第54話 4-11 B29と北太平洋の戦い
1930年代(1934年5月)に始まった米陸軍の『プロジェクトA』と呼ばれる航空機製造計画の最終形の一つがB-29であった。
計画が進展したのは、欧州戦線でドイツの侵攻が深まってきたためである。
ドイツ空軍の優秀性からそれに対抗するためには、高々度で長距離を飛行できる爆撃機が必要とされたのである。
一方で、欧州戦線に参戦してからは、ドイツ空軍と張り合ってみて、し烈な航空戦で相応の被害を生じながらも、徐々にドイツ軍を押していたことから、試作中の爆撃機を投入するメリットが左程に感じられなくなったのであろうか、米陸軍総司令部は若干の方向転換をすることにしたのだ。
新型機は対日戦で使用した方が良いと考え出したのだ。
日本軍の手の届かないところから、首都及び大都市を爆撃して継戦能力を奪うことが最も適していると考えられたのであろう。
依田のお宅知識では、インドのカルカッタから中国の成都に進出して、そこから日本本土の空襲を行う計画(トワイライト計画)が立案され、当初は1944年10月とされていたものが、同年4月に前倒しされ、マッターホルン作戦として動き出す筈である。
ところで現世は、米軍のぼろ負けで推移しており、ほかにできることが無いので、この計画がさらに前倒しされている可能性もある。
しかしながら、中華民国と大日本帝国は講和が締結されていて、条約の内容から言えば米軍の基地を中華民国は提供できないことになっている。
米国も秘密裏に中国側と交渉したものの、中華民国の昌懐石は日本軍の怖さを知っているために首を縦には振ってくれなかった。
特に英国や英連邦諸国が軒並み中立国でいるのに、中華民国のみが米国に肩入れすることは危険と判断されたのである。
米国も中華民国の
また、仮に英領インドのカルカッタが英国の了解を得て使用できたにしても、カルカッタから飛び立って爆撃できるのは、タイ王国のみである。
タイ王国と日本は安全保障条約を締結しており、日本軍の駐留軍も居るがその勢力はさほど大きくはない。
むしろタイ王国の空軍が日本の協力を受けて育ち、東南アジアでは大きな勢力になってきているのである。
その一方で、依田の知っている記憶とは異なり、日本軍は仏印進駐はしていないし、マレー半島やシンガポールそれに蘭印へも侵攻していないのである。
現状で日本軍は、米国の信託統治領であった太平洋の島嶼とフィリピンしか占領していない状況にある。
そもそもインド領カルカッタの航空基地使用でさえ英国政府から明確な条件が付けられている。
日米戦争については英国は中立国であり、豪州の管理するポートモレスビーと同様に、戦闘に無関係な補給は行えても、日本領域への爆撃などの根拠地として使ってはならないと言い渡されていたのである。
このためにトワイライト計画そのものが成立しなくなったのだ。
残るのは仏印当たりを根拠地として使えるかどうかだが、仏印政府も生憎と後ろ向きの姿勢であったので、米国としては日本本土攻撃を実行するためには千島列島、若しくはグアム・サイパンを占領して基地化し、そこから本土空襲をかけるか、若しくは、ソ連領内での活動を企てるしかなかった。
ソ連については、対ドイツ戦において半同盟国ではあるのだが、ロズベルト大統領が容共的な政策を取っていても、共和党がその政策に対しては非常に批判的であり、特に陸海軍の幹部がソ連との共同軍事計画には徹底して後ろ向きで、米国の最新鋭機をソ連領土内から飛ばす計画についてはこぞって反対した。
このために総司令部としては、トワイライト計画の改定版として、ウェーク攻略を一時棚上げして、取り敢えず千島列島からの侵攻を検討する方向になったのである。
依田の記憶では、B29の実用機が生産されるのは1943年6月のことであり、それまでに何度も国内で事故を引き起こしている。
前世の1944年4月にはB29を想定した指揮運用のため、アメリカ統合参謀本部に直属する第20空軍を創設していた。
また、同じく前世の1944年6月5日にカルカッタの第20爆撃集団にタイ首都のバンコクの爆撃があり、戦闘で墜落機は無かったが帰還途中に5機が墜落している。
更に、前世の1944年6月13日に83機のB29が英領インドから成都の飛行場に進出、成都から八幡製鐵所を主目的としてB29による日本初空襲が実行され、八幡を初の目標としたのは統合参謀本部の命令であった。
1944年6月15日、B29は75機が出撃したが、7機が故障で離陸できず、1機が離陸直後に墜落、4機が故障で途中で引き返すこととなり、残りの63機だけが飛行を継続した
前世でB29が人目に晒されることになったのは、1943年2月に発生した試作二号機の墜落事故からだろう。
これは民間のビルにB29の試作二号機がエンジン火災によって墜落、搭乗員とともに民間人にも死者が出た所為で、報道へのリークを免れなかった。
