帰り道、スマホを見ていたおれたちは

こむぎこちゃん

ある日の帰り道で

 今日は水曜日。一週間で唯一、おれの所属する科学部が活動する日だ。

 そして、幼なじみの朝乃と一緒に帰れる唯一の日。

 おれは科学部の活動を終えると、いつものように門のそばの花壇に腰かけてスマホをいじる。

 しばらくすると運動部の生徒がちらほら帰宅し始めるのが見えてきて、おれはいったんスマホを胸ポケットにしまう。

 と同時に、朝乃の姿を発見した。

「あっ、星夜ーっ!」

 向こうもおれのことを見つけたらしく、大声でおれの名前を叫びながら走ってくる。

 ……恥ずかしいからやめてくれ。

「お待たせっ、星夜。帰ろ!」

 そう言って、立ち上がったおれの隣に並んだ。

「ねえ、文化祭まであと二週間切ってるの知ってた!? いよいよって感じだよねー。やばい、めっちゃ楽しみ!」

 歩き始めるなり、朝乃はハイテンションでそうまくしたてた。

「そうだな。テストも終わったし、校内の雰囲気も文化祭一色だ」

 二学期中間テストの終了まで禁止されていた、教室に文化祭関係のものを置くことも許可されるようになったことで、大きな飾りも作れるようになり、いっそう文化祭らしくなってきている。

 今日の七限目はクラス企画の準備時間になっていて、学校全体が文化祭の空気になっていた。

 朝乃のテンションが高いのも、たぶん文化祭準備の余韻が残っているせいだろう。

「もう、なんで星夜はそんなにテンションが低いの?」

「朝乃がはしゃぎすぎなだけだろ」

 淡々と言うおれに、朝乃がむうっと頬を膨らませる。

 そのとき、胸ポケットに入れていたスマホがヴーヴヴッと震えた。

「ごめん、ちょっとLANEが」

「こら、歩きスマホはダメなんだぞー」

「はいはい」

 おれは朝乃にしたがって、歩道の端で足を止める。

「……あ、文実のグループLANEでシフトが送られてきた」

「えっ、ほんと?」

 文実、というのは、おれたちが所属する文化祭実行委員会のこと。四月から活動を始める有志の委員会だが、参加する生徒は百人を超えている。文化祭の大部分はこの委員会によって運営されるため、人気が高いのだ。……おれは無理やり朝乃に入れられたようなものだけど。

 文実はその中でも部署で分かれていて、おれたちは「入口受付部署」という、まあ名前通りの仕事をするところに入っている。一番事務的で、仕事も少なそうだ……と思ったのだが。

「……結構シフト多いな」

 確かに前日までの準備は少ない。だけど当日の仕事がかなり長時間だ。人数が一番少ないし、仕方ないのかもしれないけど。

「え、そうなの? ちょっとわたしにも見せてー!」

 そう言って、おれのスマホを横からのぞいてくる朝乃。

「朝乃は自分のスマホがあるだろ」

「いやー、今朝充電し忘れてさ」

「つまりもう切れたってことか」

 てへっという朝乃にわざとらしくため息をついてから、おれは朝乃にも見えるようにスマホを持った。

「うわ、ほんとだ。いっぱいあるねー」

 そう言いながら、なかなか離れようとしない。

 おい、見たならもういいだろ。

 スマホを二人で見てると……、距離が近すぎるんだよ!

 なんだよこの距離感、バグってるだろ!

 おれがおかしいのか? おれが朝乃を好きだか……いや、なんでもない。

 朝乃はこの距離、なんとも思ってないのか?

 まあ、朝乃はおれのことなんて一ミリも意識していないだろうし、別に気にしないのか。……それはそれで落ち込むな。

「あ、でもわたしたち、受付当番でペアにされてるよ! やったあ!」

 そう、うれしそうに言う朝乃。

 ……そんな反応されると、変に期待してしまうんだが。朝乃はどういう感情でそう言ってるんだ?

 いや、とっとにかく、まずは早くこの距離感を何とかしてくれ!

「文化祭、楽しみだねぇ~! 一緒に受け付け、がんば――」

 そう言いながらおれの方を向いた朝乃は……、途中で言葉を切った。

 はっとした表情になって、そのままみるみる赤くなっていく。

 おれも朝乃と目が合った瞬間、固まって動けなくなった。

 おれたちの顔の間にあるのはわずか十センチ程度。その至近距離のまま、時が止まったかように、おれたちは数秒間見つめ合った。

 ……そして。

「ごっ、ごごごめん! 近かったね!?」

「――あ、ああ」

 我に返った朝乃は、ばっと距離をとった。

「……えぇっと……、とっとりあえず帰ろう!」

 そう言って、くるっと駅の方を向いて歩きだす朝乃。

「そ、そうだな」

 一拍遅れて、おれもそれに続く。

 歩きながらさっきのシーンがフラッシュバックして、顔が熱くなる。

 こっちをじっと見つめてくる、大きくてクリっとした瞳。大人びてきたものの、若干幼さも残る顔立ち。

 息がかかるくらいの――さっきは呼吸も止まっていたが――距離に朝乃の顔があるなんて、もうごめんだ。まったく……心臓に悪すぎるんだよ!

 おれは、二度とスマホは朝乃と一緒に見ないようにしよう、と心の中で固く誓った。


(終)

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