第29話 お口に合わない双子百合。
誉は話と同時にケーキを食べ終えて、得意げに言った。
「さて。お姉のことを正しく理解してくれたかしら?」
宵待誉は、宵待茜の
ただ、最愛の姉を布教するためだけに。
「ふふっ。零奈さんとの仲を引き裂いたりしないで、むしろ理解の助けになる……なんて優良な妹かしら!」
純粋な善意で、はた迷惑に。
誉の話を、咀嚼して。
零奈は思う。
──ああ、確かに、間違っていたのはわたしだ。
と。
茜が妬ましかったのは彼女が、絶望しない、諦めない、負けず嫌いな新人だからだ。
挫折を知らないからこそがんばれるのだと、思っていたからだ。
この解釈は間違っていた。
絶望はもう済ませてある。
諦めるタイミングはもう逃した。
最初に負けて、最初から折れてるから、負けるのがあり得ないほど嫌いで。
だから勝つまでやると決めているだけ。
努力が報われないかもしれないことをとっくの昔に知ってるから。
受け入れていて、ただ淡々とがんばれるだけ。
あっけらかんと希望を語れるだけ。
それでも真っ直ぐに瞳を輝かせてアイドルをやれる人間なだけ。
そこまでは、理解できた。
だけど。
(馬鹿じゃないですか……あり得ない)
『人を救うために医者になる』と決めた誉は、まだ合理的だ。
『人を生かすためにアイドルになる』なんて。
やり口が迂遠で、理屈が通ってない、意味がわからない、普通に馬鹿だ。
けど。
ならば。
秘密を明かしたあの夜の。
『わかった。じゃあ死なせない』
あの即答は。
軽々しく答えたから早かったのではなくて。
茜は、本気の本気で言ったのではないか。
茜というアイドルにとって、誰かを生かす希望になることは、当たり前で、原点で、だから零奈の『死にたくない』という言葉が、比喩表現以上に直接的に、伝わりすぎていたから。
打てば響くように、即座に応えてくれただけだったんじゃないか。
(……じゃあ、やっぱり、どう考えてもわたしが悪いじゃないですか)
零奈は、空っぽになったお皿を前に。
カップに残った黒いコーヒーに映る自分を見つめる。
苦々しく唇を結んだ自分の姿は、茜よりもよっぽど馬鹿に見えた。
カフェの窓から外をふと見ると、もう暗くなっている。
だけど道路の向こう側で、明るい髪色の女の子が走っているのは、とても目立った。
茜だ。
カフェの窓越しに零奈を見つけて、手を振りながら、大型犬のように目を輝かせてこちらに走ってくる茜に、零奈はすんっと真顔になる。
(……ばかっぽい)
自分も誉も、なんだか難しく考えすぎじゃないか?
茜って、ちょっぴりアホで大人しいくせに脳筋だから、折れたり絶望しないだけじゃないか……?
零奈は溜息を吐いて、窓からは隠れた柱の位置に座る誉に言う。
「カフェ、出ましょうか あなたのお姉さんが来ましたから」
◆
キャッシュレスで手早く支払いを済ませ、店を出たところで、零奈はスマホの通知
に気付く。
(…………?)
