第16話 新人聖女(3)

 午後からはユノが孤児院に残るため離脱し、ライナとエリシアでの二人組で仕事をすることになった。

 

 昼食を軽く済ませた二人は、さっそく次の仕事場所へと向かう。

 午前の孤児院とは違って、結構歩く。

 というか、外に出た。大聖堂の敷地内の外……つまり庭だが、それでも「外」と表現しても差し支えないくらいにはだだっ広い。

 

「こんな外に出て、いったい何をするつもりですの?」


 ライナが思わず問いただした。

 するとエリシアは、「着いたら教えるわ」とはぐらかすように答えた。

 ライナはため息をつく。

 

「まあ別に何だっていいですわ。ちゃんとシスターらしい務めを果たせるなら、ですけども」


「あら。孤児院での務めは不満だった?」


「そうじゃありませんわ。ただほんの少し、子守なんてシスターじゃなくてもできると思っただけですわ」


「それを不満って言うのよ。……けど安心して、次はちゃんとシスターらしいことをするから」


 そしてたどり着いたのが、書物庫周辺だった。

 しかも、黒い大渦を見たのと同じ地点。

 ライナは目眩に襲われそうになったが、なんとか耐える。

 どうやら明るい昼間ならば、そこまで恐怖は感じないようだ。

 

「はい、これ」


 唐突にエリシアが何かを渡してきた。

 透明で、そこそこ厚くて、両手で持つのがやっとなくらい大きい板。

 

「……へ?」


 それはガラスだった。

 

 

 

 

「これのどこがシスターらしい・・・・・・・務めですの!?」


 屋根の上で、ライナは叫んだ。

 ガラスをいきなり渡された後、何の説明もなしにハシゴを登らされたのだ。

 そりゃ叫びたくもなる。

 

「貴女から見て右側にある出窓が見える?」


 地上で、エリシアは言う。

 

「ええ、見えますわッ!」


 ライナがキレ気味に答えると、エリシアはさらに説明を続けた。

 

「そこに、ガラスをはめるの。それが今回の務めよ」


「だーかーら! これのどこがシスターらしい務めかと聞いてるんですわ!」


「大聖堂の修繕なんて、とってもシスターらしい務めじゃない」


「な、なにか違う気がしますわ……! こういうのって、職人さんを雇ってやってもらうことじゃありませんの!?」


「ウチではこのくらいの修繕、私達シスターがやってるわ」


「そ、そうなんですの……?」


 思わず納得しかけるライナだったが、考えてみるとやはり納得はいかない。

 職人を雇わず自分達でやっているということは、つまりお金に余裕がないだけでは?

 

 ……まあでも、お財布事情に関しては人よりけりなので置いておくとして。

 

 ライナがとにかく不満に思うのは、エリシアが屋根に上がってこないことだ。

 大聖堂の構造上、屋根はどこも高くて勾配も急。

 油断したらすってんころりん、大怪我は免れないだろう。

 

 自分だけ安全地帯にいるエリシアには不満しか無い。

 だから、ライナは言ってやった。

 

「それなら貴女も屋根に上がってくださいまし!」


 と。

 するとエリシアは、明らかにモジモジし始めた。

 

「わ……、私は遠慮しておくわ。それにほら、下でハシゴを支える役目も必要でしょう?」


「いいですわよ、そんなの――」


 その時、ライナはあることに気がついた。

 もしかしてエリシアは――。

 

「――もしかして貴女、高い所が苦手ですの?」


「っ!」


 エリシアは図星を突かれ、困惑した表情を見せた。

 その動揺っぷりは、屋根の上からでもはっきり見て取れた。

 

「ち、違うわ!」


「あーいいですわいいですわ! みなまで言わなくていいですわ! わたくしも失礼いたしました、まさか高所恐怖症・・・・・の方を屋根に上がらせるわけにはいきませんわよね~!」


 ライナは勝ち誇ったように高笑いをする。

 冷静沈着、完璧無比に見えたエリシアにも弱点があることが分かると、なんだか親近感が湧いた。

 

「@#$%~~!」


 地上したではエリシアがなにか言っているが、ライナの耳にはもう入らない。

 さっきまであった不満も吹き飛び、ライナはようやく作業をする気になった。

 

「さ、とっとと終わらせてお茶にでもしましょう」


 ライナがガラスを窓枠に取り付け終えたその時、窓の下――つまり書物庫の中に少女の姿を目にした。

 彼女は自分と同じ法衣を着ているが、どうしても取り繕えぬ自堕落オーラを放っていた。

 なんというか、書物庫の妖精? そんな感じだ。

 

「……ん?」


 物音に気づいた書物庫の妖精が、顔を上げてきた。

 ライナは彼女と目が合ってしまう。

 

「あ、ガラスを取り替えてくれる人? すごく助かるよぉ、実は昨日のアレで割れちゃってたんだよね」


「あ……。あ…………」


「ちょ、ちょっと大丈夫!? すごく顔が青いよ!?」


 この時、ライナはすべてを理解した。

 

 ――この大聖堂にいるヤバい魔法を使う聖女とは、アイツのこと!

 

 ――そしてアイツの名は、クロエ!

 

 バラバラだったパズルのピースが、一気に埋まった。

 そしてパズルの完成と共に、ライナは屋根から転げ落ち始めた。

 

「あっ……!」


 クロエが思わず手を伸ばすが、当然それは間に合わないし、届きもしない。

 やがてライナの身体は屋根の端まで到達し、落下を開始した。

 

「ひっ……!」


 落下の途中で、ライナは我に返る。

 地面はもう目と鼻の先。もう手遅れ。

 ライナは、目を閉じ歯を食いしばり、地面との激突を覚悟した。

 

 が、いつまで経っても激痛が身体を襲うことはなかった。

 おかしい。落下はもうしていないはずなのに。

 

 ゆっくり、ゆっくりと目を開けてみると、すぐ近くにエリシアの顔があった。

 

「……ね? 私が下にいてよかったでしょ?」


 ライナが今の状況を理解するのに、三十秒も要した。

 地面に激突する寸前で、エリシアが受け止めてくれたのだ。

 

 

 …………お姫様抱っこで。

 

 

「~~~~っっ!!」


 瞬間、ライナの顔は髪の色と同じ真赤色に染まった。

 

「あ、貴女! 早く降ろしてくださいまし!」


「あら、もう平気なの?」


「とっくに大丈夫ですわ!」


 地面に降りたライナは、まるで恥ずかしさを誤魔化すかのようにそっぽを向いた。

 そっぽを向いたまま、こう言う。

 

「あの……た、助かりましたわ。…………あ、ありがとう……」


「え? よく聞こえなかったわ」


「ありがとう! って言いましたの! 三度目はないから覚えときなさい!」


 そう言うとライナは、ズンズンと向こうへ歩いていった。

 

「……ちょっと意地悪しすぎちゃったかしら」


 エリシアはその背中を見つめながら、微笑みを浮かべて呟いた。

 

 こうして午後の仕事および、ライナの聖女就任二日目は無事に終わるのだった。

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