第7話 1ー7 吉崎航空の試作機の採用

 基地航空隊で訓練を重ね、その練度の上達程度を見ながら空母搭載を考えることになったのだ。

 それまでのつなぎは、四菱のA6M1になる可能性も大であるわけだが、A6M1の導入機数は当然のごとく制限されることになるだろうな。


 いずれはルー101改にとって代わられるのであって、A6M1の納入は、最大でも200機までと内々には限定された。

 当面、正規空母について各16機程度、軽空母については10機の配分を考え、残余は予備機とするようである。


 当然のことながらA6M1の正式な基地配分予定は無く、予備機若しくは訓練用として航空基地に置かれるだけになるだろう。

 整備兵の派遣研修・訓練が完了次第、基地への配分量を決定し、それぞれ四菱と吉崎航空機製作所から納入してもらうことになる。


 また、納入の仕方も、まずは少数の機体を各基地や空母に搬入して、整備と完熟訓練を行わせ、整備に慣れたころに大量配備がなされることになる。

 四菱のA6M1については、1939年(昭和14年)中に30機、翌年に170機以内との納品計画が立てられたが、1940年(昭和15年)以降の納品数は別途見直しが入る予定になっている。


  1939年: 7,855,000円(157,100円/機)

  1940年: 26,707,000円

    小計: 34,562,000円


 この予定は四菱の生産事情と海軍予算の都合である。

 因みに提示された納品価格は、A6M1で一機当たり13万8千円、武器等を含めると15万7千百円だった。


 新型機の場合、開発費がかかるから、まぁ、これぐらいの値段が普通は相当なんだろう。

 しかしながら、吉崎航空機製作所の卸値はぶっ飛んでいた。


 装備一式込々で2万1千円というA6M1の七分の一以下の値段を提示してきたのである。

 入札ならA6M1の採用は絶対にあり得ない。


 性能が悪くて、値段が高いなら商人であれば間違いなく買うはずもない。

 だが軍は違う。


 高くても必要なら買うのだ。

 しかしながら、機数は制限せざるを得ない。


 さもなければ国会での説明に窮することになるからだ。

 ルー101の改造機については、昭和14年中に30機、翌年に170機の導入予定が取り敢えず決められた。


  1939年:630,000円

  1940年:3,570,000円

  小計: 4,200,000円


 また、ルー101についても、14年中の納品を30機とし、15年からは270機を予定しているが、こちらの方は多少値段が上がって、一機当たり2万3千2百円となった。


  1939年:696,000円

  1940年:6,264,000円

  小計: 6,960,000円


 予定では、新型艦戦について零式艦上戦闘機(ゼロ戦)と言う呼称になる筈だったのだが、想定外の二機種同時採用となったので、四菱の『A6M1』を零戦一型艦上戦闘機「旋風」と呼称し、吉崎航空機製作所の『ルー101改』を零戦二型艦上戦闘機「蒼電改」と呼称することになった。

 これに先んじて『ルー101』は、九九式基地用戦闘機「蒼電」と呼称されている。


 こいつは俺の権限だと言って当時の豊田貞次郎海軍航空本部長が率先して名付け親になってしまったために、誰も文句を言えなかったというエピソードがある。

 もう一つ、吉崎航空機製作所のお勧めで、海軍は単発複座練習機「ラー1」を20機購入している。

 

 ラー1は、海軍の正式名称で九九式複座高速練習機という長い名称を持っているが、配属先では「ライチ」の通称で呼ばれている。

 因みにお値段は特価で一機1万6千400円、武装や一部の特殊装備が無いのでお安いのだそうだ。


 実のところ、この練習機は、複座ながら四菱のA6M1よりもはるかに高性能なのである。

 この機体で練習していれば、「蒼電」や「蒼電改」にもすぐ慣れるということらしい。


 しこうして、海軍には正式な練習機として四種類が揃った。

 複葉機で初心者用のアブロ式練習機及び三式一号陸上初歩練習機、複葉機ながら速度の速い九三式中間練習機、それに単葉機の複座高速練習機ラー1である。

 

