第二話「魔法と図書館」
第二話「魔法と図書館」1
昨日は不思議な目にあった。
一度も振り返ることなく息を切らせて家に帰り、夕食までじっとしていた。
何かが追いついてこないのをただ祈った。
胸が鳴っているのは走ったからだと、何度も自分に言い聞かせていた。
そのおかげで夜の準備は散々だった。オーブンに火を入れるのを忘れてパイを放置してしまうし、夏用の試作フルーツタルトも酸っぱいだけのものになってしまった。珍しい失敗で、お母さんも呆れ顔をしていた。
学校に着くまでの道のりでユーリとまた合流する。
「おはよう、ユーリ」
「ああ、ニーナ」
「どうしたの?」
ユーリのあくびにつられそうになる。短く立っている髪を今日も眠そうにかいていた。
「いやあ、時計がなあ」
「時計? あの塔の?」
「ああ、あんまり修理が上手くいっていないんだ。機械の部品は全部揃っているはずなんだけど、どうしても微妙な調整ができないらしい。今まではそんなことがなかったらしいんだけどなあ」
「そう」
「たぶん、どこかに魔法石がはめ込まれていて、それが最終的な調整の役割を果たしていたんじゃないか、って」
「魔法はもうないのに?」
「そうだけど、かすかな効果はまだあるみたいだしな。その魔法石はどこかに行ってしまったんじゃないかって」
「でも、そんなもの」
「そうなんだよな、そんなもの盗んだってなあ」
たとえその時計が機能するのに今でも魔法石が必要だったとしても、それを誰かが持ち出したとしても、今は何の価値もないはずだ。
ユーリの言う通り、それを盗み出す意味がない。
「それに、誰も見たことがないらしいからなあ。そんなものがあれば誰かは知っているはずなんだけど」
ぶつぶつと独り言のようにユーリは下を向いて歩いている。
「ああ、そうだ」
「なにユーリ?」
「いや、これは噂話なんだけど」
「うん」
「数日前に、時計塔に知らない人間がいたのを見たっていう人がいてな。まあ、信頼できるってわけじゃないが、ほら、あのうそつきじいさんだから」
うそつきじいさん、とは子どもが勝手につけているあだ名で、いつも私たちに夢のような魔法の話を聞かせる。話すことは大げさで、何度も聞かせられているけれども確認する方法がないので、私たちは『うそつき』とつけているのだ。
「ふうん」
ここは壁によって閉じた狭い街だ。
観光する人だっていないから、外からやってくる人は配達や商売以外ではそうそうありえない。ましてや塔に登る人なんて限られているわけだから、それで会う人が顔見知りだとしても何ら不思議ではないのだ。
「それが変な話で、見た目が子どもだっていうんだ」
「子ども?」
「ああ、変だろ」
「うん、変だね」
時計塔自体、子どもが興味を持つようなところではない。街を一望できることは間違いないけれど、少なくとも街の子どもはどうでもいいと思っている。いや、時計以外には大人達だって気にしていないだろう。
「しかも、髪の色がこのあたりでは見られない銀色だっていうんだ」
「えっ?」
「ん、どうしたニーナ」
「いや、うん、なんでもない……」
昨日の少年の姿がありありと思い浮かぶ。
彼は、確かに銀髪だった。
体格も私やユーリとほとんど変わらない。子どもと言っていいだろう。
だとしたら、塔にいたのは彼だったのだろうか。
「でも一番おかしいのは、その子どもが塔の窓から飛んで行ったっていうんだ」
窓から出ても何もない。真っ逆さまに地面に落ちていってしまうだけだ。
「なにそれ……」
「な、だから誰も信じてないんだよ」
肩をすくめてユーリが結論づける。
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