第28話 3ー10 黒木武夫中佐 その一
私は、海軍艦政本部の参事官を務めている黒木武夫、階級は海軍中佐だ。
艦政本部長の特命を受けて、吉崎重工中道造船所や代表取締役の吉崎博司氏との連絡調整役を果たしているが、ここのところ非常に忙しい思いをしている。
四年前の1937年(昭和12年)6月に第三期海軍補充計画が決定し、次期主力艦の建造が始まっていた。
皮切りは46センチ砲を搭載する新型戦艦(今のところ「大和」の名が上がっている)かと思いきや、材料手配、設計の最終確認などで、若干遅れ気味となり呉工廠での起工は11月になった。
工期は四年、昨年(昭和15年)8月に進水し、それから1年以上かけて艤装する。
一応今年(昭和16年)の11月か12月に竣工予定なのだ。
一方で大和型三番艦の起工は予算上の問題もあって、当初から1941年(昭和16年)に再検討されることになっていた。
そのうちに、吉崎航空が造船業にも手を出して房総半島の東側に大規模な造船所を建設、そこで海底の油田を掘る掘削リグを生み出すに及び、豊田副武艦政本部長が前年の約束を守って、当該造船所に海軍の認可を与え、航空母艦を基軸とする機動部隊の発注をすることになったのだ。
予算は、大和型三番艦の1億四千万円が限度になるが、吉崎博司が設立した吉崎重工中道造船所はその6割弱となる8千万円で受注している。
海軍としては吉崎重工中道造船所が契約書通りに上手く造ればよし、気に入らねば契約上は受領を拒否できるから、損害は被らないことになっている。
随分と造船所側に不利な契約になっているんだが、これは吉川社長が言い出したことである。
その分、余程に自信があるのだろう。
特に、鋼材など戦時物資を全く必要としないという吉崎重工中道造船所がそもそも規格外なのだ。
従って、不足気味な鋼材などは別の方向に振り向けられるというものだ。
それに輪を掛けるように、昨年夏場からは、北海道及び東北地方で吉崎系列の吉崎特殊鋼が、粗鋼生産を始めている。
しかもこいつが鉄鋼のみならず、アルミ、スズ、亜鉛、銅などの粗鋼も生産を始めている。
飽くまで粗鋼であって鉄鋼等の製品では無い為に既存の鉱工業会社とは余り競合していない。
これまで外国からの輸入に頼っていたものが、輸入品の代わりに吉崎特殊鋼からの購入に代わっただけのことであり、しかも輸入品より安く購入できるとあって、昨年夏場頃からはこうした鉱石及び粗鋼の輸入が明らかに減少してきているのである。
いずれにしろ1941年(昭和16年)4月3日、吉崎重工中道造船所では新型空母の起工が秘密裏に行われたのだった。
これまで大型軍艦建造の際は、担当の造船所が海軍将官の多くを招いて開催する起工式を大々的に行われるのが慣例であったのだが、僻地ということも有って、そのような招待儀礼は一切省くことを艦政本部に伝えて来ているので、海軍省の者で起工式に呼ばれた者は居ない。
どうも地元の神社の神主だけを呼んで
機密保持のためと言われれば、我らも納得するしかない。
吉崎重工中道造船所については、そもそも世間の話題に上らないし、海軍が空母を発注したことも一切が
外国に知られないようにするためにあえて契約上の会社名にも吉崎重工の名は冠していない。
陸軍及び海軍共に新鋭機を導入したことは既に知られており、性能までは知られていないものの、四菱、仲嶋等に混じって吉崎航空が納入会社になっていることは既に知られている。
従って、外国の諜報組織が金谷周辺を見張っていることも承知している。
実のところ、その大半の人別は特定できている。
憲兵隊ではなく、吉崎航空の警備員から教えられたことを恥とすべきかどうか・・・。
情報は正確であったが、現時点では敢えて泳がせているところであり、当該諜報員の周囲の警戒と監視を強めている。
吉崎航空については、構内セキュリティもしっかりしているのだが、そうした諜報対策もしっかりとしていることが改めて分かった。
話を吉崎重工中道造船所に戻すと、驚嘆すべきはその建艦速度であろう。
吉崎社長から空母の建造には鋼材ではなく特殊素材を使うとは聞いていたが、仮にも排水量6万トンを超えようかという化け物空母である。
全長が343.4m、船体の水密隔壁で覆われた水線付近の艦幅が41.3mで、飛行甲板の最大幅が78.2m、吃水は8.9mもあるのだから、その建艦材料の重量だけでも間違いなく5万トンや6万トンになるだろう。
私が見せてもらった設計図から概算で試算した容積から言えば、排水量が10万トンをはるかに超えるはずなのだが、或いは吉崎航空機製作所が製造した航空機同様の軽い素材を使っているので、排水量が少ないのかもしれない。
軽いということはそれなりに便利な場合もあるのではあるが、・・・・。
