プログラマーが異世界転生した件
紙ひこうき雲
第1話「仕事が終わらない件」
PCとモニターが所狭しと並ぶオフィスの一角。
現場は混沌を極めていた。
「おい高坂、ここバグったままだぞ!? どうなってるんだ!」
「また顧客からクレームだ! 今日中に直せ!」
「開発メンバーが逃げた。こっちの仕事も今日までによろしく」
「先方からエクセルファイルが開けないと言われた。解決策はメールしておくように」
訂正、マネージャーの頭が混沌を極めていた。
叫ばずにチャットツール打ってくんねえかなあ……
まあそんなことを言うと今度は「何もしてないのにパソコンが壊れた!」とか言われそうだから心にしまっておく。
PCもまともに使えないならPCを使う仕事をしないでほしい。
とりあえずマネージャーの戯言をTODOリストに加え、コーディング作業に戻る。
ていうか最初の方はまだわかるんだが、開発メンバーが逃げたのはマネージャーのせいだし、エクセルが開けないのは俺のせいじゃないだろ。
あと言っておくけど、バグってるのは俺のせいじゃなくて、あんたらが引き継いだコードを書いた元請けの会社のせいだからな?
プログラマーとして働き始めてはや5年。
それなりに名のある企業に胸を躍らせて入社したまでは良かった。一年目は多少苦しくてもこの会社で成り上がってやるという気持ちがあった。
だが、そんなモチベーションも3年もしないうちに消え去った。
良くも悪くも古い社風、システム開発を行っているとは思えない社内のITリテラシー、もみ消される残業、上司のパワハラ……その他諸々。
会社というか社会の闇に飲み込まれ、為す術もないまま5年が経った。
気がつけば仕事マシーンのように心を無にして働いている。
システム開発ってお仕事マシーンを作るシステムを開発する……ってコト!?
「何してる高坂! 本当に今日中に終わるんだろうなあ!」
「ああ、はいはい、大丈夫っす。終わりますよ。えっと、一日って30時間くらいありますよね?」
「ふざけている場合か!!」
違うらしい。こっちとしては会社に『一日』という概念があると思っていた方が驚きなのだが。
そんなにかつかつなら怒鳴る前にやることがあると思うんだけどなあ。
恫喝して仕事が終わるならいくらでもヒスってくれていいんだが、ゲームみたいにそれで俺がバーサク状態になるわけでもスタッツが上がるわけでもない。
とりあえず俺が頑張ってどうにかなる量は軽く超えている。
納期に間に合わなかったら土下座して靴舐めして殴られよう。
パワハラ(物理)? うちにハラスメントなんてないですよ、ハハハ。これは俺がマゾだから頼んで殴られてるんです。
俺の頭も混乱を極めてきた。
ああ、今日は帰れるかなあ。最後に家帰ったのいつだっけ?
ていうか、最後に休んだ記憶がない。
まあ、月400時間も仕事してたら記憶なんてぶっ飛ぶよね☆
◆ ◆ ◆
ゲボ吐きながらも仕事という名の他社の尻拭いを終わらせ、何ヶ月ぶりかに家に帰ることが許された。
帰宅って許可されてないとできないって初めて知ったわ。
とぼとぼと歩きながら、こんな生活があと40年近く続くことにぞっとした。
俺、この先生きのこれるのだろうか。
生き残ったとして、生きている意味なんてあるんだろうか。
「うわあ、死にてえ」
駅のホームでそんなことを考えていると迂闊にも線路に飛び込みたくなる。
でもそんなことしたら迷惑だしなあ。俺と似た境遇でも、まだ希望を捨ててない人がこのホームにいるかもしれない。
それに死ぬ勇気もないし、今日一日ぐっすり寝たら明日には活力が戻ってるかもしれない。しらんけど。
とりあえず久しぶりにまともに寝れるんだ。これからのことは寝て起きてから考えても遅くないだろう。
目がチカチカ、視界がぐわんぐわんしながら、電車の揺れにも吐き気を催し、命からがら家まで戻ってきた。
やっとベッドで寝れる……明日も仕事なんですけど、とりあえずちゃんとした睡眠が取れる……
カバンからキーケースを取り出す。
「……あれ?」
いつもキーケースを入れているポケットにキーケースがない。
「いや、さすがに鍵かけ忘れてなんかないだろ……」
カバンをひっくり返す勢いでキーケースを探す。
いや、まさかまさか、さすがに鍵を締め忘れたなんてことは……
まあ、まあ落ち着け……う、また吐き気が……
一旦深呼吸し、思考を整理する。
「うちのマンションはオートロックだから……鍵を部屋に忘れていれば、部屋の鍵までかけ忘れている可能性がある。だったら、誰か帰ってくるまで待って、一緒に入れてもらえば良い。多分大丈夫……」
一旦誰か帰ってくるまで待とう。ワンチャン部屋の鍵も開いている。
だが、その可能性に賭けるにはあまりにも身体的余裕がない。いっそここで寝てしまうか、とも考えたが、明日も仕事だ。絶対にベッドで寝たい。
「もう一回鍵探そう」
カバンの中を再度、念入りに調べる。
すると、カバンの中敷きの下に何かあるのがわかった。
「ああ、あった!」
なんだよこんなところに隠れていたのか。
心拍数がどんどん正常に戻って行く。助かった。俺はやっと睡眠が!
「……あれ?」
キーケースはあった。しかし、部屋の鍵がない。
よく見ると、キーケースのフックが一つだけ外れている。
「鍵……どっかに落としてる……?」
心臓が跳ねた、と同時に意識が朦朧としてきた。
ああ、もうダメだ。
ここで限界突破した。
暗転する視界とともに、俺は文字通りぶっ倒れた。
高坂幸也(コウサカ コウヤ)。享年28歳。過労死。
俺の人生はこんな感じであっさり終わった。
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