第10話 2ー2 方向付けと準備
ー 吉崎視点 ー
最初になすべきこととして、私がこのまま瀬戸物屋を続けていては何もできないので、広島の店を甥っ子に譲ることから始めることにした。
吉崎家から浅岡家に嫁いで行った姉の次男坊である
ウチの番頭の
私には姉以外の家族はいない。
両親は早くに亡くなっているし、私には一時期妻も居たんだが、子を為せないまま7年前に病で亡くなった。
以来、後添えも迎えず、独り暮らしをしていたのだ。
身の回りを世話する女中は居たけどね。
彼女は良い人だが、彼女とは男女の関係は無い。
だから、広島を離れること自体はとても簡単だ。
色々な人と交友はあったから、それらすべてを断ち切ってと言うわけには行かないけれど、関東地方と中国地方で距離的に離れてしまうから、自然と疎遠になるだろうとは思っている。
甥っ子に店を譲るのに概ね三か月を掛けて、私は1936年(昭和11年)7月に上京した。
取り敢えず、東京市内の下町に借家で居を構えた。
上京して最初に手掛けようと思ったのは、資金の調達だ。
前世から記憶と共に受け継いだシャルンの異空間収納庫には色々なものが入っているんだが、宝石やら純金の地金もある。
但し、宝石などは、ある日突然出所のわからないものが出てきても、買い叩かれることは目に見えているし、純金の流通量というのは一応政府が監視しているから、勝手に売り買いするわけにも行かないんだ。
というわけで、考えた末にやって来たのは山梨県だった。
山梨県
閉山していようが、いまいが、かつて金山がそこにあったという事実が私には大事だったのだ。
例え、
でも、問題はそうではなく、金が採れるかもしれない場所を確保し、その上で異空間収納庫に保管してある純金を徐々にでも世の中に上手く流せるような環境が整えられればそれだけで良いのだ。
因みにかつて有名だったほとんどの金鉱山は、大手企業により鉱山権が取得されているのだが、旧中山鉱山があった地域の鉱山権は、負債の相続問題で権利が放棄されたまま宙に浮いていて、既に鉱山権も取り消されていたので選んだ場所なのだ。
私の試算では、航空機製造のために造る会社の設立には、左程の現ナマは要らないと思っており、取り敢えず10万円ほどもあれば十分ではないだろうかと思っている。
純金の重量にすると、恐らくは50キロから100キロほどもあれば良いはずだ。
私の預金の一部を使って、金採掘のための鉱山会社を設立し、旧中山金山に鉱区を設定して有限会社吉崎鉱山を登録、この会社を隠れ蓑にして純金のインゴットを日銀支店、又は、甲府市内若しくは長野市内の貴金属店で売っぱらって、資金を得るつもりだ。
その金を元手に別の法人を設立、航空機を作る会社を作ることになる。
正直なところ、航空機を造る場所はどこでも良いのだが、できるだけ人目につかない田舎でありながら、交通の便利が良いところが望ましいし、どうしても中央との折衝も出て来るから、関東圏が望ましいだろうと思っていた。
そんなわけで山梨県南巨摩郡身延町湯之奥の山中の掘立小屋において、私は1936年(昭和11年)10月までに純金のインゴットを相当量生成した。
その大部分は、私が前世から引き継いだ金のインゴットを改鋳したものであるけれど、一部は鉱山近くのボタ山の廃鉱石から試しに錬金術で金を抽出したものであり、その一部を某貴金属店に売っぱらって、軍資金約12万円(1Kgのインゴット60枚分の代価)を得た。
次いで、金鉱山の方は一時休業したまま(従業員は実質私一人だけだから、私が働かなければ事実上休業、鉱山自体は放置しておいても盗られて困るようなものは一切無い)、内務省にお邪魔して官有地の払い下げをお願いした。
私の記憶にあるシャルン君は、結構
今回も闇魔法を行使しつつ、内務省の役人を色々と巻き込んで、あっという間に官有地の払い下げに成功した。
1936年(昭和11年)11月には、120万坪近い山林を、僅かに二万円で払い下げてもらっていた。
まぁね、いろいろなところから推薦状を貰った上で、お国に役立つものを作りますってアピールしたから、割合に簡単に許可が下りたんだと思うヨ。
決して詐欺なんかじゃありませんから。
場所は、千葉県
材木を切り出しても運搬手段が
但し、最寄に国鉄房総線の駅があり、そこに至る道路を造ってしまえば首都圏からの交通も僻地の割に比較的便利なところではある。
こんな場所を選んだのも列強諸国の諜報網にできるだけひっかかりにくくするためだ。
いずれは所在地も知られることになるだろうけれど、当面、会社の事業が軌道に乗るまでは邪魔をされたくはない。
取り敢えず、キラセから金谷村の尋常小学校の裏山に至る
また、キラセ側のトンネル入り口付近には、従業員用の寮を造った。
