第16話 モンスター爆岩亀をめぐる戦い

 声の方角に目を向けると、スーツに身を固めたオールバックの男性が社長室のドアの前に立っていた。歳のころは40歳くらい。


「私は釘田くぎた――この部屋の主人だよ」


 ということはローレライスの社長本人!


「私の部屋で何をしているのかな、盗人くん?」


 ドアから屈強な警備員たちがぞろぞろと部屋に入ってくる。いや、警備員じゃないかも……なんか、防災センターで見かけた人たちって普通の人っぽかったけど、明らかに体の大きさや目つきが違うから。

 相手を倒すためのプロ――そんな感じがする。


「まさか、こんな子供がね……さすがはモンスターの力ということか」


 売ろうとしてくらいなんだから、当然、モンスターのことも知っているよね……。


「悪いけど、その石にモンスターはいないよ」


 釘田がスマホを取り出す。こちらに向けた画面の中には、真っ赤な甲羅を背負った亀が映っていた。

 あれが爆岩亀――!?


「もうこちらに移しておいたから」


「――!?」


 その瞬間、私の手元にあるスマホの表示が変わった。赤い光点が釘田の立っているあたりに移動する。


『爆岩亀を奪い取るんだ!』


 という指示が表示される。

 どうやら、達くんが持っている石は空っぽらしい。


「……どうして、僕たちの侵入に気づいたんだ?」


「私だってモンスターを扱えるんだ――君たちにだけ緊急クエストが出ていると思ったのかね?」


 空気がひび割れるかのような感触があった。

 侵入者のことを告げる緊急クエストがあってもおかしくはない。だけど、私たちのアプリとは真逆の立場になるんだけど、どういうことなんだろう……?

 神様は私たちに止めろと言いつつ、こっちには来るぞと言っている?

 うううう、わからない……。


「それなら、どうしてここまで来させたんだ? もっと簡単に僕たちを捕らえられたんじゃないか?」


「お手なみを拝見したかった。モンスターの力を借りた君たちがどれほどのものかを知りたくてね。実にお恐ろしい――ゆえに、欲しい。君たちのモンスター、私に渡してもらおう! 捕えろ!」


 警備員たちが鬼のような形相で距離を詰めてくる。


「ジョブズ、いまだ!」


 わかった!

 ――だけど、いつでも絶望の咆哮を打てる準備はしておいて。

 ――僕たちの侵入がバレたときに使えるからさ。ジョブズ、お前は切り札だ。どうしようもないとき、ドラゴンの強さが光る。頼んだぞ。

 私はすぐに絶望の咆哮を発動する。もうバレているんだから、何も我慢する必要はない!

 ウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!

 地の底から響き渡るかのような音が部屋に響き渡った。


「うわあああ!?」


 警備員たちが耳を押さえて苦しそうな表情を浮かべる。

 その瞬間を凛ちゃんは見逃さなかった。動けないでいる警備員たちを蹴散らしていく。もともと習っていた空手の技とモンスターの性能が組み合わさったおかげで、凛ちゃんは自分よりも大きな体の男性でも簡単に蹴散らしていく。

 強いぞ、凛ちゃん!


「く、くそ! 素早いやつめ! 囲んで捕え――わぷっ!?」


 リーダーらしき人が、不意に透明なパンチを顔に受けたかのようによろめく。

 達くんが風の矢で攻撃したのだ。

 凛ちゃんのように相手を倒してしまうほどの威力はないけど、凛ちゃんへの注意をそらせるには十分なものだ。ナイスアシスト!

 それだけではない。眠りの風を使って警備員たちを順に寝かせていく。

 よーし、こうなったら私も、暴れるぞ!

 滅殺の重撃、起動!

 おおお? なんか右腕にすごい力が溜まっていくのを感じる――これ、やばくない?


「く、くそっ! お前たち、しっかりしろ!」


 釘田が怒っているけど、もう警備員さんたちは完全に浮き足立っている。10人くらいいたけど、もう半分は倒れている。

 おお、滅殺の重撃が溜まってきた……。

 頭の中に『前方広範囲を薙ぎ払う技だぞ!』みたいな感覚が浮かんでくる。

 いけええええええええ〜!


「ジョブズ……――?」


 私に気づいた達くんがハッとした表情で言葉を続けた。


「タイヤ、避けろ!」


 あ。ひょっとして、凛ちゃんを巻き込んじゃう? 巻き込んじゃうかも!? ええええええ!

