第12話 陥落

“きっと、依さんは、素敵な恋愛をしているんでしょうね。”


鉄平は、そんなことを言いながら、ツキンと心に痛みがはしった。

出会って、まだ1日も経っていないのに、なぜだが依の心にいる男性に嫉妬を覚える。

こんなこと、普通あり得ない。

尚且つ自分は、女性不信だったはずなのに...。


幽霊の自分相手に飾る必要がない依さんの素の態度が、すごく好ましい、そして居心地が良い。

依さんとの会話も、穏やかで気を張ることが一切ない。

今まで煩わしかった他人との距離感が、依さんとでは全く当てはまらない。

むしろ自ら近寄り、話しかけ、要望すらも気負わず言える。

幽霊で体が小さいから、免罪符のように依さんに色々やってもらっている感も無きにしも非ずだが、それを抜きにしても自然と要求が言える。


依の雰囲気が、鉄平の心をほぐすのだ。何を言っても受け入れてくれる気がする。

それでいて、笑顔が可愛い。あたたかな春の陽気の雛菊を連想させる。

かとおもえば、儚さの中で力強さを感じさせる月下美人のような芯の強さもあり、大変好ましい。


つらつらと、依の好ましいところを反芻すれば、自ずと答えは出る。


好きになってしまったのだ。ちょろいと言えばちょろいのだろう。

でも、好きなのだ。

恋に堕ちる時、時間は関係ないというが、全くその通り。

出会ったばかりではあるが、好きなのだ。


だけど、鉄平はあと数日で天国に行く。

好きになっても、意味がないのもわかっている。

依は、未来がある女性で、これから結婚だってするだろう。

だけど、自分以外の男が依さんと結婚する未来を想像すると、もやもやして仕方がない。


鉄平は不思議だった。

頑なに女性や恋愛から逃げていたのに、今は依に対する独占欲みたいなものが湧き出てくる。


未来がない自分が、依さんを望むことは、いけない。

ダメだ。不毛だ。

だから...、この感情にしっかり鍵をかけなければならない。

わかってる。それでも、僕は...。


鉄平は、揺れ動いていた。




一方で...。


素敵な恋愛をしてるんですね。と言われた依は戸惑っていた。


ここ3年は、恋人がいない。

恋人の作り方にも迷走していたところである。

しかも、今は課長に告白されて絶賛考え中だ。


「えーっと....。

お恥ずかしい話、大学卒業後に別れてから恋人いないんです...。偉そうなこと言ったのに、何かすいません...。

社会に出て、いっぱいいっぱいになって、彼にかける時間が取れなくなって....。

結果、愛がしぼんじゃったんですかね....。

自然消滅、しちゃいました.......」


依は、どんどん言葉尻が小さくなって、体が縮こまる。

偉そうに夫婦とは?家族とは?と説いたくせに、恋人がいない。恥ずかしすぎる。

気まずくて、下を向いてしまう。


しかし、逆に鉄平は、現在恋人がいないと聞いて、パァっと目の前が開けたかのような心地のなった。

顔がにやける。

申し訳なさそうにしている依は、下を向いてて気づいていなかったが...。


今、依さんには恋人がいないのだ!

あと数日は自分だけの依さんである!と、天にも昇る気持ちになった。

先程、鍵をかけた宝箱は、あっさりと開いてしまったようだ。

かなりちょろい。


しかし、鉄平はやっぱりダメだと思い直す。

自分は幽霊、幽霊と呪文のように唱えて自嘲し、鍵をかけ直した。


そして、にやけた顔を元に戻すと、依を励ます。


“依さん。今は、いなくてもいいと思いますよ。僕は、偉そうになんて思いません。

その時が来たら、その方と愛を育むってことですよね?“


”.....羨ましいな、その人が.....。”


