第24話 3-6 陸軍航空本部 その一

ー 吉崎視点 ー

 1941年(昭和16年)4月に入り、今度は陸軍航空本部からお声がかかりました。

 東京は何かと危ないから本当は右翼の巣窟みたいな陸軍省などには余り行きたくはないのですけれど、一応、中央の各省庁にも出向かねばならないことも結構あるので、色々身を守るための工夫はそれなりにしているのです。


 帽子、眼鏡、スーツ上下、ワイシャツ、白手袋、靴下、靴は、裏地に0.01ミリの特殊なセラカーボン製繊維を使った防弾防刃仕様になっているんです。

 私の錬金術により、酸化ケイ素の分量を変えることにより、強靭性は失われずに柔軟性が生まれることがわかったので、ごくわずかだけ特殊繊維を作っているのです。


 この繊維は錬金術なくして生み出すことはできないと思うので、この世に一つしかない代物ですよ。

 従って、この繊維に覆われていない頭部の一部以外で、銃撃や刺突・斬撃を受けても、余程のことが無い限り、致命傷は避けられると思います。


 今回の私の訪問先は、「三宅坂」と通称される東京市麹町区隼町にある陸軍航空本部です。

 訪ねる相手と言うか私を招いた人は、陸軍航空総監代理の鈴木すずき率道よりみち 中将でした。


 この方、陸軍航空総監部総務部長兼航空総監代理という肩書なんですよね。

 何故代理なのか分かりませんが、多分総監職は本来は大将クラスなのでしょうね。


 従って、中将のままでは貫目が低いので代理にしか任命出来ないということでしょうか。

 因みに海軍の本部長の階級は中将若しくは大将でした。


 この鈴木さん、依田の時間線における2.26事件当時参謀本部の作戦課長であり、皇道派に属していたために、2.26事件の後で左遷され、以後中央に返り咲くことは無かった人物です。

 特に統制派である長田鉄山、東城英機らとは犬猿の仲だったとか。


 30代でフランスの駐在武官を務めた際に、各国の航空機に関する情報を集めたことから、航空機通になったようです。

 そうして私の集めた情報によれば、どうやら自分の信念を曲げない意固地な方のようですよ。


 用件は世間話が半分、残りは質問とお願いが半分でした。

 最初は原油の話、いつから原油を産地から運び出すのかという話と、それに対応する陸軍の樺太駐屯軍増強の情報、ついでに陸軍にも安い石油を卸してほしいという話でした。


 原油価格は、この先、間違いなくこれまでの輸入価格よりも下がりますし、国内の市場価格も下がることになるでしょう。

 これまでの原油の輸入価格は、1バレルあたり4ドルから5ドル、多少は変動するので為替レートでも若干異なるけれど、日本円にすると17円~22円前後だったはずです。


 しかしながら樺太石油は、あかつき丸、タグボート二隻、掘削リグの建造費と維持費、それに合計で70人ほどの人件費だけが取り敢えずの必要経費なのです。

 他に現地の野頃のっころに製油所や会社の管理施設を建設し、色々必要物資を輸送してやらねばならないのですけれど、仮に1バレル当たり4円(約1ドル)の売値でも1年経てば多分おつりがくるはずなのです。


