第6話 迎え火を焚いたら...

夕方6時、だいぶ日が落ちてきた。

そろそろ、迎え火を焚く時間である。


依は、プールに足をつけ涼をとると、素焼きのお皿に、新聞紙の切れ端を置いた。これが火種になるのだ。

その周りに山型になる様におがらを積み上げる。

その際、空気の通り道を確保するため、隙間を適当に開けるのがコツだ。

小さな頃から、おばあちゃんとやっていた。慣れた作業なので、お手の物だ。


昨年は、一緒にやった。

おばあちゃんの体力が落ちてきていたから、昨年の盆はおばあちゃんのお家で過ごしたのだ。


今年は、横におばあちゃんがいない。冬の寒い日に、眠る様に天国に旅立ったのだ。

依は、胸が少し苦しくなった。懐かしい思い出の中に哀愁が混ざる。

昔から、おばあちゃん子で、料理も裁縫もおばあちゃんから教えてもらった。

人はいつか死ぬとわかっているが、身近の人の死は堪える...。


しんみりしながら、着火剤がわりの新聞紙に、マッチで火をつけた。


新聞紙が赤く燃えて、おがらに火が移る。

そこからは、あっという間におがらが燃え盛り、空に向かって火が立ち上がった。

煙が、勢いよく空に登っていく。特有の燻した匂いがあたりに漂う。


1分ほどで、素焼きの皿のおがらが燃え尽きそうになった。

そこへ、少しずつ数本のおがらを入れていく。再び、ぼっと火がついて煙がはきだされた。


なるべく長く、煙を空へ伸ばして道を作る。

ゆっくりゆっくり、夜になる1時間。ずっと火を燃やし続けた。

完全に、日が翳ってからの迎え火は、艶やかで風流だ。

煌々と赤く、小さな範囲を暖かく照らす。

もうすぐ、用意していたおがらが無くなる。

最後にちょっと多めに入れて、火を大きくした。


夜空を見上げて、心の中で「おばあちゃん....依は元気だよ。」と呟いた。

そして、火が小さくなっていく。

これが終われば、ご先祖さまがここにいらっしゃったと言うことになるそうだ。

すーっとオガラが燃える匂いを吸いこみ、迎え火が終わる余韻を楽しんだ。

全ての火が完全に消え、灰が残る。丁寧に後処理をして終わった。

気持ちを切り替えて、花火を取り出す。今度は、素焼きの皿にろうそくを立てて火をつけた。


「よし!線香花火だっ!

おばあちゃん、きてるかなぁ。見ててね!」


その場におばあちゃんがいるような気がして、声に出してみた。

線香花火に火をつけて、彼岸華のような火がパチパチ咲く様をじっと見つめる。

すると、


“わぁ〜、綺麗だねぇ。”と、おばあちゃんの声が聞こえた気がした。


やはり、おばあちゃんは帰ってきたのだ。

「そうでしょう、そうでしょう!」と、依は返事をする。


”小さい時から、依ちゃんは迎え火のときは花火をしてたねぇ。懐かしいねぇ”


再び、おばあちゃんの声が聞こえた。

依は、ただの気のせいではないのかもしれないと、目を瞠る。


「えっ、おばあちゃん??ほんとに、おばあちゃん??」


きょろきょろと、周りを見渡す依。

そして、再び”そうだよ。”と声が聞こえた。

2度あることは3度あるというが、これだけ続けば、おばあちゃんがやってきたことは確実だろう。


「おばあちゃん、どこ!?」


依は、すくっと立って空に向かって叫んだ。


”ここ。ここ。依ちゃんここよ。”


素焼きの皿のほうから声が聞こえた。

ろうそくの小さな灯りの陰に、マスコットのような大きさの塊がいた。


ん?と思った依は、携帯のライトをつけて、明るく照らした。

そこには、生前元気だったころによく着ていた花柄のブラウスをまとったおばあちゃんがチョコンと立っていた。


「お、おばああちゃぁぁんっ!?」


依は、目を見開き固まった。しばらく観察していた依だったが、おずおずと口を開いた。


「ずいぶん、小さくなって…。」


考えた末に、出てきた言葉はこれだった。

不思議な現象に、頭が付いていかなく、まず見た目を言ってみたのだ。


”ふふふ。そうね、小さくなったわね(笑)

でも、もっと重要なことがあるでしょ?

