世界が終末を迎えて魔物やゾンビで溢れたけど、唯一無二の雷スキルで生き残る ~崩壊して電気、ガス、水道が止まった街でも無限の電力で割とイージーモード~
黒井カラス
第1話 世界の崩壊
昔から静電気に悩まされていた。
「いてっ」
自動販売機に百円玉を入れた瞬間、バチッと音がして指先に衝撃が走る。反射的に投入口から手が離れ、百円玉が地面に跳ねた。
冬でも夏でもお構いなし、これがなんてことはない俺の日常だ。
「今日も絶好調だな、
「まぁな」
拾い上げた百円玉と一緒に静電気除去のキーホルダーを握り締めて再び投入。今度は静電気に襲われずに済んだ。
「そういやいつからなんだ?」
「小学生の時にはもうあだ名がデンキウナギだったよ。残念なことにな」
「発電器官がどっかにあるんじゃねーの」
「バカ言え。そんなもんがあったら俺は今頃スーパーヒーローだよ」
ボタンを押して落ちてきた缶ジュースに手を伸ばす。
「いって! くそッ」
またしても指先に静電気が流れて手を引っ込めた。
「あぁ、もう。自販機に嫌われてる」
「筋金入り、いや避雷針入りだな」
「くっだらねぇ」
再びキーホルダーを握り締めて、缶ジュースを取り出した。
「次の授業なんだっけ?」
「蒼空の好きな数学」
「昼休みが終わらなけりゃいいのに」
階段を上り、手すりに手を掛ける。
「いっ」
弾かれたように痛みが走った。
「手すりにまで嫌われた」
「この世にある金属製品はみんなお前のことが嫌いだよ」
「いいよ、俺はゴム製品と結婚するから」
下らないことを言いつつ階段を登り切って屋上への扉の前までやってくる。
そこでぴたりと足を止めた。
「なにしてる?」
「開けてくれるのを待ってる」
「ドアノブにまで嫌われたくないってか? しようがないな」
「どうぞ、お嬢さん」
「誰がお嬢さんだ」
屋上に出ると初夏の温い風に撫でられる。暑い。日向を避けて日陰に腰を据え、購買で買った総菜パンにかぶり付く。暑いからか、ほかに生徒はいなかった。
「そういや、進路希望はもう出したのか?」
「いいや、蒼空は?」
「俺も」
缶ジュースの蓋を開けると炭酸が抜ける音がした。
「正直、なんて書けばいいのかわからないんだよな。別にやりたいこともないし」
「だよなぁ。なりたい職業も夢もないし、きっと普通の会社に就職して普通の生活を送るんだろうな、としか」
「今じゃそれも難しいけどな」
「世知辛い。でも、蒼空には立派な就職先あるだろ?」
「どういう意味?」
「発電所」
「なにかと思えば、はぁ……」
「えー、そんなにつまらなかったか?」
ため息をついて、総菜パンをまたかじる。
喉を潤そうと缶ジュースを手に取った、次の瞬間だった。
「うおっ!?」
「な、なんだ!?」
酷く重い音が駆け抜けていき、衝撃が体の芯を揺るがす。すぐに振り返ると屋上越しの街の景色に見慣れないなにかを見た。
それは光の渦。
紫色をした光の奔流が弾けて押し寄せてくる光景だった。
「な、なんか不味いかも」
「尚人! 中に入るぞ! 急げ!」
「あ、あぁ!」
ジュースもパンも投げ出して急いで屋上扉へと駆ける。だが、押し寄せてくる光のほうが速い。ドアノブへと手を伸ばした瞬間、俺たちは光に飲み込まれた。
指先に微かな痛みを覚えながら。
§
「ん、んんん……」
意識が覚醒して体を起こす。
朧気な意識のまま周囲を見渡すと隣りに尚人が寝ていた。
「おい、おい尚人」
「ん……あぁ、蒼空か」
起きたのを確認してから立ち上がる。視界に映るのは朱く焼けた空と雲、そしていくつかの黒煙。
「おいおいおい……」
足を動かして屋上の縁まで向かい、街の様子に釘付けになる。崩れた家屋、割れた道路、折れた電柱。見慣れた街の景観は無残にも崩壊し、炎と煙に包まれていた。
「嘘だろ」
「なんだよ、これっ! さっきの光のせいか? なぁ! 蒼空!」
「わかるかよ、そんなの!」
混乱していると地上のほうから悲鳴が木霊し、次第にそれは大きなものとなる。フェンスに張り付いて目を下ろすと、グラウンドを駆ける幾人かの生徒を見付けた。その後を追っているのは得体の知れない何かの生き物。
「なんだよ、あれ。犬――狼か? 熊?」
