でらびんば

山広 悠

でらびんば

これは山形県に住んでいるいとこのさとる君から聞いたお話です。


「こら! さとる君! また女の子を泣かせて! だめじゃないの」

あこや幼稚園では今日も由香先生の怒声が響いていた。

「ぼくはわるくないもーん」

叱られたことなど全く意に介さず、先生の手をするりとかわすと、さとるは笑いながら園庭に逃げ出した。


年長さんのさとる君はいたずらっ子。

元気がよいのは良いことだが、最近いたずらが少々目に余る。

今日もお友達のことねちゃんにカエルを投げつけて泣かせてしまっていた。


「こら、待ちなさい!!」

日頃はやさしい由香先生もとうとう堪忍袋の緒が切れた。

すべり台でさとるを捕まえると

「そんなことをしていると『でらびんば』がくるよ」

といつになく怖い顔でそう告げた。

優しい由香先生に叱られたことと『でらびんば』なる聞きなれない言葉を聞いて、さとるはすこし神妙な顔になった。そして、

「でらびんばって何?」と先生に尋ねた。

「『でらびんば』はね、悪いことをした子供のところにやって来て、背中に✕印を付けるの。そしてその✕が3つ付いちゃうと、連れて行ってカラスにしちゃうんだよ」

「カラス? カラスなんか全然こわくないじゃん」

「そうかな。カラスにされるとおうちに帰ってもお父さんともお母さんともお話ができなくなっちゃうんだよ」

「うーん……」

「それにさとる君が大好きなハンバーグやカレーも食べさせてもらえなくなるよ」

「え~……」

「ふかふかのお布団でも寝られなくなっちゃうよ」

「……。それは、いや、かな……」

「でしょ。じゃあでらびんばが来る前にもういたずらはやめようね」

「うん……」

聞いているうちにだんだん怖くなってきたのか、さとるはうつむいて泣き出してしまった。

「ごめんごめん。怖がらせるつもりはなかったのよ。いい子にしていればいいだけなんだから」

さとるはしゃくり上げながら由香先生へ手を伸ばしてきた。

生意気ばっかり言っていても、やっぱりまだ幼稚園児なんだよね。

由香先生はそう思いながらさとるの小さな手を優しく握った。


ぐにゅっ。


え?


先生は恐る恐るつないだ手を開いた。

そこには一匹のでっかいミミズが蠢(うごめ)いていた。


「キャーっ!」

半泣きになった由香先生は手洗い場に走って行ってしまった。

それを見たさとるは大爆笑。


ーさとる君はそんな子なんだ。



その日の夜。


「おい、どうしたさとる。この傷」

お父さんとお風呂に入っていたさとる君はそう聞かれた。

「え。なにが?」

「なんか背中に赤い傷ができてるよ。誰かに引っかかれでもしたか?」

「赤い傷?」

「うん。なんかバツ印みたいになってるな……」


え、まさか。でらびんばが来たのかな?

いやいやそんなわけないよね。

「たぶんジャングルジムで遊んでた時にぶつけたんだと思う……」

さとるはそう呟くと、ジャバっと湯船に頭ごと浸かった。



次の日もさとる君はいたずらをやめなかった。

だってみんながびっくりしたり困ったりするのって楽しいんだもん。

さとる君はやめるどころかますます張り切っていたずらを続けていた。

昨日のことがあったからか、由香先生ももう叱ってこなくなり、いたずらし放題になっていたのだ。



「あー楽しかった」

湯上りにパンツ一丁で牛乳を飲みながら、さとるは今日やった様々ないたずらを思い出しほくそ笑んでいた。


明日は落とし穴に健太くんを落としてやろう。

そんなことを思っていた時、

「あら、さとるちゃん、背中、ミミズ腫(ば)れみないになってるじゃないの。痛くないの?」

お母さんが心配そうにそう尋ねてきた。

「腫れてなんかないよ。全然痛くないもん」

「あらそう……。誰かに引っかかれたんじゃないの? まさかいじめられてないでしょうね」

お母さんまでお父さんとおんなじようなことを言う。

それにいじめることはあってもいじめられたことなんか一度もない。

「平気だよ。たぶん跳び箱を飛んだあとふざけてマットの上を転がったから、その時付いたんだと思う」

「そう。よかった……。でもこんなに大きく二つも✕の形に赤くなるなんてね。ちょっと心配ね」


えっ。✕が二つ? それも背中に?


さとるは飲みかけの牛乳を乱暴にテーブルに置くと、お母さんの部屋に走って行った。

置いてあった手鏡を取り、今度は洗面台へと向かう。

三面鏡があれば簡単に背中を見ることができるのだろうが、残念ながらさとるのうちには無かった。


洗面台の鏡に背中を写し、その洗面台の鏡を今度は手鏡で写す。


のぞいた手鏡には背中についた大きな二つの赤い✕が写っていた。




まさか『でらびんば』なんているはずはないが、

さすがのさとるも少し怖くなってきた。


今日はいたずらはやめて一人で砂場ででも遊ぼうかな……。

そう思いながら歩いていると、いきなり視界が暗くなった。

昨日自分でほぼ完成させていた落とし穴にはまってしまったのだ。

「あはは、やーい、引っかかった!!!」

けんた君の笑い声が降ってきた。


おいおい、これは僕がほとんど作った落とし穴じゃないか。なんでけんた君が作ったことになってるんだよ。それに自分で作った罠に自分ではまるなんて……。


くそー、けんたの奴! 絶対仕返ししてやる!


手柄を横取りされた悔しさと、自分で作った仕掛けに自分ではまってしまった恥ずかしさとで『でらびんば』のことなど頭から完全に吹き飛んでしまったさとるは、落とし穴からはい出ると、健太へ飛びかかって行った。




その日の夜。

テレビやネットでは、「山形県のあこや幼稚園で、聡(さとる)くんという名前の園児が突如行方不明になった」とのニュースが何度も流れていた。



これは僕が山形県に住んでいるいとこの悟(さとる)君から聞いたお話です。


                                  【了】

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でらびんば 山広 悠 @hashiruhito96

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