ぶっ飛んだまま

@rabbit090

第1話

 よく考えたら、最初から壊れていたのかもしれない。

 いや、正確にはそのきっかけは本当の最初から、などではなかった。

 壊されてしまった現実は、いや、その人は、くずおれるように死んでしまったから。


 私はずっと見ていた。

 彼女は、弱い人などではなかった。

 だからとてももどかしいのは事実で、それを何とかしたくて、毎日もがき続けていた。

 うみは、昔からやたらと、男にモテるような女だった。昔って、そう、本当に昔から、私と海が知り合ったのは、幼稚園に入る前だった。

 私の母親は、一人でいることを恐れ、できる限り母親つながりで関係を築けるような集まりに顔を出していた。

 海は、そこにいた、ただ可愛いだけの、普通の女の子だった。

 「葉子ようこ、遊ぼう。」

 「うん分かった。」

 私と海は、べったりと親密な、周りから見ればあの子たち大親友だよねと言われる様な、そんな関係を築いていた。

 それは単に、幼稚園に入る前から知り合い、そして小学校、そして高校までずっと、離れることがなく一緒の学校にい続けたからなのかもしれない。

 が、それは確かに事実なのだが、その話はこんなところで終わるわけにはいかない。

 彼女は、海は、中学生になった頃から、別人のように人格が変わってしまった。

 私は、確かに海と一緒の学校に通っていたが、そうだな、小学校の途中まで、その時くらいまでは遊んだり、していたような記憶がある。

 それは、私の知らない間の出来事だった。

 多分、本当に些細な理由だったのだろう。

 海の母親は、病気で亡くなった。それは、もちろん知っている。私の母も、仲良くしてた海の母親が死んでしまったことにはショックを隠し切れずにいた。

 が、だが、もう、嫌になる。

 本当に、人ってそんなくだらないことで、こうやって人生を断ち切られるのかと考えると、苦しくなってしまう。

 きちんと大人になれて、そして人生を紡いでいける強さをまだ持っていて、それで後は惰性で暮らしていけるのなら、どれほどいいのだろうかと、今は思う。

 

 「死んだって?え?」

 母は、その事実を淡々とした顔で告げた。

 私は、それを知ってから、自分の中の何かが、壊れていくような気配を感じ続けていた。

 「海ちゃんが、死んだって。」

 ああ、それって、だからつまり、とか、言い訳ばかりが頭をめぐり、でも私は、海が壊れていることを知っていた。

 彼女は何度も自分を修復しようと試みていることも知っていたし、しかし物で例えれば、そうだ。

 いつも使われる典型的な、粉々になった器は、もう戻らないというあれ。まさしく、そんな感じ。私はずっと感じていた、海が苦しんでいたことも、彼女が壊れていたことも。しかし手を差し伸べようとは思わなかったことも、全部。

 ならなぜ、そんな風に見ないようにして、目をそらしていた彼女のことが心に残るのか、それは今でも分からない。

 海は、目を伏せていた。

 目を伏せて、一度、私に言っていた。

 「大学、決まったんだって?良かったね。」

 その声は頼りなく、一音一音に不安が混じるような、そんな不安定な音で、ずっと昔の、平然とした態度で生きていた海とはまさしく別人だった。

 「海、海。」

 少しだけ発音してみる、名前を、呼んでみたらなぜか、心が塞ぐような感覚になってしまった。

 助けたかった、現実を変えたかった、もっと前から近づいて、もっと前から手を差し伸べて、彼女をあんな地獄に落とすようなことにはしないで、私は、そんなことばかりを念じていた。


 海は、ひどいいじめに遭っていた。

 小学生と、そして中学生の頃、私と違うクラスになった時、その可愛さと、そして不安定さを標的にして、彼女の自尊心をそぎ落とすような日常を、送っていたらしい。

 この話は、そのクラスにいた同級生から聞いた。

 派手な子に、いじめられていたのだと。

 その内容が、とてもひどかったのだと。

 が、それ以来、彼女の態度は、本当におかしかった。

 どうしたの、と昔を知る子はよく声をかけていた。

 私も、「海、久しぶり。今日どっか行かない?たまにはいいよね。」と、誘ってみたりしたけれど、海は、「ごめん、誘ってくれてありがとう。でも、ちょっと用事があって。」と毎回断っていた。

 その声には疲労がズシリと深く乗っていて、立ち入る隙がなかった。

 だから、同じクラスでもないし、コンタクトも取れなくなった彼女を、たまに学校の廊下などで、見かけるだけだった。

 少し身なりを小ぎれいにすれば、かなり可愛いくなれるのに、彼女は目を伏せ、そして周りから、世間から、どんどん離れていくようなのであった。

 

 そして、そうやって変に、なってしまったというのだろうか、それも適切ではないような気もするが、でも、彼女は死んだ。

 それは紛れもない事実で、私は、今ただずっと祈っている。

 祈っている、というのだろうか、それは違うのかもしれない。

 つまり、だからとにかく、そう、考えているのだ。

 分からない答えを、海は、死んでしまった。しかし私は何もできなかった。ただちょっと、不幸に見舞われていただけの彼女が、世間から遠ざけられ、彼女も世間を遠ざけ、そして消えた。

 ここは、そういう世界なのだ。

 私はそれを、知っている。

 


 

 

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