第5話
「凪!」
事情聴取が終わって警察署の建物を出ると、凛がそう言って抱き着いてきた。
「凛!? 急にどうした……」
「急にって……馬鹿。心配して損した」
「死んだとでも思ったか?」
「それは……バイタルデータを見ればわかる」
「でも、心配してくれたんだな。ありがとう」
「あっ……ありがとうなんていいから。それが仕事だし」
でも、よかった。と凛は呟いた。
そして警察署の敷地を出ようと前を見ると、そこには見覚えのある男がいた。
「凪……」
「父さん」
「よかった……無事で」
「今更……何言ってんの」
「そうだよな。悪い」
俺は父親のことが好きではない。
俺の父親――
そんな研究をしていた大輔は、俺が生まれてからも研究を続け、家に全く帰ってこなかった。
俺の母親――
ちなみに馴れ初めは三羽大貴が山吹大輔の会社に出向したことによって行われた合コンらしい。
そして大輔が家に帰ってこないことによって千夏は実質一人で俺を育てることになり、ストレスが溜まっていた。だが大輔はそれに気づかず、千夏もそれを隠し、俺は裏で暴力を振るわれた。いわゆる児童虐待というやつだ。
それが続いて、六歳ごろ。千夏は交通事故で死亡した。俺の目の前だった。俺は何かを察したのか、事故を自ら回避していた。
大きくできた血だまり、変形した体、血の匂い、雑踏と悲鳴、サイレンの音、鮮血の色。今でも鮮明に覚えている。でも全く悲しくはなかった。
それから俺への虐待が判明し、大輔は急に父親らしく振舞い始めた。帰ってくるようになったし、色々なところに連れて行ってもらった。
その中で、大輔がしている研究のことや、それによって人体が強く作り変えられること、そしてその作り変えた人間でフルダイブのテストゲームをしていること、今の俺がしていることを全て教えてもらった。
だが、父親との距離は未だに縮まらない。いや、元に戻ってしまった。そのきっかけはおそらく、俺がゲームに参加することになったからだろう。
俺はこんな過去から、人を信用しなくなったのだとも思う。
過去回想をしながら父親と軽く話し、警察の敷地を出ると、そこにはもう一人、俺を待っていた人がいた。陽葵だ。陽葵がいることを見た大輔は、速足で先に帰っていった。
「凪、大丈夫?」
「大丈夫。ずっと待ってたのか? ここで」
「う、うん……」
「心配させて悪かったな」
陽葵には心配かけたくなかった。でもそれも無理か。目の前であんなことが起きたんだから。
「あの人たちって、ゲームの人?」
「うん」
「何で、あんなことを……」
「理由は聞かない方がいい」
供述している内容では、次勝たないとゲームを続けられないほど金銭的余裕がなく、それを防がれたから、死ぬつもりで殺しに行った。というような話だった。おそらく、噂に聞く借金のことだろう。だからって……
「あんな危険に巻き込まれても、まだゲームやるの?」
「……やる」
「何でそこまでして……」
「俺はやりたくてやってるわけじゃない。でも、辞めることもできない」
「何で……」
「聞かない方がいい」
「でも、聞かせて。凪は唯一の友達だから」
「後悔するぞ」
それでもいい。と陽葵は言った。
病弱で入退院を繰り返していたおかげで友達がいなくて付き合い方もわからなかった陽葵と、虐待の上で目の前で人の死を見た俺。二人を引き合わせた双方の親たち。そんな関係で知り合った俺たちだったが、それでもなんだかんだ仲良くなっていた。
そんなある日、学校の帰り道。
いつも通り俺たちは二人で帰っていると、急に陽葵がうずくまり、苦しみ出した。でもそこは横断歩道の上。ここでずっと止まっているわけにはいかない。
「陽葵、大丈夫か!? 一回動こう、あっちまで」
そう声をかけるが、もうそれどころでは無さそうだった。
俺はどうしたらいいかわからなかった。
その間に信号は赤になり、青になった道路から勢いよく角を曲がってくる車があった。その瞬間、母親のことがフラッシュバックし、大切に思う陽葵だからこそ死なせたくないと思い、体が動いた。
そして俺は陽葵を突き飛ばして歩道に移動させた。だがその時には車はすぐ目の前にあり、俺はそのまま跳ね飛ばされた。
意識が戻ると、そこは病院のベッドの上だった。体は重く、息も苦しかったが、生きていると実感した。
だがその後、父親から、俺の体はダメになっていたと言われた。そしてそれを、研究していた技術で再生し、今生きていると言われた。
俺の体はその技術によって普通より強く作られ、身体能力も高くなっていた。
そして、その体を持つ人間に課された義務が、フルダイブ技術のテストゲームに参加すること。それで治療費がチャラになるらしい。
テストゲームの世界はは見ている以上に怖くて痛くて、狂っている。前に父親はそう言った。なのに何で息子をその世界に入れるのか……全く意味がわからない。
助ける術があるのに、目の前で死んでいくのを見たくなかった。そんなことを父親は言った。俺のエゴのために生きていてくれ、とも。
自分のせいで妻を亡くし、息子を苦しめ、先に死んでいった。そんな事態は耐えられないのだろう。
いっそのこと死んでいればよかったと思ったが、もうこうなった以上、どうすることもできない。
そうやって俺はゲームの世界に飛び込んだ。
つまり、俺は親のエゴで生かされ、ゲームをしている。自分の意思ではない。
「私のせい……なんだ」
「そんなことない」
だから後悔すると言ったのに。
「ごめんね、凪」
「父親のせいだから。それに、ゲームやってて楽しいし、大丈夫だって」
勝てば嬉しい。勝ち続ければ楽しい。意外と俺はゲームに向いていた。
だが、さすがにこんな言葉では陽葵の曇った顔は晴れなかった。おそらく、一生引きずる。
「あなたは、ゲームの関係者?」
陽葵は急に影を潜めていた凛に話を振る。
「はい。エンジニアの白星凛と申します」
「そう……あなたから来てたんだ、名前」
「普通のことです。プレイヤーはエンジニアから苗字を取ります」
「そうなの」
凛も陽葵が身バレした幼馴染だとわかっているので、円滑に会話を続ける。
「凪のこと、よろしく。凛ちゃん」
陽葵は凛にニコッと笑ってそう言うと、走って行ってしまった。
「おい、陽葵……!」
引き留めるように声を発するが、引き留めたところでかける言葉もない。
「凪……」
「凛、こっから全勝する。陽葵のためにできるのは、それしかない。俺が幸せだって、見せつける」
「……わかった」
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