 北海道に製油所なんかを建設する計画もありますけれど、それを含めても左程の出費は無い筈なんです。

 仮に毎日4千バレル(630㎘強)の原油が売れるとすれば、それだけで1万6千円の売価になるのです。


 年間で言えば580万円超の収入になるので、資産の減価償却さえしっかりとしていれば、実質的な赤字は多分あり得ないと思っています。

 樺太原油第一船の出荷は4月下旬の予定です。


 そうしてリグの支援に当たっていたタグボート二隻は、一旦大原造船所に戻ってもらい、リグの第二、第三を順次運んでもらう必要があります。

 支援用の大型外洋タグも別途建造中で、いずれは外洋タグを8隻体制にする予定です。


 そうなれば外洋タグにも余裕が出て来ます。

 リグ一本で日産4000~12000バレル程度の生産を予想しているので、最低でも月に12万バレルを超える産出量になるでしょう。

 これは1万トンタンカーで2隻分ほどに相当します。


 しかもリグが増えれば生産量は二倍、三倍になるので、1万トンタンカーも二隻では到底足りないことになります。

 日本もいずれ石油大国の仲間入りですね。


 その将来予想をあくまでホラ話としてお聞きくださいと言って説明した。

 鈴木中将は面白がって聞いていましたね。


 次のお話は、当然のように航空機の話でした。

 陸軍の航空部隊は、1939年夏に発生したノモンハン事変において、97式戦闘機が緒戦では活躍したもののソ連側の物量に押されて制空権を取られたという苦い経験があるのです。


 この際にソ連が使った戦法が、高速を利した一撃離脱戦法でした。

 97式戦は軽戦闘機に分類され、非常に旋回性能に優れてはいるものの、航続距離が短く滞空時間も少なかったのです。


 このノモンハンでの戦訓を踏まえ、陸軍は重戦闘機を志向した開発依頼を仲嶋に要請していたのです。

 この時期既に一式戦と呼ばれる「隼」が出来上がっており、配備も始まっているのですけれど、一式戦はどうしても軽戦闘機の範疇なのです。


 従って主として仲嶋飛行機に開発注文を付ける一方で、ルー101を開発した吉崎航空にも当然のようにお鉢が回ってきたのですが、吉崎航空からは5月に入ってからルー101を推すことに決めていました。

 支那事変も一応は収まり、戦争の渦中にない1941年(昭和16年)の段階では、ルー101の後継機を新たに作るつもりはなかったのです。


 ここ二、三年は、ルー101以上の航空機は現れないし、空戦ではほぼ無敵のはずなのです。

 相手の航空機が仮に37ミリ機関砲を持ちだしても、ルー101は撃ち落とせません。


 海軍でも未だ配備のための試験運転や訓練中で実戦が無いから正確にはわかっていないだろうけれど、ルー101及びルー101改の防弾仕様は世界一です。


 これで落ちるとすれば、余程パイロットの腕が悪いか整備不良しかあり得ないのです。

 既に金谷工場に預けられている海軍の整備士や整備員たちにはそう説明しているところなのですよ。


 敢えて軍の幹部へは詳細な説明もしていないから、海軍も陸軍もその防弾構造については未だ良くわかっていないはずでした。

 まして片道970海里(1800キロ)も飛んで、25番の爆弾二発を落として、余裕で基地に帰還できるような単発航空機は今のところ世界中探しても無い筈なのです。


 現状の爆撃機では、米軍のB-17が1万ポンドの爆弾を搭載して航続距離が最長の2800キロの筈ですけれど、もうかれこれ二年ほど前から運用を開始している筈です。

 これから出て来るものとしては、史実通りならば、昨年末にデビューしたF4UコルセアとF4Fワイルドキャットが2600キロ、また来年にはF6Fヘルキャットが2100キロ、再来年にはF8F ベアキャットが2300キロの航続距離を持って登場することになるかもしれません。


 東京初空襲で名高い双発爆撃機のB-25も1940年に初飛行のはずで、この航続距離が3000キロぐらいのはずです。

 また、現状の陸軍が必要とする哨戒機若しくは偵察機ならば、複座の練習機ラー1を改造して、カメラ等の特殊設備を取りつけたものでも十分なはず。


 テー1もあるけれど、高々度偵察機を提供するのはまだ早いような気がします。

 勿論、日米若しくは日ソ開戦ともなれば、よりグレードアップした機体を開発するし、偵察機なども提供することになりますが、少なくともそれまでは戦闘機としてはルー101改若しくはルー101で十分と考えているのです。


 仮にあるとすれば、途中で行うグレードアップは、基本的には高出力エンジンに替えて、速力をより上げることぐらいでしょうか。

 でもルー101は、現状でレシプロ戦闘機としてはほぼ最高速に近いんですよ。


 仮に、今年(昭和16年)若しくは来年(昭和17年)に太平洋戦争が始まっても、開戦当初はルー101及びルー101改でも十分対処可能であり、おそらく吉崎航空の製造機である限り、被撃墜機は数えるほどしか無い筈です。

