第6話 1ー6 お披露目
俺(小和田大尉)が根回しした結果、昭和13年7月18日には、横須賀海軍飛行場で吉崎航空製作所の試作機「ルー101」のお披露目があった。
普通はこのような海軍飛行場でのお披露目の場合は、前日あたりに飛行場まで空輸して来るものなんだが、吉崎航空機製作所は可能な限りフライトを見せないよう配慮したようだ。
試作機「ルー101」を千葉の
房総半島の中ほどにある金谷の工場から陸路どのようにして千葉港まで運んだのかは不明であるが、あるいは部品を運び、千葉にて組み立てたのかもしれない。
本来であれば浜金谷、富津、木更津あたりから搬出できれば良かったのだろうが、生憎と渡船程度は何とか出入りできても、海岸部は遠浅で艀でも大きなものは近づけない場所が多かったのだ。
そんな中で千葉の出洲埠頭は比較的大きな艀も着桟できる唯一の場所だったようだ。
因みに本体のまま浜金谷駅から鉄道の貨物車両に載せるには、仮に翼をたたんでも幅が大き過ぎた。
いずれにしろ、海軍飛行場のある横須賀夏島町の物揚げ場で陸揚げされ、滑走路のエプロンまでは特殊なトラックに載せられて、陸送されてきた。
この間、荷台の周囲には幕が張られており、機体は一切人目に触れさせてはいないようだ。
そうして午前10時から試験飛行が始まった。
因みにパイロットは、横須賀海軍飛行隊所属のベテランが乗機することになっており、このお披露目の試験飛行のために二週間前から吉崎航空機製作所で完熟飛行訓練を行っていたはずだ。
滑走路脇の観測所には、ひな壇が設けられ、海軍の将官多数が見物に来ている。
一番の大物は、昭和13年4月から海軍次官兼務で海軍航空本部長となっている
また、周知は海軍部内と四菱、仲嶋などの一部企業に限っていた筈なのに、なぜか三宅坂の陸軍航空本部からも第二部次長が副官の大尉を引き連れて見学に来ていた。
そうして、いよいよ吉崎航空機製作所の試作機「ルー101」が姿を見せた。
滑走路脇のエプロンでその姿が初お目見えした際は、ひな壇の見学者が目を見張っていた。
96式艦戦と比べるとかなり大きい外形であるのだが、「ルー101」は全体に流麗なフォルムで非常に見た目が恰好良いのだ。
次いで目に付くのはプロペラが六
これまでの海軍機で六翅のものはない。
96艦戦は三枚、陸軍の97式戦闘機は二枚ペラである。
外国製のものでも四枚ペラがあったかどうかである。
そうして、試作機であるにもかかわらず、この機は武装を施していた。
普通試作機というものは、軍用であっても、速力向上や燃料消費量の極小化、航続距離の伸長を狙って、余分なものをできるだけそぎ落として試験飛行を行うものだ。
燃料だってテストフライトに十分な量だけ載せて、後はタンクが空いていても搭載しないぐらいなのだから、武器や爆弾などは絶対に載せないのが普通である。
試験飛行前に配布された仕様書によれば、武器は、12.7ミリ機銃が二基と、7.7ミリ機銃が二基とされている。
爆弾も搭載可能なようで、見たところ25番(250キロ爆弾)程度の大きさの模擬弾二個が翼面下部に取り付けられているのが確認できた。
後に確認したところでは、海軍が使う25番の爆弾と同じ重量のダミーが両翼に一個ずつぶら下げられていたらしい。
余程に自信があったのかも知れないが、ある意味で無茶をするものだ。
この機体は、戦闘機というよりは戦闘攻撃機になるのかもしれないな。
因みに機銃の実弾は搭載されておらず、同じ重量の偽装弾が搭載されているとのことであった。
その場で配布された資料では、
名称: ルー101
全幅: 11.99m(折り畳み仕様にすることも可能、折り畳み時5.2m)
全長: 9.37m
全高: 3.96m
翼面積: 23.5㎡
翼面荷重: 161.70 kg/㎡
自重: 1,852kg
正規全備重量:3,799kg
発動機: 房二型(2400馬力)
プロペラ: Y/K可変速3翅反転
最高速度: 781km/h(高度6,000m)
実用上昇限度:13,650m
最大航続距離;1,700海里(3,148km)
2,200海里(4,074km);増槽タンク使用時)
2,500海里(4,630km)(軽貨フェリー時)
武装: 翼内12.7mm機銃4挺(携行弾数各300発)、
又は、7.7mm機銃4挺(携行弾数各700発)
爆装: 100kg爆弾6発 又は 250kg爆弾2発
これまでの96艦戦に比べると機体は大きく、重量も重いのだが、武装を除いたにしてもこの高スペックが本物ならば、四菱で試作中の機体も全く勝負にもならないだろう。
仲嶋など有力な会社の航空技師達(因みに三菱を含めて各航空機製造会社の在京技師は偵察に来ていた)もひな壇に居るのだが、その資料を見て皆青い顔をしている。
特に、高出力のエンジンとその速度、並びに航続距離が目立つことこの上もない。
軽貨フェリーと言えども2,500海里の航続距離は凄まじ過ぎるだろう。
計算上は、東京から海南島まで(3500キロ未満)を余裕で行けるし、大阪からタイのバンコクまで(約4200キロ)も理論上は一飛びで行けることになる。
時速500キロで飛んでも8時間以上かかる距離なんだが・・・。
パイロットがそんなに長時間のフライトに耐えられるのかねェ。
そうしてルー101のエンジンが起動するとまたまた驚かされることになる。
六翅と思っていたのが、プロペラボス前後で反転する二重反転プロペラなのだ。
