第45話 4ー2 開戦のきっかけ
俺は駆逐艦
本艦は1936年に就役を始めた艦であり白露型の一番艦でもある。
ただし改装が色々続いている艦なのだ。
電気溶接を多用することで軽量化を進めた艦でもあり、その意味では先進的でもある。
但し、残念なことに俺の艦は、この4月に第一艦隊第一水雷戦隊を外され、樺太分遣艦隊所属となってしまった。
第一艦隊水雷戦隊は海軍の中でも花形のはずであり、いまだ新鋭艦の域を出ていないはずの白露がなぜ第一水雷戦隊からはずれ、冬場氷海にもなってしまう樺太くんだりにまで派遣されるのかがよくわからなかった。
尤も、この樺太の野頃に来る前に、釧路に入って改修を受けたのだが、こいつがとんでもない改修だった。
第一にレーダーの装備だな。
横須賀の海軍工廠あたりで実験を進めているとは聞いていたが、もう実用化されているとは知らなかったぜ。
尤も、話を聞くと、こいつは吉崎重工が生み出したものだそうだ。
水上艦ならば24カイリ程度、航空機ならば条件さえよければ200キロ先の位置と方向が分かる優れものだ。
但し、釧路造船所の技師に言わせると、白露の対空武器では航空機を落とすのは難しいかもしれないと言われてしまったな。
何となくけなされた感じで気分が悪かった。
次の装置は、水中聴音器だな。
今までも潜水艦対策などで海軍でも水中聴音器は種々使われていたんだが、概ね船尾から聴音のための集音器を曳航するタイプだった。
そうするのは自分の艦の雑音を拾うのを防止するためであり、時には500mほども距離を離さなければ使えないものだった。
だが、吉崎重工釧路造船所で行った改装では艦首船底部を一部切り取って新たな集音器を備え、同時に艦隊中央部付近に音波発信機を据え付けて海中の物体を確認しようとする代物だった。
これまでは水中聴音器の性能もあっておおよその方角と距離がある程度推測できるだけのものだったのだが、今回搭載した機器は正確な方位と距離が割り出せるんだ。
驚くべきことにそいつをブラウン管の中に色付きで表示できるんだから一目瞭然だよな。
無論海底に艦底が抵触しては使えないんだが、例えば港の中の水深なんかもはっきりとわかる代物だ。
造船所の連中にしつこく言われたのは、「新型装備は軍機だから外部の者には絶対に見せるな。」と言うことだった。
まぁ、確かにこれまでのものに比べると確かにすごい性能だと思う。
何しろ10マイル以上も離れたところにいる僚艦のスクリュー音が聞き分けられるんだ。
その聞き分けなんだが人の耳ではできない音の違いを機械に読み取らせ、音紋というデータを取ると区別ができるんだそうだ。
従って、乗員にはさらなる訓練が必要になると同時に、音の計測に当たっては余計な音を出さないようにする配慮も必要になるらしい。
まぁ、常時静かにするってのは難しいんだが、時間を区切ってやれば左程苦にもならんだろう。
装置の方は、発信源からの方位・距離を測って位置を測定する装置と、予めこちらから特殊音波を発して反射波を拾うことにより方位・距離を計測する装置もあるんだそうだ。
うちの通信員が担当になるので詳細はそいつらに覚えてもらってはいる。
また、もう一つの装置は対潜水艦用の攻撃兵器だった。
それまで白露が搭載していた対潜兵器は、艦尾から爆雷を投下する方式の装置だったが、今回新たに取り付けたのは、爆雷には違いないんだが、これまでの爆雷に比べるとものすごく小さい爆雷複数を、狙った場所に一斉投射する装置だった。
こいつの最大投射距離が概ね500mほどにもなるので、水中聴音機で相手の位置を確かめ、そこに向かって包囲するように複数の爆雷を
当然に未だ実戦はないが、一斉投射だけでなく、単発での個別投射も可能になっている。
ドックの技師の説明では、単発投射は相手潜水艦に対する警告の意味合いで使うのだそうだ。