この墜落情報は海外にも流れ、日本でも入手出来ていたものである。
だが、現世ではこの情報そのものが流れて来ない。
事故が起きなかったか、あるいは起きても民間を巻き込んでいないので報道が抑えられたかのどちらかだろう。
私としては後者だろうと見ている。
依田の知識では、ライト R-3350というエンジンは、マグネシウム合金を多用し、加熱により発火しやすいエンジンであったために、実用機でもたびたびエンジン火災を起こしているのだ。
従って、試作機の段階で事故が起きなかったという可能性は極めて少ないと思われる。
翻って、現世においてはB29実用機は1944年の早い段階では出来上がっているものと見なければなるまい。
問題は、適当な航空基地が太平洋側に無いので米国がどのように太平洋戦線に投入するかだが、ウェーク島ではおそらく迎撃できるだろう。
一方でアリューシャン方面は、現状で海軍さんが四菱の旋風を、陸軍さんが一式戦闘機を中心に配備しているのだ。
どちらも蒼電や蒼電改より劣った機体ではあるが、アリューシャン方面はこれで耐えられるとみているのだろう。
実際にアダック島に進出してきた米軍とは損害を出しつつもそれなりに渡り合っている。
これも早期警報システムが効いているからなのだが・・・・。
仮に、ここへB29を投入されれば、島の日本軍はひとたまりもないかもしれない。
B29の防弾性は高く、速度も速いので旋風や隼では撃墜は難しいのだ。
まぁ、爆撃しようとすれば低空に降りざるを得ないところが欠点で、その際に被弾すると基地に戻れなくなる場合もある。
吉崎航空機製作所では、特段、蒼電や蒼電改の生産機数を制限しているわけじゃないのだが・・・。
軍としては、四菱や仲嶋もそれなりに使ってやらねばならないのだろうね。
旋風や隼については、そこそこ、タイ王国や満州帝国には輸出されているらしいが、蒼電や蒼電改については輸出そのものが禁止されている。
アッツ島あたりを米本土爆撃の基地と考えるなら早めに手当てをしなければならないかもしれないと考えているところだ。
◇◇◇◇
太平洋では小康状態が続いている。
米軍側に攻撃手段が無いというのが一番の原因である。
日本軍はウェーク島を占領して以後は、太平洋の南半分では特段の攻勢も示していないのだ。
一方で北太平洋側は非常にきな臭い。
アリューシャン列島のニア諸島(アッツ島及びアカツ島)を占拠した日本軍は、続いてラット諸島(キスカ島、リトル・シットキン島、アムチトカ島)に触手を伸ばしている。
特に、アムチトカ島はアラスカ半島にある米海軍基地コールド・ベイから1200キロ余り、キスカ島でも1300キロ余りの距離となるので、ここまで接近するとなると戦略的にも要注意なのだ。
米軍は早急な対策として、アダック等に要塞と航空基地を築き始めたのであった。
アダック島からならば、アムチトカまで300キロ、キスカも400キロほどの距離なので十分に航空機の攻撃範囲に入るからである。
但し、アリューシャン諸島海域の特異な気象海象により、基地の建設は思いのほか時間がかかった。
そうして、最新鋭のF6Fなどの戦闘機や爆撃機などを配備するよう準備を進めていた。
しかしながら、米軍幹部が大いに期待をかけている新型爆撃機は今のところ実戦に出せる状態ではないのだ。
1943年までにXB29の機体は一応完成していたが、大馬力のエンジンが未完成であった。
エンジンカウルを極限にまで絞った設計のためにシリンダーの冷却不足で加熱しやすいことが未解決のままであった。
特に重量軽減のために特殊合金を多用したが、これが発火しやすく事故が起きていたのである。
ゼネラル・エレクトリック社製のターボチャージャーを装備したライト社のエンジンは前途多難であった。
燃料供給方式はキャブレター方式であったが、高々度では確実性が保てないことから噴射式に変更してようやく試験運用が可能になったのが1944年であった。
このために、日本軍のアリューシャン列島方面の進出に対抗する爆撃機は、その時点ではB17やB25ぐらいしかなかったのである。
そのためにアラスカの陸海軍は、ニア諸島やラット諸島方面への兵力展開を渋っている。
コールド・ベイからの距離が離れている(アッツ島まで1500キロ、キスカ島まで1250キロ)ことが主な理由であったので、アダック島及び可能であればアムチトカ島に前進基地を設けることで日本軍を抑えることもできるものと国防総省では判断していた。
米国が一旦動き出すと基地の建設等は比較的早いのだが、海象気象の故に計画よりも二か月遅れて最初にアダックの前進基地が出来上がった。
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