「え?」


最後の言葉は、呟くように言ったので依には聞こえなかった。

依は、なんて言いました?と鉄平に窺う。


それにしても鉄平の心の鍵は、ちょろい。

ちょっとしたことで本音が滲み出る。


“いえ。聞こえなかったならいいです。大したことないんで。”


鉄平は、苦笑しながらそう答えた。


依は、じーっと、本当に大したことがないのか鉄平の顔をまじまじと見るが、再び鉄平が言うことが無さそうだと判断し諦めたのだった。





その後、二人は前日に約束していた通り、買い物に繰り出す。

郊外にあるショッピングモールへ行った依と鉄平。


「ふー、暑かったですね。鉄平さん。

カバンの中苦しくなかったですか?」


車を持ってない依は、電車とバスで、ショッピングモールにやってきていた。

鉄平は、現在依のトートバッグの中に入り、ちょこんと顔だけ出している状態だ。

余談だが、このトートバックの中は、暑さがなければ快適な鉄平専用の部屋になっていた。あらかじめ仏壇にお供えした水筒や食料、ブランケットやクッションなんかも鉄平のために用意されていた。


“大丈夫です。蓋があるタイプじゃなかったので、息もしっかり吸えましたよ。”


にっこりと笑いながら、答える鉄平。

鉄平の全身は、汗でべったりしていたが、顔色は良さそうなので本当に大丈夫なのだろう。

それにしても、幽霊なのに汗が出る事実にちょっとびっくりした。



ちなみにここまで来るまで、バックから顔が出ているのにも関わらず、誰にも鉄平の存在は気づかれなかった。

やはり見えているのは、依だけなようだ。


なので喋ってる姿を、変に思われないように依は耳にインカムをつけていた。

依が鉄平に話しかけていると、一瞬、周りの人から変な目で見られるが、耳に主張するワイヤレスイヤホンを見ると、携帯で電話中だと納得して、興味を失ってくれる。

なかなかいいアイデアだったと自画自賛。

だから、依は普通に鉄平と会話をしながらショッピングができていた。


最初に3日分の下着を購入。次は洋服を買うために、移動する。

最低でも、パジャマにもなる部屋着を2セットと、私服は3セットは必要だ。


部屋着は、ファストファッションの店で購入することにした。

ゆったりしたものがいいかと、XLのTシャツを2枚。

下は、細身の男性なのでLのハーフパンツをチョイスした。


鉄平は、お金持ちなのでこういうところに来たことがなかったのだろう。

キョロキョロと興味深そうに店内を見ていた。


“依さん、依さん。あっちの棚にあるものは、なんであんなに安いんですか??”


言われた方を見てみると、金網のカゴ棚にsaleの文字。

シャツが一枚500円に、さらに20%オフのタグがついていた。


「シーズンがもう直ぐ終わるものとか、一般的に売れなかったもの、マイナーサイズなものが、時間と共にどんどん安くなるんです。元々、このお店は安いんで、鉄平さんには驚きの値段ですよね。」


ふふふと、笑いながら依は説明する。


「それにこのお店の服は、安くても生地がしっかりしてるから、洗濯してもへたりづらくて、私いつも重宝してるんです。」


“へぇ〜、なんだか今まで着ていたものが信じられないよ...”


カルチャーショックを受けたような顔をする鉄平に笑いが込み上げてくる。

こんなことがなければ、交わることのなかった人だが、鉄平との会話が、依は楽しくて仕方なかった。

それは、鉄平にも言えて、自分の知らない世界を見せてくれて、知らない常識を嫌がらずに色々答えてくれる依との会話が居心地が良くて楽しかった。


目が合うと二人で微笑み合う。

そこはかとなく幸せだった。


次は、私服を選んでいく。

ここも、普段鉄平が着る洋服からみるとゼロが一つ違う。物によっては、ゼロが2つかもしれないが...。

それでも、鉄平は目をキラキラさせて楽しそうだ。

いくつか鉄平に似合いそうな服を広げて、並べてみる。


「ところで、鉄平さんはどんな系統の服を普段着てたんですか?」


依は、鉄平が好む洋服を知らない。出会った姿は、スーツだったから参考にならない。

そこで鉄平の答えを踏まえて、洋服を調達することにした。


“普段は、黒とか白とかモノトーンの服を着回してます。”