従って、この警告射撃の場合、爆雷自体は命中を狙わずあえて少し離れた位置に落とす。
敵潜水艦を本気で攻撃する場合には、目標周辺にばらまくように12基の小型爆雷(対潜弾)を投射するんだそうだ。
そうすれば90%以上の確率で相手潜水艦にダメージを負わせることができるそうだ。
最新兵器と言うのは十分わかったが、何でそんなものが白露に要るんだと思ったよ。
だが野頃に着任してすぐに思い知ったよ。
此処が火のついた導火線を持つ火薬庫を抱えた最前線だということが・・・。
海軍の仮想敵国である米軍の潜水艦が盛んに領海侵犯を企てるらしい。
海上には怪しげな漁船もいるんだぜ。
そいつらが海上にしろ海中にしろ、帝国の領海内に入る前に警告を与えるのが俺たちの仕事だ。
そうして俺たち分遣艦隊だけでは数が足りないので、最新鋭の潜水艦も配備されているようだ。
但し、俺たちの目に触れないようにブンカーに隠されており、行動中は常時潜水していて滅多に姿を現さないということだった。
この新鋭潜水艦がかなり遠くまで哨戒を行っていて、適宜秘密通信で艦船の航行状況を知らせてくれるらしい。
従って、俺たち駆逐艦群が表立っての
漁船なんぞは俺らが近づいて行っただけで
漁船に関しては接続水域に入ることも原則許していない。
従って、漁船等の海上船舶について、満州国以外の外国船は接続水域の外に全て排除している。
潜水艦については、潜水中は国籍が不明なんだが、帝国海軍の新型潜水艦ならば滅多にソナーに引っ掛からないし、必要とあれば水中聴音器に特殊なデータを送信して来るからすぐに友軍とわかる。
それ以外の潜水艦は、原則として敵と見做すことになっている。
まぁ、
米国潜水艦もソ連の潜水艦もひどい騒音をまき散らしながら航行しているから10マイル以上離れた場所からでもすぐにわかる。
従って、そいつらが現れたら速攻で接近し、真上に位置する。
何時爆雷を落とされるかわかったもんじゃないから、下に居る奴らは不気味で仕方がないだろうな。
そうしてもし敵潜が接続水域に入ったら警告音を発することになっている。
樺太周辺の海底ってのは浅いんだ。
まぁ、そうは言っても大陸棚だから外縁部は200m程度はあるところもあるんだぜ。
樺太のほぼ中ほどにある多来加湾は特に遠浅だから、潜水艦が動ける海域ってのはおおむね決まっている。
因みに樺太と北海道の間にある宗谷海峡なんてのは最深部でも70mほどしか無く、概ね水深30m前後のところが多いんだ。
逆に言えば、そんなところがボトルネックになって、なかなか日本海へは米軍潜水艦は入れないということだ。
ソ連の場合は、その逆に樺太の北を回らないとなかなか隠密行動は難しいということになるな。
現状の話はともかく、最近は特に米国潜水艦が浸入を企てるのが多いよな。
多い時は五日に一度ぐらいのペースでやってくる。
多来加湾にある野頃の油井が帝国の宝物であると同時にアキレス腱なんだ。
だから良からぬことをたくらむ奴には絶対に領海内に踏み込ませないことが必要なんだ。
水上船舶の場合、警告に従わない場合は、威嚇射撃をすることになっており、それでも退去しない船舶については撃沈もやむを得ない。
その際は、白露に搭載されているすべての武器を使用しても良いことになっている。
但し、魚雷は高いからなよほどのことが無い限りは使わないつもりだ。
当然に戦時中は別だがな。
いずれにしろ、これまでは警告射撃どまりで無難に追い返していた。
これまで、白露でも異なる二隻の潜水艦に対して各一回対潜弾の単発投射による警告を与えたことがある。
だが、1942年(昭和17年)9月7日、ついに無茶な奴が現れた。
水深50mほどの海底を這うように進んできて、帝国の定めた接続水域ラインを突破したのだった。
艦名は不詳だが、音紋データでは米太平洋艦隊に所属する潜水艦でうちの分類では「アセー134」とされている。