これまでも理論としてはあったし、河西あたりで研究もしていると聞いているが、私以外では、実物を見るのはこれが初めてのはずである。
96艦戦などに比べるとややエンジン音が大きいのがやはり目立つな。
離陸が始まるとその地上走行速度にも驚かされる。
九六式艦上戦闘機などの離陸速度に比べると、倍近いほどの速度が離陸段階で出ているように見えたのである。
そうして比較的に短い距離で離陸して間もなく着陸脚を機体に収納した途端、天空を切り裂くような急上昇をして見せた。
四菱の試作機も、着陸脚を収納できるタイプだが、俺にはその収納速度が異様に速かったように見えた。
このことは、つまりは離陸してすぐにも戦闘態勢に入れるということを意味している。
その後は、ほとんどルー101の独壇場だった。
かつての航空機の試験飛行に比べるとルー101のデモンストレーションは格が違った。
急降下、きりもみ飛行、背面飛行等々高等飛行術のオンパレードが高速飛行のまま地上近くで繰り広げられ、見ている者に畏怖感を与えるほどの迫力があったのだ。
500m程度の長さの滑走路を地上高10m内外で飛行する様は圧巻であった。
一瞬で目の前を通り過ぎて行くような速力は間違いなく700キロ近辺の速度なのである。
しかも試験仕様の軽荷状態ではなく、フル装備の満載状態でこの結果を生み出しているのである。
居並ぶ関係者はことごとく圧倒されていた。
◇◇◇◇
お披露目の三日後に海軍省で開催された次期主力戦闘機の採用審議では、全会一致で、吉崎航空機製作所のルー101を基地用戦闘機として採用することに内定した。
内定というのは、仮にすぐに納品されてもパイロットが完熟訓練を行わなければ運用できないし、そもそもが配分された航空機を整備できなければ基地での運用もできないのだ。
従って、最初に各陸上基地の整備士の派遣研修が決定された。
同時に、今回横須賀から派遣されたようにベテランパイロット数名を訓練飛行のために吉崎航空機に送り込む必要もあるんだが、そっちの方は棚上げになった。
受け入れ人数は、整備士、パイロットを合わせて12人まで。
それ以上は当座の吉崎製作所側の宿舎手配が間に合わないという理由だったので取り敢えず整備兵の養成を優先したのだった。
まぁ、完熟飛行についてはモノが配備されてからでもできるから、それでもかまわないが、ルー101だけでなく、複座型のカー1についても練習機として導入することになった。
配備先は当面霞ケ浦になる予定だが、そこの教員連中がまずはこの高速機体に慣れなければ話にならない。
とにかく九六艦戦とは桁が違うほど性能差があるからな。
それをまず理解してもらわんと後進の育成もできんだろう。
次期艦上戦闘機の採用については翌年まで持ち越して、結構
高速機の導入には概ね賛成できても、空母への離着艦が難しいのでは簡単に空母へ搭載ができないんだ。
結局のところ、半ばプライドをへし折られた四菱に試作機の継続を促すとともに、吉崎航空については多少性能を落としても構わないから、離陸最短距離の短縮と、着陸速度の縮小を目指してもらうことになった。
それぞれの完成を待って改めて試験飛行を行い、当面は両方を採用して現場での運用を図りながら最終選択をすることになったのだ。
恐らくは、離陸距離と着陸速度の改善がなされれば、四菱は落ちることになるだろうと思う。
幾ら手軽とはいっても、速力に劣り、軽量化のために無理をしているA6M1が吉崎の新鋭機に勝てる道理が無い。
仮にあるとすれば、大企業故の生産性の高さなんだが、実はここでも吉崎航空の方が上回っているからな。
まぁ、おそらく、四菱は当て馬にしかならないだろう。
但し、鳳翔、龍驤などの小型空母で使う分には便利かもしれん。
それと、ルー101の改造機がすぐに入手できたにしても、現存する5隻(間もなく6隻になる)の空母に艦上戦闘機として配備することは、整備面の問題もあってすぐには難しいだろうと判断されている。
実のところ、ルー101に搭乗し、お披露目のテストフライトで操縦桿を握った古谷一飛曹が、距離が140m程度の飛行甲板に着陸するのは現状で非常に難しいと申し立てているのだ。
恐らくは既に制動ワイヤーが導入されているから問題がないとは思われるのだが、重量的に重いルー101の改造機が速度を落としきれない場合、ワイヤーが切断されてしまうことも考えられ、空技廠でその辺の計算のやり直し若しくは制動ワイヤー装置の改良をしなければならないかもしれない。
因みに吉崎航空機製作所が雇用している40代後半のベテラン・テストパイロットならば、地上に描いた140mの範囲に制動装置なしでしっかりと降りられるそうだから、恐らくは飛行甲板の短い鳳翔や龍驤でも十分に着艦可能であり、艦上戦闘機としての利用に問題が無いとは思われるのだが、古谷一飛曹の言い分が正しければ、これもパイロットの技量次第の部分がかなりあるようだ。
四菱の試作機「A6M1」の着陸速度は100キロ以下なのに、一方のルー101の着陸速度は140キロ前後になるために一瞬の判断ミスで140mと仮定された飛行甲板の範囲を飛び出してしまう危険があるそうだ。
古谷一飛曹は自分の腕が悪いと嘆いていたが、生憎と海軍に居る他のパイロットも現状では同様の技量の筈なのである。
高速機に慣れてしまえば或いは空母への着艦も容易にできるのかもしれないが、当面は様子見になるだろう。
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