出来損ない主婦一旗揚げる

乾禄佳

第一話

「俺は仕事に行ってるのに、お前は一人優雅に茶を飲んでいるなんていい身分だな」


ドゴッという音がなる程腹を強く蹴り飛ばす。「ゴホッ...おぇ」蹴られたせいで床に吐瀉物をまき散らしてしまう。


「汚ぇな!」


 床を汚した事により更に顔をけられる


「おまえ掃除しか能がねぇんだからよ!やっとけよ!!やらずに逃げたらどうなるか分かってるだろうな?!!ぁ”あ”!!!」

「.......h...はい...」

「おまえは夫の俺がいて飯が食えている事を忘れるなよ!!」


 捨て台詞を吐き捨て家を出ていくビリー・ブア。そして、一人家に残されたアンは痛くて重い体を引きずりながら床の掃除をした。この一連の流れがアン・ブアの日常だった。


(稼ぎがないから従うしかないけれど...このままじゃ死んじゃう)


 アンは生活費と称して夫が1万デリーこれは、一人暮らしの人が一か月生きていくのにギリギリの金額。それの金額で夫婦二人で生活するにはとても厳しいものだった。一度アンは、夫にもっと生活費を入れて欲しいと頼んだことがあった。しかし、ビリーは聞く耳など持たずあまつさえアンを殴り「贅沢しすぎなんだよ!!てめーは!!」と再び殴った。


(もう、こんな生活は嫌。)


 ビリーが家に金を入れない、入れられない理由はギャンブル。アンがいくら辞める様に言おうが返って来る答えはいつも暴力。しかし、借金は膨れ上がる一方。

 夫婦という関係性もありビリーはアンの名前で借金を借りアンの借金は2億デリーっとなった。これは、もう一生働いてもとても返せる金額などではなかった。


「奥さぁん、返してくださいよぉ。こちとら早く返してもらわないと困るんですよ」

「すみません...。でも、返せるお金がなくて...」

「なら娼婦とかあるでしょ?まぁ...あんたみたいな骸骨に金を払ってくれる奴がいるかどうかな。はははは!!」


 借金取りが言うようにアンは骨と皮しかついていないと形容しても良い程に痩せていた。それは、生活費を抑えるために自身の食事を減らしているから。最初の頃は少ない食事を半分にしていたのだが、少ないと暴力を振るわれなくなく生きていけるだけの少ない食事を摂るようになった。


(このまま明日が来なければいいのに)何度もアンはそう思っていた。毎日殴られ蹴られ疲弊した心に一筋の光の様にその言葉やって来た


「奥さん生きてるか?あんたに死なれると困るんだよなぁ。借金返してもらわねぇと」

「...ハハ...こんな骸骨みたいな私を雇ってくれる場所なんてありませんよ...」

「...あんた命を懸ける勇気はあるか?」

「...今だっていつ殴り殺されるか分かりませんよ」

「なら、丁度いい。冒険者って知ってるか?」

「...いいえ」

「異形の動物が増えたことは流石に知ってるよな?」

「はい...。街で何度か見かけたことがあります。最近は、見ないのでいなくなったのかと...」

「それはえらい学者様がシールドってやつを作ってくれたおかげで町には奴らが入って来られなくなったんだが...そんな事はどうでもよくてよ。あんた冒険者にならないか?」

「...冒険者ですか?」

「そうだ。普通に稼ぎに出たら月に5万デリー稼げればいい所だろう。冒険者なら100万デリーは余裕で稼げる。これなら利子と元本両方返せるだろ?」

「確かにそうですが...私を雇ってもらえますかね?」

「大丈夫だろ。冒険者なんていつでも募集してるしな。ただ、討伐系の依頼が多く命を落とすものや四肢がなくなってしまったりと無事ではいられない」

「その分給料がいいのですね...」

「ここであんたには選択肢がある。冒険者になって借金を返すか今ここで俺に殺されるかっだ」


 先ほどまでにこやかに話していたはずの借金取りのお兄さんが急に2択を迫っていたと思ったらまさかの2択でアンは驚いた


「いや~、俺も出来れば殺したくないんだが。あんたの旦那なあんたが生きてる限りどんどん借金増やすんだわ。まぁ書類上はあんただからさ。上からどうにかしろって言われててさぁ。

 旦那にも取り立てに行ったんだが門前払いこっちとしては取り返せない所にもう貸したくないわけよ。それで、上から自殺に見せかけて殺して来いって言われたわけよ。まぁ、俺としはあんた殺すのは可哀想だから返せる当てを教えたわけ...で?」


 にこやかな顔から一気に真顔になりアンは決断に迫られた


(お兄さんは本気だ。冒険者に本当になれるのかしら...でも、このまま殺されるのは嫌だし...)


 どうする?と急かす借金取り。アンは、いつも明日が来なければいいと思っていたがいざ他者に虫を殺すかのように他者に決められた死を受け入れることが出来なかった。


「...冒険者に...なります」

「そっかぁー。良かったよ。そう言ってくれて」

「ただ、どこに行けばなれるのですか?」

「そっかぁ、知らないんだね。じゃあ、案内してあげるよ」


 再びにこやかになった借金取りは、アンに回復薬を掛けた。すると、傷や怪我はみるみる内に治りアンは久しぶりに痛みのない体に歓喜した


「これは?」


 空になった瓶を手に


「これは回復薬しかも中級のね。これ高いんだよ?感謝してくれよな」

「え...」

「あ、借金には加算しないから手に入れたら俺にくれればいいよ」


(良かった...)


 思わずホッとした。しかし、現物を返すのも至難の業だった。それが何処に売っているかもわからない。


「でも、いつになるか分かりませんよ?どこに売っているかもわかりませんし...」

「あぁ、まぁ。冒険者になれば使うから分かると思う」

「はぁ...」


 借金取りのお兄さんはフレンドリーに冒険者協会の場所を教えてくれた。


「ここで、冒険者になれるから行ってみろ。それじゃあ、俺は一か月後に来るからそれまでに用意しとけよー」


 後ろ手を振りながら去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまでアンは頭を下げ見送った。


 

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