そのどれとも外観が一致しない、四足歩行の獣。それが生徒たちを追いかけ回し、そしてその喉元に食らい付く。遠目からもわかるほどに赤い血がグラウンドに広がり、首がごとりと転がる。
「――ッ!?」
その生首がこちらを見たような気がして、咄嗟にフェンスから身を離した。
「なんだよ……なんなんだよ、これは」
目の前に広がる光景をまだ受け入れられない中、尚人は俺よりもうろたえていた。
「お、おい落ちつけ」
「落ち着いてられるかよ! 死んだんだぞ! 人が!」
グラウンドを一瞥してまだそこに死体があることを確認する。嘘じゃない。これは現実で実際に起こったこと。街は崩壊し、グラウンドで人が死んだ。
「怒鳴ったって何にもならないだろ! と、とにかく助けを呼ぼう」
「助け? 誰が助けてくれんだよ、こんな――」
言葉の途中で勢いを失ったように尚人は声を区切る。目は見開かれて俺から一歩、後退った。
「おい、おいおいおい。なんだよ、それ。蒼空!」
「は? な、なにがだよ」
「その雷はなんだ!」
指摘されて初めて気がつく。
自身の体に起こった異変に、全身を駆け巡る稲妻に。バチバチと線香花火のように現れては消える閃光。それが絶え間なく体表を駆け巡っている。
「これは……」
「待て、近づくな」
また一歩、尚人が俺から距離を取る。
「普通じゃない。なんだよそれは!」
「わ、わからない。でもたぶん、あの光のせいだ」
「俺も浴びたけど、お前みたいにはなってねぇぞ!」
更に俺から距離を取る。
「冗談じゃない。普通じゃねぇよ! 街も動物もお前も普通じゃないことばかりだ!」
「わかった! わかったから落ちつけ!」
「うるせぇ!」
そう言い放った尚人の目は恐怖や戸惑いで塗り潰されていた。友人を見るような目じゃない。得体の知れない化け物を見るような目。これまでの日々や友情が音を立てて壊れるような気がした。
「やめろよ、そんな目で見るな。友達だろ」
「もう違う。いいか、俺に、近づくな!」
はっきりとした拒絶の意思を見せられ、その場から動けなくなる。足が凍り付いたように動かない。目の前が眩むような感覚がする。そんな最中、夕焼けの光が遮られて俺たちの周囲に影が落ちる。
「な、なんだ?」
上を見上げても茜色の空に雲はない。
だとしたら、今のは。
「クアアァアァアァアアアアア!」
鼓膜が破れそうなほどの大音量が響き、強風が吹き荒れると共に巨体が落ちる。それは無数の羽根に覆われた見上げるほどの巨鳥。地球上に存在しているはずのない生物が尚人にのし掛かった。
「尚人!」
「ぐぅ……あぁあぁああぁああ!」
苦しげな悲鳴が上がると共に巨鳥は大きく羽ばたいた。鋭い鉤爪で尚人の胴体を貫き、赤い血を滴らせながらどこかへと連れ去っていく。
そしてもう一羽の巨鳥が俺の後ろに舞い降りた。
「嘘だろ」
巨大な嘴に吹き飛ばされて地面を転がり、見上げた空に鉤爪が映る。それはそのまま俺を踏みつけると、全身にとてつもない負荷が掛かった。
「がぁッ……ああぁあああッ!」
軋む、軋む。血肉も骨も悲鳴を上げて、本能が警告を鳴らしている。必死に抵抗してみるけど、巨鳥の足はびくともしない。屋上の地面が鉤爪で割れ、なおも負荷は強くなる。
「あぁッ! くそッ! くそッ! 死んでッ、たまるかッ!」
叫ぶと同時に体表を駆け巡っていた稲妻が激しさを増して伝播する。
鉤爪を介して感電し、巨鳥は思わず脚を離そうとするがそうはさせない。
「逃がすかッ!」
血反吐を吐きながら更に稲妻の威力を引き上げ、稲光が閃光となって天へと伸びる。それは地上から天へと昇る落雷の如く巨鳥を貫いた。
「カ……アアァ……」
全身が稲妻で焼けて命まで燃やし尽くした巨鳥はそのまま屋上に倒れ伏す。その後はぴくりとも動くことなく、完全に死に絶えた。
「はぁ……はぁ……やった、ざまぁみろ!」
痛む体を押して立ち上がり、空の彼方へと目を向ける。
「尚人……」
もう一羽の巨鳥に連れて行かれた尚人はもう見えない。俺は目を逸らすように屋上扉に視線を向け、逃げるためにドアノブに手を掛ける。
もう静電気は起こらなかった。
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