 「ライチ」は低速から高速までを自在に調整でき、操縦性に優れているために海軍航空基地の教導隊員からは非常に評価の高い機体となった。

 尤も、七試艦戦として採用された九六式艦戦が後々余ることになり、これらもまた訓練用の練習機として用いられるようになったのは二年後のことであったが、その数は左程多くは無い。

 

 新たに出現した高速機のためにパイロットの育成は喫緊きっきんの課題でもあった。

 その上で、航空母艦の飛行甲板の長さについても海軍内部で再検討が始められた。


 安全のために高速機については200m以上の飛行甲板が必要だという吉崎航空機製作所の工場長の話は重く受け止められていた。

 その為に、次期空母(翔鶴、瑞鶴)の建造計画当初では飛行甲板が218.52mであったものが、できるだけ伸ばして242.3mと改変されたのだった。


 一方で、小和田大尉は、航空機に関わるものなら何でも作れると公言した工場長の言葉が耳に残っており、気になって電話で確認をしてみた。


「つかぬことを聞きますが、もしかして、お宅の会社では、航空母艦も作れたりするんですか?」


「あぁ、まぁ、・・・。

 この工場は山の中ですので船を作るのは流石に無理ですが、海軍さんの要請があれば航空母艦専用の造船所を作っても良いと、社長は以前何かの折におっしゃってましたなぁ。

 もし、そうしたご要望があるのであれば、東京連絡事務所に居る社長に直接お尋ねしてみてください。

 相応の回答がいただけると存じます。」


 驚きの回答であるが、ある意味で小和田大尉の予想の範囲内ではあった。

 実は、航空機燃料についても来年度分として、経理部が吉崎航空機製作所と3万キロリットルの納品契約を交わしたばかりなのである。


 当面の輸送は千葉の出洲ふ頭から艀を使って輸送するらしい。

 鉄道を使っての陸上輸送も検討されたようだが、帝都を通過するために万が一にでも輸送車両が事故を起こした場合に二次災害が大きくなることから海路を使うようにしたらしい。


 また、輸送の問題から浜金谷港を整備して、大型輸送船や艀が出入りできるようにする計画も吉崎製作所では浮上しているらしい。

 そうなれば、横須賀からの通船も便利になるだろう。


 まぁ、海軍ウチとしては航空燃料ものが手に入れば良いのであって贅沢は言わない。

 尤も、横須賀なりに集荷してから航空基地などに運ぶのが手間暇なのではあるが、流石にそれを吉崎航空機製作所に頼むわけには行かなかったようだ。


 サンプルを持ち帰って調べたところ、吉崎航空機製作所が製造する航空機燃料は極めて良質であり、オクタン価も高いので他の航空機用エンジンにも間違いなく使用できる代物だったのだ。

 お値段は、1キロリットル当たり10円で3万キロリットルでは30万円になったのだが、昨年は1キロリットル当たり104円50銭で航空ガソリンを購入していた。


 航空燃料費だけで実に300万円を超えるはずの予算が十分の一以下になったのである。

 何でもござれの雰囲気の会社ならば、或いは、空母も作れるのではと単純に考えた末の質問であった。


 仮に吉崎航空機製作所が航空母艦を作れるとしても、少なくとも一隻当たり4千万以上の建造費(1934年起工、1937年竣工の空母蒼龍がその予算を立てていた)がかかるはずである。

 因みに1937年末と1938年末に起工し、現在建造中の新型空母(翔鶴、瑞鶴)は1隻当たり8千万円の予算だったはずである。


 一介の航空機担当にしか過ぎない大尉風情が思い付きだけで、流石に動くわけには行かない金額だった。

 しかしながら、それとなく適切なところへ報告しておく必要はあるなと思った小和田大尉であった。


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 8月14日より、


「浮世離れの探偵さん ~ しがない男の人助けストーリー」

  https://kakuyomu.jp/works/16817330661903752473


を、また、9月2日より


「コンバット」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330661959774004 


を投稿しております。

 よろしければ是非ご一読ください。


 By @Sakura-shougen




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