ふむ。確かにこれだけスタイルも顔も良ければシンプルでも良さそうだ。

でもここは、3日間しかないのだから普段しない格好をしてもらうのも楽しいかもしれない。

むくむくと、依は好奇心が湧き上がってきた。


「鉄平さん、古着ファッションしてみません?」


“えっ?”


「古着も色んなタイプの洋服があっていいんですよ!

せっかくだから普段絶対しない格好もいいと思うんです。

私しか見ませんしね。」


パチンとウィンクをして、悪戯っ子のように笑う。

その際、依の白い八重歯がチラリと見えた。


鉄平は、ドキッとする。


な、な、なんて可愛いんだ!

まるでピクシー(悪戯妖精)みたいじゃないか!!

なにその、無垢な子供みたいな無邪気な笑顔!!

可愛すぎないかっ!?

依さん以外が、こんな表情をしたら、絶対うんざりするのに!


どうしたんだ、僕。

これが、恋!?恋なのか!?

この際、どんな格好でもするよ!

女装だろうが、コスプレだろうが、依さんが望むなら、なんでも着る!!


恋をした鉄平は、盲目というかちょっと心の中が残念な感じであった。

鉄平の鍵は、もはや遠くどこかに消えてしまった。

見つけ出すのは、もう無理だろう。

もはや、掛け直すことができない。

このまま転がり堕ちるまでだ。


鉄平の許可もおりたので、依は、鼻歌を歌うかのようにルンルンしながら、お店で物色していく。

チェックのネルシャツや、ダボっとしたカーゴパンツ、外人の顔がドンとアートのように描かれたビックTシャツや、派手な柄のシャツブラウスなどどんどんカゴに入れていく。

サングラスも入れて、龍があしらわれた田舎のヤンキー風なファッションまで作り上げていった。

もはや、私服は3セットでおさまらなくなっていた。


そのうちに、店内に置いてあったマネキンがつけていたアクセサリーに目がいった。

なんの変哲もないバングル。だけど、なぜか気になる。

黒の光沢のあるレザーにシンプルなシルバーのチャームが付いていた。

チャームをよく見てみると、崩した文字でTが描かれていた。鉄平のT、立花のTだ。

これは、買えという運命では??


「鉄平さん、このバングルつけてません?ほら、ここT!

私たちのTです!

鉄平さんが天国に行った後は、私が引き継いで着けます。

せっかく、仲良くなれたんです。

いつまでも、鉄平さんのことを楽しかった思い出として忘れたくないです。」


“依さん....。”


笑顔でそう言ってくれる依に、鉄平は嬉しくてせつなくなる。

願わくば、言葉通りいつまでも覚えていてほしい。

依さんの心の片隅に、僕をいつまでも生きさせて欲しい。


でも....、本当は生身で愛したい。僕自身で支えたい。


でも、そんなことはあり得ない。僕は幽霊だ...。


16日には、依さんと別れて、天国に行かなくてはならないのだろう....。


苦しい。

なぜ、僕は死んでしまったんだろう。


死んでから、最愛だと思える人に逢えるなんて皮肉だな...、と壮絶に悔いる。

それでも、無理やり笑った下手くそな笑顔で、いいですね。と、言った。

自分が居なくなっても、このバングルで依を一生縛っておきたいというのが、正直なところだ。


依が、マネキンからバングルを外してカゴにいれ、一緒にレジへ持っていく。


その姿を、バックの中からじっと見つめた。

天国に行っても、この瞬間を、そして依さんの笑顔を忘れたくないな。と、目に焼き付けたのだった。


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