第38話 冥府の花嫁
「お前、どうして?」
菱王は、剣を向けるが、陸鳳に制められてしまった。得体の知れない異国の妖に、剣を向けるのは、人質になった桂華の安全を保証できないと思った。
「約束が違うだろう」
陸羽は、低く唸った。桂華は、自分の許嫁と思っていた。陸鳳に取られるのは、仕方ないとして、異国の妖に取られるのは、許せなかった。桂華は、意識を失っているようで、エルタカーゼの腕の中で、ぐったりしていた。
「何をした?」
陸鳳が、ゆっくりと向き合った。山神とあって、異国の妖が相手でも、怯むことはない。
「危険な事は、していない」
リファルは言った。
「そろそろ、僕らは、ここを立ち去らないとね。危険かと思って」
小柄な体で、精一杯、背伸びをして話す。
「この辺りは、危険だよ。元々、僕は、花嫁を連れ戻しに来ただけ。巻き込まれたくない」
「次の満月を逃すと、リファル様は、帰れなくなります。その位、ここは、私達の世界に繋がり、恐ろしい地」
エルタカーゼは、リファルを促し、立ち去ろうとしている。
「あなた達も、関わらない方がいい」
陸鳳に言う。
「誰が、王になっても、事態は変わらない。根本的な問題が改善しなければ」
「何か、知っているのか?」
エルタカーゼは、陸鳳に何か、言いたげだったが、リファルに止められ、目を伏せる。
「とにかく、彼女は連れて行きます。協力はできない」
「渡せないと言ったら?」
口を開いたのは、陸鳳だった。
「彼女には、役目がある。渡すわけには、いかないんだ」
陸羽が、言おうとした事を、陸鳳が言ったので、少し、面食らった。役目と言ったが、本当にそれだけなのか。桂華は、自分の許嫁だと、昔から聞かせられていた。そう信じていた。桂華と過ごした幼い日の記憶がある。だけど、ある事件の後、桂華は、自分達との過去を忘れてしまっていた。何故か、陸鳳まで、何があったか、忘れてしまっていた。だから、役目があると言った陸鳳の発言には、驚いた。
「役目?わかるのか?陸鳳」
「あ?・・・ただ、なんとなく」
陸鳳自身、自分の発言に驚いていた。
「でも、彼女を守る為、連れて行きます」
「守る為?」
「もう、ここは終わります。何があったのかは、わかりませんが、基礎の壊れた建物が崩れるように、四方から亀裂が入っています。あなたも、山神なら、自分の領域に戻った方がいい」
リファルは、小さいながら、やはり、冥府の皇子だけある。話し方にも、品格があった。
「捕えられた時に、少し、聞いたのですが、この六芒星には、基本的な問題は生じた様です。ただ、それは、僕には、どうしようもない」
「そうなんです。申し訳ないですが、彼女の友人も一緒に連れて行きます。ここで、巻き込まれる訳には、いかない。」
エルタカーゼは、桂華を抱え、飛び立とうと身構えた。激怒した菱王は、雄叫びを上げると、その声は、空を揺らし、夥しい鴉達の群れを呼び寄せた。
「私が生き残るには、2択しかない。このままでは、時量師に消されてしまう。あいつを倒すか、やられるか、敵か味方しかない」
集まった鴉達が空を覆い、リファルとエルタカーゼの行く手を防ごうとし、菱王の伸ばした長い尻尾が、しっかりとリファルの片足を縛り付けた。
「味方ではないなら、ここで、死んでもらうしかない」
「そう言うのなら・・・」
陸鳳の片腕が、菱王の持つ剣を叩き落とす。
「こんな事で、揉めている間にも、危機は迫ってくる」
エルタカーゼは、叫んだ。
「この地の獣神達は、自分達の領域を守ろうとはしないの?」
その時だった、一面に炎の渦が舞い上がった。
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