男女別にそれぞれ100名が収容できる寮を二棟造ったのだが、従業員が増えればその都度寮又は宿舎を増やすつもりでいる。
ここまでの建設工事で業者は一切使っていない。
全部私の錬金術で生み出したものだ。
トンネル造りは、地下資源を採取しながらトンネルの内壁を形成しつつ、不要物をインベントリに放り込んで行く方法だ。
私のインベントリはものすごくデカい。
試したことは無いんだが、一辺が1キロの立方体ほどの体積であってもおそらくは簡単に収納できるんじゃないかと思っている。
シャルンとして生きていた頃に収納した一番のデカ物は、全長が500mほども有る龍の死骸だったが、それはまぁ、余計な話だな。
キラセの宿舎とトンネルが出来上がると、次に、東京市内で人集めを始め、主として徴兵制度に引っかからない40歳越えの男性と身体に障害を持つ男性(傷痍軍人も可、但しやる気のある人物に限る)と女性だけを採用することにした。
重要産業に就いている者は本来徴兵から免除されて外されるはずなのだが、国家が危うくなるとそんなことには無関係に戸籍からランダムに徴兵されて行く。
私が造る航空機の製作は、結構な技量と知識を必要とするから、安易に引き抜かれては困るのだ。
従って、そもそも徴兵に掛かりそうに無い者を選び抜いたわけである。
当然に、人物を見て選んだ者達だヨ。
1936年(昭和11年)の年末までに100人ほどかき集めて、山の中の寮に収容した。
賄い婦も雇っているから、従業員は寝食付きの寮で取り敢えず生活できるようになった。
中には家族持ちも居たのだが、当面は出稼ぎのように単身赴任をしてもらうことにした。
浜金谷側のトンネル入り口は、車道には遮断機が降りている一方で、歩道には鉄製格子戸の付いたドアがあり、三交代制の守衛が常時見張っているので従業員以外はトンネル内部に入ったり、内部を見ることはできないようにしている。
2キロ弱程度の長さのトンネルであって、若干の上がり下がりはあるけれど、歩いて行けない距離ではない。
但し、工場と浜金谷駅の間には定期的にバスを運行して従業員の足として使えるようにもしている。
またあばら家でありながらも金谷尋常小学校近くの仮事務所には車庫があり、乗用車も二台用意してあるので必要に応じて君津や千葉辺りまで買い出しに行けるようにもしているのだ。
この乗用車も私が一から作りだしたもので、いずれも変性リチウム電池を使った電気自動車にしている。
変性リチウムとは、異界産の微量のアクロニウムを含有するリチウムイオン電池であり、高電圧高容量が特徴だ。
アクロニウムは、恐らくこちらの世界にはない元素だから他の者には同じ性能の電池は製造することができないと思う。
シャルンがインベントリに保管していた大量のアダマンタイト鉱石の中から抽出できるのがアクロニウムであり、当該鉱石からしか抽出できないから、大量生産は難しいが、当座数十台分の車を動かせる量なら確保しているので、必要に応じてリチウム電池の増産も可能だが、どのみち限度はある。
まぁ、アルゼンチン当たりのリチウムが大量に採取できるようになれば別途同等程度の電池が造れるように研究するつもりではいる。
アルゼンチンは現状では手が届きにくいところだし、産地は確か富士山並みの高地だったと記憶しているから、簡単には採掘もできないよね。
今のところリチウムは海水から抽出したものを使うことを考えている。
キラセの寮については、従業員の住むところだから錬金術をふんだんに使って立派なモノを作ったよ。
一人の従業員に対して、六畳二間に台所、バストイレ付の寮は贅沢過ぎるかもしれないが、私の頭では、単身赴任者の寮とはこうあるべきだというものを念頭に置いて造った。
尤も、この寮も木造であって耐久性には乏しいから、いずれはもっと立派なRC造りの寮と宿舎を建てるつもりでいる。
前述したように、ここでも建設業者は一切使っていない。
秘密保全の兼ね合いもあるので、全て私の錬金術で作り出したのだ。
東京には連絡事務所が必要なので、東京丸の内のビルに貸事務所を借りた。
たまさか1930年からの大不況のあおりが残っていて、東京駅前のビルから撤退した企業があったので、私の会社がそこに入居できたのは幸いだった。
この東京事務所の従業員は、精々10名程度を想定しているから、事務所の広さは200平米もあれば十分だろう。
東京事務所の職員も決めて、こっちには数人分の会社の寮(貸家)を決めておくだけで、自宅がある人はそこから通ってもらうことにした。
私の家は、国鉄浜松町駅近くの一軒家を借りて、仮住まいとした。
いずれは、もっと広い家を購入するか新築するつもりでいる。
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