自分の投稿がバズっているわけではないけど、引用などで誰かのバズに巻き込まれている時の通知の溜まり方をしている……。
SNSを開いて、零奈は絶句した。
「な……」
バズっていたのは、久遠天音の投稿で。
久遠天音が茜の頬にキスをする画像だったからだ。
それに巻き込みを喰らう形で、零奈の過去の、百合営業投稿が伸びていた。
「零奈〜! おまたせ」
信号待ちで足止めされていた茜は、何も知らず、零奈の元にニコニコと駆けてくる。
そののほほんとした顔面に、零奈はスマホを突きつけた。
「せんぱい! なんですかこのキス画像!」
「う、あ、それはその……」
途端、しどろもどろになる茜に、追撃。
「わたし以外とキスなんて! 浮気ですか!?」
「そもそも付き合ってないよ……!?」
誉は後ろで腕組みをしながら、満足げに頷く。
「さすがお姉。モテモテね。妹として誇らしいわ」
茜は、どうやら今まで零奈しか目に入っていなかったらしい。
誉の存在に初めて気が付いて、飛び上がった。
「ええええ! 誉、なんで東京いるの!?」
「模試」
「なんだ、模試かぁ」
「ツッコミなさいせんぱい、なぜわたしと一緒にいるのかと!」
などと、突っ込んでいる場合ではなかった。
早くこれがバズなのか炎上なのか、確かめないと……。
と、SNS を急いで追って、零奈は、別の投稿が流れてくるのを見つけた。
『隅田川でギャルがなんか逆立ちしてんだけど』
との呟きと一緒に、写真が挙げられている。
遠景で後ろ姿だったけど、そのピンク髪は確実に茜だったし、その投稿に繋げられている会話を見たら……
『こないだ炎上してたアイドルじゃね?』
『アイドルは倒立しないだろ』
『宵待茜って子かな。してるっぽいぞ、筋トレ配信で』
『あ、確定。配信で着てる私服と同じだわ』
完全に、特定されていた。
「…………」
零奈はスマホを、指がめり込むほど強く握った。
「せんぱいぃ〜!? なんでっ、一日に二回も炎上できるんですか!?」
「ち、違うの! 天音が悪い、わたしは悪くない……!」
零奈の真似をして、わたわたと責任転嫁を始めた茜に。
勢いよく零奈は詰め寄る。
「逆立ちの方はどう考えてもせんぱいが悪いでしょうがっ!」
「違うの〜!」
誉は、シスコンの割に助けにも入らず、その様子を頷きながら見ていた。
「れなれなのツッコミにキレ味が戻ってきたわ。ぎくしゃくしていたのは、もう心配要らなさそうね」
「あ、ほんとだ……なんで? 誉、零奈と話した?」
零奈に胸ぐらを掴まれたまま、茜は訊く。
「ふっ。ひみつよ」
「相変わらず、誉はミステリアスだね」
「どこが!? あなたの妹、ただの奇怪な厄介オタクですよ!?」
「? 零奈、何言ってるの……?」
「ふふ。そうなの。私、ミステリアスで素敵な妹なの」
「〜〜〜〜!」
別に、仲直りなんてしてない。
ただ、茜も誉もボケているから、二人揃うとまともな零奈にはツッコミを耐えられないだけだ。
(……と、突っ込むのも負けな気がする! 耐えなさい、わたし!)
茜から手を離し、す〜は〜と零奈は深呼吸。
アンガーマネジメント、六秒耐えれば心の刃を収まめることができるはず……。
だが、その六秒の間に。
問題は起こる。
「じゃあ私、地元帰るから」
「あ、うん。お疲れ。なんかよくわからないけど、ありがと?」
「お礼言われることなんて何もしてないわ」
本当にね。
「またね」
そして、茜と同じ背丈の誉は、背伸びをすることもなく、その頬に。
──ちゅ。
とキスをした。
零奈は、耐えられなかった。
「なんですか今の!?!?」
また!! わたし以外と!! キスしてる!!
正確には、キスされてる!!?
誉は振り返り、不思議そうに答える。
「何って……さよならのちゅーだけど?」
茜もまた、同じ表情で言う。
「え? しない?」
「しませんよ普通!」
「家族なら普通だよ」
「普通よ」
しれっと答える二人に、零奈は拳を握り締める。
「…………」
零奈は、百合のオタクだ。
ナマモノは食べない主義とはいえ、いち消費者として、女の子と女の子が仲が良いのは
でも。
この姉妹は、口に合わない。
少なくとも、妹、宵待誉のことは。
(悪です! 悪……!)
なんだか、とっても、気に食わなかった。
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