「ア」は亜米利加の「あ」だし、「セ」は潜水艦の「せ」、その後に続く番号は単なる整理番号だ。
こいつが艦名を持っていて、それが分かっている場合は参照データとして付記されているんだが、こちにはそれが無い。
それと米国の潜水艦が134隻もいるわけじゃなく、太平洋の中でもアラスカやシアトル辺りを縄張りにしていた艦は200番台、ハワイやサンディエゴ辺りを縄張りにしていた艦が100番台になっているようだ。
その意味では比較的に新しい潜水艦ではないかと思うのだが、明確にはわからない。
いずれにせよ無茶をしているのが米海軍所属の潜水艦であることに間違いはない。
白露が現場に居て、さらに別海域で哨戒中の「荒潮」がこちらへ向かってきていたが、我が方の再三の警告にもかかわらず敵潜は潜行しつつ約7ノットの速力でなおも領海線に向けて突き進んでいた。
止むを得ず、分遣艦隊司令部にも連絡の上、対潜弾単発投射による警告を実施、なおもそのまま突き進むので、再度の対潜弾単発投射による警告を実施、これで止まらなければ、領海線を突破した時点で撃沈のための対潜弾投射になる。
新装備の対潜弾の威力は凄まじい。
12基の対潜弾を敵潜水艦を中心に半径70m程度でばらまくと、潜水艦への圧力集中は凄まじいらしい。
廃艦処分となったロ号潜水艦を標的に試したところ、爆圧で瞬時に艦体構造物が
こいつは釧路の技師の受け売りだからどこまで本当かはわからん。
だが、俺自身はそんな攻撃は受けたくはないな。
敵潜水艦にどれほどの人員が乗っているかは知らないが、俺が威嚇攻撃から本物の攻撃に切り替えるだけで、敵潜乗員が大勢死ぬことになる。
浅いからあるいは生き残る奴もいるかもしれんが、潜水艦の主要構造物が圧壊するような爆発にあってなお、柔な人間が生き残るとは思えないんだよな。
だから正直なところ、指令を出すのが怖い。
だがそれを恐れて国益を失うわけには行かない。
そうして敵潜はレッドゾーンを超えた。
俺はマイクに向かって怒鳴った。
「右舷50度方向距離300、一号対潜投射装置全弾発射、二号投射装置はそのまま目標を追尾待機。」
水中聴音機で得た情報は投射装置を操作する者にデータが伝わっている。
敵が複数いる場合は標的を個別に指示してやらねばならないが、今回は一つだけで間違い様がない。
俺の号令一下、12基の対潜弾が一斉発射され、円状に広がって海面に突入する。
爆雷は投下してから目的深度に達するまでにかなりの時間を要するが、対潜弾は海中に沈む速力が速いんだ。
だから海中に没して左程の時間を置かずして海面に盛大な十二の水柱が立った。
生憎と爆発の影響で水中聴音機と言えどもすぐには状況が掴みにくい。
そこでアクティブビーコンを放って状況を確認することになる。
その結果、五分後には、敵潜水艦が圧壊沈没していることが確認された。
それからもなお警戒続行中だったが、白露の後方海面に広範囲に油面が確認できたと見張りが伝えてきたので、初めて警戒態勢を通常時に戻し、要救助者がいないかどうか見張りを増やして哨戒に当たった。
生憎と敵潜水艦の生存者どころか遺体も上がらなかった。
おそらくは全員が艦内で死亡したのだろう。
艦長は何を考えて危険海域に突入したんだろうと思わざるをえない。
潜水艦の
見つかってしまったなら最大の武器である隠密性が失われる。
最初に音響による警告、次いで威嚇のための爆雷攻撃、それが二回続けば自分の位置が相手に察知されているとわかっているはずだ。
帝国が領海を設けていることについても、卑しくも海に生きている者ならば絶対に知っているはず。
にもかかわらず自らと多くの乗員の命を懸けてまで遂行すべき任務があったのかどうか?
はなはだ疑問であり、非常に心痛む思い出となった。
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