 ととと、止まれええええええ!

 なんて思うけど、飛び出すな、滅殺の重撃は急に、止まれない。字余り。余った勢いのまま、私は右腕を振り抜いた。

 轟!

 衝撃が炸裂した。

 ごおおおおおおおおおおおおん! というすごい音がした。床に敷いてあった豪華なカーペットは見事に引き裂け、戦っていた警備員たちも見事に吹っ飛び、ピクピク痙攣している。

 おおおおお……すごい威力。


「く、くそ! 化け物どもめ! 下がるぞ!」


 そんなことを言って、周りにいた警備員たちを連れて釘田が逃げていく。あ、こら、逃げるな!

 なんて思ったけど、それよりも大事なことがある。

 凛ちゃんの姿が消えてしまったのだ。

 ま、まさか……滅殺の重撃の直撃を喰らってしまって、肉片ひとつ残さずに死んでしまった!?


「凛ちゃん、凛ちゃん! ごめん、ごめん! 私がうっかりしていたから……」


 私は両膝を床につける。

 すると、天井から声が落ちてきた。


「こらー、死んだみたいに言うなー」


 え?

 天井を見上げると、凛ちゃんが両手両足を天井に張り付けていた。まるで、壁に張り付いたヤモリみたいに。


「ど、どうしたの、凛ちゃん?」


「よいしょっと」


 凛ちゃんが軽やかな動きで床に着地する。そして、開いた手を私たちに見せた。その表面が白く凍っていて――氷?

「こいつがフィギュアスケートの能力っぽい。手のひらや足に氷を出せるんだとさ。だから、さっきはとっさに警備員の体を踏み台にして飛んで、天井に張り付いたんだよ」


「すごおおおおい!」


「いや、すごいのは私じゃなくて、お前だよ……」


 凛ちゃんがうんざりした様子で、ピクピクしたまま倒れている警備員たちに視線を向ける。


「なんなんだよ、一発で倒しちゃって。強すぎだろ。化け物か」


「てへへへ……」


「てへへへ、じゃない。可愛く言っても誤魔化せないぞ」


「おい、和んでいる場合じゃない。釘田を追うぞ」


 おお、そうだった! なんか終わった感が出てしまった!

 私たちは部屋を飛び出した。

 といっても、この便利アプリのおかげで、釘田がどこを走っているのかはわかるのだけど。逆に言うと、あっちも私たちの居場所がわかるんだろうなあ……。

 もうエレベーターに乗って1階まで逃げているらしい。ああ、もう! このままだと逃げられちゃう!

 エレベーターに乗り込んだところで、達くんが口を開いた。


「ジョブズ、タイヤ。これからは僕と同じくあだ名で呼び合おう」


「え、どうして?」


「本名だと、誰が聞いているかわからないからさ。スパイのコードネームみたいでかっこいいだろ?」


 確かに。さっき、凛ちゃーんって絶叫しちゃったけど、あのときはみんな気絶していて運が良かった。

 エレベーターが1階に到着する。

 ……不思議なことに、釘田を示す赤い点は1階のホールで止まったままだった。

 私たちがたどり着くと、2人の警備員を従えた釘田が待ち構えていた。

 達くんが口を開く。


「……逃げないのか?」


「まさか。ここで戦ったほうが都合がいいからだ。言っただろう? 君たちのモンスターが欲しいと。モンスター1体にどれだけの価値があるのか――子供の君たちにはわからないだろうな」


 その瞬間だった。

 釘田の周辺の空間が歪んだような――空気が重くなったような感じがした。


「爆岩亀を守るためなら、君たちの侵入を知った時点で隠してしまえばよかった。だけど、そうせずに私自らがここに来た。どうしてだと思う? モンスターに対抗できるのはモンスターだけで――爆岩亀を扱えるのは私だけだからだ」


 釘田から発せられる圧力がだんだんと強まっていく。

 ああ、これはきっと――

 私たちの体の中にある、モンスターの力が反応しているのだ。釘田の体から放たれる『強者』の威圧に、私の中のドラゴンくんの感情が揺れ動いている。

 それは戦意――あるいは、高揚?


「モンスターの力を使えるのは君たちだけの特権ではない。さあ、最後の戦いを始めようか?」

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