第30話 3ー12 黒木武夫中佐 その三

 つまりはこの軽巡1隻で戦闘艦12隻を破壊できるということらしい。

 海面上10mを猛烈な速度で突っ込んで来るような誘導弾を撃ち落とすのは至難の業だろう。


 おまけにこいつは、敵艦の位置さえ把握していれば、事前に飛翔コースを設定して、大きな迂回路を飛んで敵艦の反対舷に攻撃をすることだってできるらしい。

 因みに射程距離は150キロだそうだが、相手の位置がわからないと発射はできないようだ。


 なんだか、これだけでもお腹いっぱいなんだが、対潜水艦用の兵器もこの前部甲板にあった。

 24基分が対潜、対艦用の魚雷なんだそうだ。


 駆逐艦や巡洋艦の魚雷発射装置ってのは、通常甲板上にあって発射の際は横向きになって海面に発射できるようにしてあるはずなんだが、この軽巡では魚雷は空中に発射する。

 途中までは空中を飛び、目標近く(およそ500m付近と言っていた)では海中に入って目標を追うらしい。


 撃ちっぱなしのこれまでの海軍の魚雷と違って、こいつも目標めがけて追いかけるから、相手が如何に回避行動をとろうとも必ず当たる。

 しかも積まれている爆薬はわずかに120キロ程度の重量なのに500キロ爆弾程度の破壊力を持っている奴らしい。


 俺の知っている魚雷では八年式61センチが炸薬345kgだったはずだ。

 その倍近い性能となると流石に声も出ないぜ。


 しかもこいつは浮くタイプじゃなくって潜航している潜水艦にも潜って当てることができるらしい。

 これまでは潜航中の潜水艦を沈めるには、爆雷を使うと相場が決まっていたが、魚雷でも沈められるとなると戦法が全く変わるぜ。


 潜水艦を見つけるのは海中聴音装置というのを使うらしいが、水中では空気中の5倍近く伝わりやすいのだそうで、この装置では軽巡を起点に半径50海里以内の音は拾えるんだそうだ。

 しかも、電子計算機とやらでその音を保存しておくことで、特定の船が出した音なのかどうかを識別できるらしい。


 「音紋解析」とか言っていたが、船によって出す音が違うので、たくさんの船が居ても事前に確認した船を見つけ出すのは簡単だそうだ。

 但し、何らかの音が無ければ見つけるのは難しい。


 そんな時には磁気異常を空中から確認する方法があるそうだ。

 単純に海底に着底してじっと潜んでいる潜水艦も例の搭載攻撃ヘリが探し出せるらしい。


 但し、やみくもに捜索しても時間がかかるだけなので、能動体制の海中聴音装置でおおよその金属反射音を拾うことにより、上空に遷移し、磁気感応装置で位置を確認、爆雷で仕留めるんだそうだ。

 因みに攻撃ヘリはそのための海面投下型の聴音ブイとやらを12基も搭載しているらしい。


 試運転が終了して、寄港のために小笠原の母島に寄った時、軽巡の近くに居た(20マイル以上は離れていた)ろかい船漁船の音まで識別してくれたから、もう驚きなんざ通り越していた。

 この軽巡なら何でもできるんじゃないのかという気になったよ。


 探知範囲の半径50海里って言うと、水平線のかなたにあって普通は目視できないんだぜ。

 その距離で動向を掴まれ、しかも高速で動き回られて百発百中の誘導弾で攻撃されたら絶対に勝てないぜ。


 今造ろうとしている超大型戦艦は浮沈戦艦だとささやかれているんだが、こいつはちょっと怪しくなってきたな。

 数十センチの装甲で覆われていたにしても、空中から襲い来て、厚い装甲を溶かして内部に侵入する対艦誘導弾と空中を飛んで海中から襲い来る魚雷の二つで攻撃されれば、保たねぇんじゃないかと俺の理性が呼び掛けるぜ。