 ところが、ルー101の話をすると、鈴木さんは海軍とは異なる仕様にしてもらいたいとおっしゃるのです。


 勿論、陸軍の場合は、翼の折り畳み機能など不要ですし、着艦フックも不要でしょう。

 そうした「仕様」の話かと思ったら、違うのだそうです。


 そもそも海軍に提供する航空機とは形状を変えてくれと言うのです。

 よくよく聞くと、海軍と同じ航空機を後出しで手に入れたと思われたくないので、そう見えない航空機を造れと言うことのようです。


 なんとも面倒なおっさんですね。

 海軍と異なる飛行機で劣化版でもよろしいのですかと言ったら慌てていた。


「いやいや、海軍に提供したモノよりも優秀なモノじゃないと困る。」


「海軍さんに艦上戦闘機として提供しております機体は、ルー101改と言いまして、「改」と付きながらも実は劣化版です。

 海軍さんの場合は、艦上戦闘機については航空母艦に着艦する必要がございます。

 その為に飛行性能をやや落として着艦距離が短くできるように配慮したものです。

 従って、最大速力などはルー101の方が優秀なのです。

 海軍さんの場合は、ルー101改を艦載機とし、ルー101を基地用戦闘機として明確に分けておられます。

 陸軍さんで使われるならルー101で差し支えないと存じますが・・・。」


「いやしかし、航空機としてみた場合は、海軍機とほとんど見分けがつかない訳だろう?」


「ルー101を二機並べたら見分けは付きません。

 塗装その他で陸軍・海軍を見分けるぐらいでしょうか。

 形状を無駄に変えれば空力特性が落ちて性能が悪くなります。

 私どもには、陸軍さんへの納品にこだわりがあるわけではございませんので、遠慮なく申してください。

 ウチのデザインが悪いというならば、手の打ち様がございませんので今回の陸軍省からの要請については辞退させていただきたいと存じます。」


「いや、そうではない、そうではないのだが、・・・。

 陸軍航空本部としては、海軍さんと異なる観点から選びたいのだよ。

 従って、お宅もウチの意図をくみ取って何とか新たな機体を開発してくれないか?」


「なるほど、新しい機体の開発でございますか?

 では、どんな要求でございましょう。

 それに合わせて検討します。」


「いや、もう既に、重戦闘機の要求事項として渡しておるだろう。

 あれで新たに検討してくれたまえ。」


「了解しました。

 では今回の試作に関わる期限での提出は諦め、別の機会に、要求されたスペックの別の機体をお出しすべく検討したいと存じます。」


「ちょっと待て、あくまで今回の重戦闘機試作の要請の話だ。

 次回という話ではない。」


「失礼ながら、陸軍は航空機に関する研究所をお持ちと承知しております。

 本部長自らお尋ねになるのはどうかと存じますので、副官を通じて御確認ください。

 航空機を新たに開発するのにどれだけの時間がかかるかという質問だけで結構です。

 重戦闘機に関わる試作機の提出期限は、この6月までになっております。

 それまでに陸軍の研究所の方で新たな航空機が十分造れるというならば、そもそも私どもの出番がありませんので御辞退申し上げます。

 また、できないと申されるならば、私どもも同じで、当然にこの短期間で新たな機体はできませんので、やはり御辞退申し上げます。」


「貴様ぁ~。

 陸軍の俺が言っておるんだから、言うことを聞かんかぁ。」


 そう言って、中将が怒鳴ったが、別に怖くもなんとも無い。


「恐れ多くも天皇陛下の仰せであっても、無理は無理としかお答えの仕様がございません。

 それと、私の言動が気に障るようであれば、どうぞ、陸軍の航空機認定工場からお外しください。

 そうしていただければ、以後私どもの航空機がお目汚しすることは無いと存じます。」


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