分の家。産まれてからずっと帰るべき場所だった家の前に立ち、絶望する。長年住んできた家は無残にも崩れ落ちていた。


「あぁ、くそッ、くそ!」


 跡形もない。

 たしかにここにあったはずなのに。


「父さん、母さん……」


 ふと気がつく。


「……車がない?」


 駐車スペースに車がないということは。


「まだ死んでない!」


 家には誰もいなかった。

 なら、まだ希望はある。


「グルルルルルルルル」


 化け物の群れに見つかった。


「生き残らないと」


 全身に稲妻を纏い、拡散した雷撃が周囲を焦がす。その一つが狼に似た化け物の一匹に当たり感電死した。痙攣したように震えて横たわった仲間を見て、化け物が一斉に駆けてくる。稲妻の威力を更に引き上げた。


「ギャウンッ!?」


 拡散する雷撃が次々に化け物を撃ち抜いて感電死させてる。雷撃を避けようとする魔物もいたが雷の速度から逃げられる訳がない。一匹また一匹と数が減り、最後の一匹が飛び掛かる。だが、剥き出しの牙はこの身に届かず、雷撃に打たれて地面に転がった。


「危なかった……」


 地面に転がる焼け焦げた凄惨な死体から目を逸らして周囲を警戒する。近くにいる化け物はこいつらだけらしい。


「なんなんだ、この力は……いや、それよりまずは安全な場所を探さないと」


 見上げた空は透き通ったような黒に染まりつつある。日が暮れてしまう。


「どこか、どこかないか」


 倒壊した我が家を一瞥し、もう無理だと諦めて前を向く。数々の思い出を振り切るように壊れた道路を駆けだした。

 

§


 携帯端末のライトを付けて夜の闇を払う。街頭は沈黙し、自動車は道路に横たわり、建物に光はない。頼れるのは心許ない明かりだけ。


「誰かいませんか」


 宿泊施設のフロントで大きめの声を出してみるも返事はない。


「荒れてるな、ここも」


 ライトで照らした箇所はどこも物が散乱していた。割れた硝子、引き裂けたカーペット、砕けた椅子の破片。壁を照らすと大きな爪痕が残されていて、所々に血の跡がある。

 死体はない。


「休ませてもらおう」


 財布を取り出し、五千円札を受付に置いて鍵を探す。それは簡単に見付かり、346号室のものを持って行く。


「あれで足りたかな」


 階段を上がり346号室を探していると不意にライトが切れて真っ暗になる。


「マジかよ、電池切れ?」


 電源を入れ直してみると明かりが灯るが、残量が二パーセントを切っていた。

 もう持たない。


「充電器も持ってないし、電気も来てない」


 街頭が付いてないんだ、発電所が潰れたのかも。


「……やるか、壊れるかもだけど」


 稲妻を纏い、携帯端末に電気を流す。


「慎重に、慎重に」


 なるべく威力を押さえた稲妻で様子を見てみた。すると、残量が増えていき、あっという間に充電が完了する。


「よし! 充電完了。こいつの寿命をかなり削ってそうだけど」


 再びライトを付けて346号室を探して周囲を照らして廊下を進む。そうしているとライトに照らし出されて、二足の靴が浮かび上がる。そこから二本の足が伸び、スカート、両手と胴体が見えた。


「生き残りが――」


 顔とともにライトを持ち上げると、虚ろな表情で血の涙を流した女性が浮かぶ。彼女は淀んだ瞳でこちらを見ると、ゆっくりと足を前に出した。


「か、顔色が悪いですけど……大丈夫ですか?」


 彼女は答えず、また一歩こちらに近づく。


「俺の声、聞こえてます?」


 彼女は答えず、また一歩距離を詰める。そうしてライトに照らし出された腹部にはぽっかりと穴が空いていた。


「……冗談だろ」


 危機感を感じて一歩後に下がった瞬間、彼女は奇声を上げて襲いかかってきた。


「今度はゾンビかよ!」


 即座に踵を返して廊下を駆ける。ゾンビも追い掛けてくるが、その足は俺より遅い。このまま行けば逃げられる。そう思ったのも束の間、前方からうめき声のようなものが聞こえ、この階にある客室から大量のゾンビが現れた。


「あぁ、くそッ!」


 前方を大量のゾンビに塞がれ、後方からも追い掛けてられる迷っている暇はなかった。


「ごめん!」


 稲妻を纏い、前方のゾンビたちに雷撃を浴びせて吹き飛ばす。焼き焦げ、手足が千切れた者もいた。俺はそれから目を逸らして、開いた血路を駆け抜ける。


「階段、階段、階段!」


 階段にまで辿り着いて急いで駆け下りた。一階へと戻ると誰もいなかったはずのフロントにもゾンビがいて、こちらへと迫ってくる。


「畜生がッ!」


 再び稲妻を纏う。


「恨まないでくれ」


 雷撃がゾンビたちを襲い、その最中を通りすぎる。後を振り返ることもせず、受付に置いた五千円札を握り締めて宿泊施設から脱出した。


「はぁ……はぁ……」


 月明かりを頼りに全速力で駆け抜ける。体力が尽きて立ち止まった場所は暗くてよくわからない。でも、そんなことはどうだってよかった。


「どうなってるんだよ!」


 心からの叫びが、真夜中の崩壊した街に木霊した。

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