 因みに魚雷の方はスクリュー音を目標にもできるんだそうだ。

 推進器をやられたら最新鋭の戦艦と言えどもただの浮かぶ鉄の箱になるだろう。


 次いで後部甲板に行って、攻撃ヘリと輸送ヘリの離着陸を見た。

 パイロットは今のところ手配できていないので、金谷工場からテストパイロット二人が来ている。


 どちらももうすぐ還暦に手が届く歳なんだそうだが、操縦は実に危なげない。

 攻撃ヘリと輸送ヘリの二機が離着陸を簡単に繰り返し、攻撃ヘリは船から流した標的に実弾射撃までしていた。


 標的は一瞬にしてボロボロ、最後はロケット弾で吹き飛ばされて終了した。

 この攻撃ヘリ一機だけでもかなりの攻撃力がありそうだ。


 何でも対空誘導弾や対潜弾を搭載できるらしいから、潜水艦対策にはうってつけの航空機のようだ。

 しかも装甲の防弾性能は、海軍の40ミリ砲を弾くんだから、まるで空飛ぶ軽戦車だぜ。


 未だ名前も決まっていない新型軽巡の公試運転に立ち合い、驚かされてばかりだったが、この艦は正しく軍機以上の軍機だった。

 いずれにしろ吉崎重工中道造船所には大型艦の係留施設が無い為に、小笠原の母島に秘密基地を作ってそこで保管するという吉崎社長の意向は十分にわかった。


 一見して強そうに見えないが、新型軽巡こいつの戦闘能力は、絶対に敵対勢力の目にさらして良いものではない。

 横須賀の軍港に入れてしまうと、特殊な形状から絶対に目立つので、当面表立ってのお披露目も省かれている。


 ウチでも早急に人員を派遣して、艦の張り番だけでも手当てしないと本当に拙いことになる。

 軽巡一番艦は、そのままドック要員の一部だけで小笠原の母島で取り敢えず張り番をしてくれるそうで、俺たちは母島の飛行場から横須賀の飛行場まで送ってもらった。


 海軍で張り番要員なり、乗組員なりが決まったら、金谷から母島まで人員を輸送するか、若しくは二番艦以降を回航する際に便乗させることになっている。

 そもそも公試運転に立ち会った俺と仲間達も、横須賀から輸送機で大原造船所に付属する滑走路に運んでもらったのだった。


 その三日後には、海軍から取り敢えずの張り番要員24名を何とか送り込んだ。

 その際は、輸送機ではなく吉崎重工中道造船所から公試運転に出港する二番艦に乗せてもらい、試運転に立ち会わせると同時に、そのまま小笠原の母島に駐在してもらうことになる。


 これは二番艦の張り番を含むもので、その四日後には更に12名を送り込むことになる。

 そうしてそれとは別に手配のできた要員から順次金谷に送り込んで、小笠原の母島に輸送機で運んでもらうことになったのである。


 その後、吉崎社長は、当面、小笠原の母島と横須賀海軍飛行場の間を毎日就航する定期便を設けてくれた。

 横須賀海軍飛行場から母島の船木山飛行場まではおよそ千キロあるんだが、この距離を二時間余りで飛行する輸送機は凄く優秀だ。


 陸軍でもこの輸送機を導入したようなので、海軍航空本部も同様のことを考えているらしい。

 航続距離は2700キロほどだが、増槽タンクをつけると3500キロまで伸びるらしいから、横須賀からサイパンまで2300キロ、サイパンを中継地にして、信託統治領となっている南洋諸島へも十分到達できるはずだ。


 中でもパラオとトラックは重要な前線基地になるからな。

 自前の航空機があれば、吉崎航空機製作所にお願いする手間も省けるんだが、一方で、整備の方が結構面倒らしい。


 まぁ、新造艦についても同じことが言える。

 艦本ボイラーよりも出力の大きな新型エンジンを整備できる者なんて今のところ海軍中を探しても誰も居ないぜ。


 従って、機関部要員は全員が小笠原の船で完熟訓練を兼ねて実習中だ。

 尤も、航海部門、砲術部門、通信部門等の要員についても似たようなものだな。


 革新的な装備品が多いので取り扱いを相当に訓練しないと重大な過ちを犯す可能性すらあるんだ。

 空中を飛翔する誘導弾にしろ、魚雷にしろ、破壊力がこれまでになく大きな代物だから取り扱いを間違えれば多数の死傷者が出かねない。


 吉崎重工中道造船所の某技師曰く、半年ほども訓練と研修に励んでいただければなんとかなるでしょうとのことだった。

 当初はどうせ武装の少ない軽巡の乗組員だからと、かなり評価の低い者を送り込もうとしていたんだが、逆にかなり優秀な者でないと使いこなせないかもしれないと思い立ち、その旨を人事部にも進達している。


 未だ完成してもいない新造戦艦よりも目先の新鋭艦を使いこなせなくては話にならん。

 しかも超ド級戦艦よりも戦闘力において勝っている可能性すらあるんだから、余程慎重に扱わねばならんのは間違いない。


 その意味で、新造艦全てを人目に付かない場所に送り込もうという吉崎社長の考えは先見の明がある。

 呉でも横須賀でも軍機が漏れないよう十分に留意はしているが、基地への出入りや洋上などでどうしても人目に付くのは避けられない。


 その点、母島辺りは、海上での警戒を厳にすれば残りは島民だけなので機密は守りやすい。

 但し、過疎の島だから当分は乗員に苦労を掛けることになるだろうな。


 吉崎社長曰く、母島に商売人を送り込めばそれなりに基地らしくなるとは言っていた。


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