おばあちゃん、なんとっ若返っちゃった。”


得意げにおばあちゃんがいうので、まじまじと見てみたが、確かに記憶にある姿よりはるかに若かった。


「そうだね、若いね。なんだかサイズといい、雰囲気といい、可愛いおばあちゃんになったね。

とりあえず、お帰り。」


クスクスと、なんだか嬉しくなってふたりで、笑いあう。


しかし、おばあちゃんの後ろに大きな荷物があることに気づき、依は笑みを消してたずねる。


「ん?おばあちゃん何持ってるの?」


じっと見てみると、携帯のライトに照らされたおばあちゃんの陰になってる場所に、黒い塊があったのだ。


”あっ!!そうだったわ!うっかりしてた。

ほらほら、座り込んでないで出てきなさい。”


くいくいと手を引っ張って、何かがでてきた。

おばあちゃんとずっと手を繋いで居たらしい。


黒い塊だと思ったのは、ダーク系のスーツをきた男性だった。

この人もマスコット大であるから幽霊か?


「んん?すっごいイケメンだけど、もしかしてこの人がわたしのおじいちゃん??」


上から下へと視線をずらせば、サラサラの艶髪がまず目につく。

サイドがツーブロックになっていて、爽やかな社会人という感じ。

そして、一番惹きつけられる顔は、爽やかな王子様といった感じで、なんというか品があるのだ。

シュッとした眉毛と、はっきり二重の目。唇は薄く、鼻はすっきり。

体つきは、程よく筋肉が付いていて、すらりと長い手足。

どこのモデルだ、こりゃ状態。

こんな人がおじいちゃん?

写真では、もっと渋い感じでムッキムキだったけど。


”違うわよぉ。おじいちゃんは、もっと男らしいわ!!

こんなに、頼りない感じじゃないわぁ!!もうっ。

依ちゃんもしってるでしょ?おじいちゃんは、人情家で、男の中の男っていう話いっぱいしてあげたじゃない。

こんなんじゃ、神輿なんかは、かつげないわねぇ。ふふふ。”


おばあちゃんは、隣の男性をけなしてるのか、おじいちゃんの惚気を言ってるのかわからないが、とにかく笑いながら失礼なことを言っている。


「お、おばあちゃん…。そりゃ、おじいちゃんに比べたらそうかもしれないけど…。

今どきの若者から比べたらしっかりした体をしているよ?ね?

誰だか知りませんが、おばあちゃんがすいません。」


マスコット大のイケメンに、ペコペコと依は、謝った。


すると、イケメンが口を開く。


”あ、気にしてませんから、大丈夫です。”


なんと、声がいい!!依は、天は2物を与えたと、驚愕した。


”そうなの、依ちゃん。この人ね。お空で、さまよってたの。

きっとご家族が、まだお盆の準備してないのね。可哀そうに見えたから、連れてきちゃった。

依ちゃんと年も近そうだし、話も合うかなって思って。”


「そんな犬猫みたいに拾ってきちゃったの?

この人のご家族が、迎え火したときちゃんとわかるの??」


”わかるわかる!!引っ張られるから!!

おじいちゃんは、今ね、子供たちの家に行ってるの。

私は、この人が途方に暮れてたから先に依ちゃんのところに連れてきたのよ。”


「そっか、おじいちゃんに会ってみたかったから、お父さんのところが終わったら、こっちにも来てくれるといいな。

ハイボールと柿ピーをね、おじいちゃんの為に用意してたんだ。」


”あらぁ。おじいちゃん、喜ぶわぁ。”


ふふふと可愛く笑うおばあちゃん。隣の男の人は、所在なさげにたたずんでいる。


”それでね、きっと暇だから、この人のお迎えがくるまで、依ちゃん話し相手になってあげて。”


「それは、別に構わないけど…。ところで、なんで私に、おばあちゃんとこの人が見えてるの?

今まで、幽霊とか見たことないんだけど、私。」


”ん~、わかんないわぁ。おばあちゃんも、生きてた時見たことないわ。不思議ねぇ。”


腕を組んで、コテンと首をかしげるおばあちゃん。しかし、大して考えてなさそうだ。

そういえば、昔からおばあちゃんは豪快なところがあった。

見えるんだから、それはそれ。気にしないでいいんじゃない?って、思ってそうだ。


”とにかく、この子預かってくれる?送り火の時に、またおばあちゃん、依ちゃんの家寄るから。

今度は、おじいちゃんも一緒にくるわ”


預かるのは、いいけど。何をおもてなしすればいいのか…。


おばあちゃんは、沢山の道が伸びているらしく、これから一つずつ回っていくそうだ。

すべての道を回るためには、急がないといけないそう。

おばあちゃん、お友達多かったもんね。


ルンルンしているおばあちゃんが、”ばいばぁい!”と、またお空をとんでいく。

その後ろ姿を、スーツのイケメンと見送った。

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