呉工廠では、吉崎重工中道造船所ほど大きな乾ドックは無いから、当然にこの超大型空母は造れないのだが、仮に造れたとしても進水までに少なくとも四年、竣工までには絶対に6年以上はかかると思われるのだが、中道造船所では、この4月に起工して今年の10月には竣工させるというのだ。
仮に図体だけにせよ僅かに半年で化け物空母が出来上がるというのがどうしても私の理解の及ばないところだった。
その上、中道造船所では、空母起工の四日後には、別の乾ドックで7千トンの護衛軽巡を造り始めたのである。
吉崎重工中道造船所の工員は左程多いわけではない。
正確な数は知らないが、恐らく末端の工員を含めて三千人規模だろうと見ている。
呉工廠の場合で下請けまで含めると2万人を超えるという規模からみると、中道造船所はかなり少ない人員なのだ。
しかも、この中道造船所には、下請け企業というものが全く存在しない。
そもそもそのような関連企業が全く存在しない場所に、いきなりドデカい造船所を造ったのだから無理もない話ではあるんだが・・・。
吉崎重工中道造船所の乾ドックはひたすらでかいという言葉に尽きるだろう。
幅120m、長さ480mの乾ドックが二本あり、更に幅が40m、長さが300mの乾ドックが三本もあるのだ。
当然に乾ドックの大きさと数では世界一ではないかと思っている。
小さい方でさえ、呉工廠の乾ドック(長さ270m、幅35m)よりも大きいのだ。
新型空母の航空機搭載機数は、140機と聞いて
赤城や加賀の倍以上が搭載できるのだ。
従って、パイロットだけでも最低140名は揃えねばならない。
早目にパイロット要員の準備ができたなら、小笠原の母島で訓練をさせたいと吉崎社長がとんでもないことを言っている。
一体どちらがオーダーをかけている方なのかわからなくなるぜ。
パイロットの養成の話はウチじゃなく、航空本部の話になるんだが、小笠原で訓練をするための機体は、今年度納入予定の170機とは別に、既に金谷工場で用意しているらしい。
そうして、ウチに前広に要求してきたのは、軽巡四隻と潜水艦八隻の搭乗員だ。
一隻当たり、軽巡で最低140名、潜水艦で最低40名の人員が必要らしい。
まぁ、これまでの軽巡
潜水艦はその後で、一番艦が6月23日、その後四日おきに竣工して7月20日には八番艦が竣工して空母以外の護衛部隊は
乾ドックが全部で五つのはずだが、どうやってそんなに作れるのかと聞いたら、何でもブロックごとに造って順次組み上げて行くそうだ。
しかも長さが500mの乾ドック一つを四つに仕切って軽巡を組み立て、300mの乾ドックを四つに仕切って潜水艦を組み上げて行くらしい。
長さが300mの乾ドックは三本あるから、これを四つに割れば300mの乾ドック二つで確かに8隻の潜水艦は一度に造れることになる。
因みに、軽巡には小型のヘリコプターとやらが搭載できるので、パイロット二名と兵器操作要員一名を四隻分選抜しておいて欲しいと言う。
正直なところ吉崎社長の言う意味が良く分からなかった。
もしかして水偵の搭乗員の話か?
カタパルトなんか図面には付いていないんだが・・・。
俺がそう言って尋ねると、吉崎社長が笑いながら言った。
軽巡の後部甲板から離発着できる航空機でヘリコプターというものがあり、海上での戦闘行動を予定した攻撃ヘリと輸送ヘリを搭載する予定なのだと言っていた。
吉崎社長は、「秘密ですよ。」と言いながら金谷工場に保管している攻撃ヘリとやらを見せてくれたし、飛行するところも実際に見せてくれた。
一言で言うととんでもない航空機だった。
空中で静止ができ、横にも後ろにも動ける航空機なんて初めて見たぞ。
しかも防弾性能が凄まじく、海軍の毘式四十
武装は20ミリガトリング砲のほかに、爆雷代わりの対潜弾6基、若しくは対空噴進弾4基、40ミリ対地噴進弾発射装置2基などが搭載可能らしい。
速度は時速300キロを超える程度なんだが、新鋭戦闘機は別としてもこれまでの海軍の戦闘機で果たしてこいつを撃ち落とせるのがあるのかどうか甚だ怪しいものだ。
この攻撃ヘリとやらは、操縦士ともう一人兵器を扱うものが一人乗るタイプで複座になっているんだ。
いずれにしろ、武装に乏しい7000トンの軽巡とはいえ、僅かに60日余りで作り上げるというのは、流石に呆れてしまう。
潜水艦だって同じだよな。
排水量で4千トンっていうのは、海大型のイ号の倍の容積があるんだぞ。
ある意味で鉄の塊なんだが、これほどの大きさになるとたとえ木造であったにしても果たして60日で造れるかどうか・・・。
だが、俺の懸念は完全に外れ、4月7日に起工した軽巡は、6月7日に竣工、翌日に試運転を迎えることになったぜ。
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