Vlog 日ノ国 南美&ヱマ

白銀隼斗

南美

 早朝、事務所のある雑居ビル内で起き上がる。長くくねった髪をかき上げてベッドから降りた。

 ワイシャツのボタンを少し外しヘアゴムで髪を結んだ。そのまま事務所のある下の階に降りて窓を開ける。

 朝の歌舞伎町にはまだ酔っ払いがいる。一人の中年男性がふらふらとビルの下を歩いており、ビルを管理する可愛いフォルムのロボットに絡みだした。

 あんまり雑居ビルのロボットに手を出されると困るので、南美は窓枠に腕を置きながら声をかけた。

「あのー。あんまりそのロボットに触れんとってくださーい」

 気だるげな声に男は彼を見上げた。何か文句を言うが呂律が回っていないので分からない。軽く溜息を吐いて顔を引っ込め、電子タバコを拾い上げた。

 珈琲を片手にテレビを見る。アンドロイドの女性アナウンサーが淡々と読み上げる。はじめ20を違法改造したとか、義足を奪う為に殺したとか、監視用ドローンが何機も撃ち落とされているとか、とある政治家の全身義体のストックが何故か壊されていたとか、相変わらずな内容ばかりだった。

 明るいニュースになるとアンドロイドは不自然に声音と表情を変えた。メタバース運動会が今年の夏に開催予定とか、桜が満開だとか、新型ロボット犬の紹介だとか、どうでもいい内容ばかりだった。

 珈琲を飲み干して電子タバコの電源を切った。テレビを垂れ流した状態で身支度を済ませる。最後に簪をさしてからテレビを消した。

 外部デバイスを片手に一旦外に出る。夜程ネオンは眩しくないが、それでも喧しいホログラムの広告やホストの電子看板が街を彩り、風俗嬢をモデルに作られたアンドロイドが無機質に声をかけまわっていた。

「お兄さん」

 アンドロイドのわざとらしい声に軽く掌を見せて通り過ぎる。AIが判断して次の男を見つけると駆けて行った。

 路地裏からはみ出したゴミ袋の山からネズミが逃げていく。歌舞伎町を動き回る掃除ロボットが近づいたからだろう。

 南美の年季の入った革靴の横を駆けて行く。掃除ロボットは一部が凹んだ状態でも構わず業務を遂行しており、分別もクソもないゴミ袋達を後ろにある箱にぽいぽい投げ込んでいった。

 飲み屋が立ち並ぶ筋に行くと吐瀉物の臭いが漂ってくる。元々兵庫の特例地区にいたから慣れてはいるが、それでもツンとした臭いに軽く鼻を押さえて早足で抜けた。

 そうして表のコンビニエンスストアに辿り着く。朝っぱらから電子仮面を被った若者が集まっていた。南美が通ると少し驚いて様子を窺った。歌舞伎町で簪をさしたエルフは彼しかいない、特に若者の間では警戒対象として認識されていた。

「お願いします」

 卵サンドと緑茶のペットボトルを置く。店員のアンドロイドは決められた表情とセリフで対応し、表示された金額を一瞥してから外部デバイスを翳した。支払い完了の音にシールの貼られた二つを取り上げた。

 店を出るとさっきの少年達と眼が合った。電子仮面の下でも怯えているのが分かる。

「君ら、」

「おっさん邪魔」

 どんっと後ろからぶつかられ、反射的に避けた。若い女が立ち去って行くのを見て息を吐いた。少年達に向き直るとビクッと肩を震わせたのが分かる。

「……まあええわ。その仮面のデザイン気をつけた方がええですよ」

 それだけ言うとその場から離れ、事務所内に戻った。

『昨日の夜のうちに来ていた依頼と、先程入った依頼がこちらですね』

 事務所にある一人掛けのチェアに座りつつ、サンドウィッチを片手に依頼の資料を軽く見た。小型ドローンのはじめちゃんが予め印刷しておいたもので、業務用AIが作るだけあって見やすく簡潔に纏められていた。

「そうですねえ。午前はこの依頼をやって、午後にこれをやりましょう。夜はなしです」

 二枚の紙をドローンに見せる。車のルームミラーのような液晶画面にニッコリとした顔文字が表示される。

『分かりました。私から依頼主に連絡しておきます』

 残りのサンドウィッチを平らげ、緑茶で流した。今日は相棒のヱマが一日休みを取りたいらしく、立ち上がると拳銃の入った大きな金庫を開けた。

 二丁取って軽く状態を見てからテーブルに置き、ベストの上からホルスターのついたベルトを装着した。両脇にそれぞれ拳銃を差し込み、最後にジャケットを羽織った。

 車のキーと外部デバイス、そして電子タバコを手に近くの地下駐車場に向かう。ID認証後に解錠され、ゴーレムでも通過出来る程の大きな扉を開けてなかに入った。

 完全自動運転車が顔を揃えるなか、旧車のオープンカーだけが奥の方に置かれてあった。乗り込んでエンジンをかける。旧車特有の震えた音が響き渡った。

 午前に受けた依頼主のもとまで車を走らせる。幸い自動運転の範囲内で、勝手に動く細いハンドルの前で電子タバコを咥えた。演出でしかない白煙が抜けていく。

 近くの駐車場に手動で車を動かし、バックで停めた。シンプルなビル内に依頼主はおり、暫くのあいだ話し合っていた。

 また車に乗り込むと新宿に戻った。ドローンが行き交い、工事現場からは建設用の大型重機が運び出されていた。配達用の大型ドローンが段ボールを抱えて頭上を過ぎていく。

「相変わらず怖いことするなあ」

 過ぎていったドローンを一瞥し、自動運転から手動運転に切り替えた。範囲外の場所に依頼主から言われた相手がいる。

 入り組んだ路地裏を進む。両脚が義体になっている子供が走っていく。警戒しながら曲がり角にハンドルを切った。

 住宅街のなかにあるアパートの前に車を停め、言われた部屋番まで向かった。電脳内にあるメモと画像を確認してから現実のインターホンを鳴らした。

「すみませーん。笑好会の笑好会長から依頼を受けてきた、White Whyの南美いうんですけどー」

 こんこんっと錆びたドアをノックする。反応がない。

「……応じんようなら開けますねー」

 オートロックでもID認証でも生体認証でもない。懐から拳銃を取り出すと鍵の辺りに数発叩き込んだ。それから思い切り蹴破る。

 土足のままあがる。中は拡張現実によって綺麗なデザインが保たれていた。ただ現実は家具だけが置かれており、質素なアパートには似合わず浮いていた。

「田中さんおりますかー?」

 拳銃を片手に家中を見る。拡張現実の一部にノイズが入っているのを見つけ、手を伸ばした。柔らかい腕を掴む。

 軽く引っ張ると酷く怯えた顔の女が出てきた。南美は作った笑みを浮かべて眼を細めた。

「笑好会から盗み出した五百万、どうしました?」

 午前の依頼を終えた南美は腹ごしらえをしに向かった。車で軽く巡ってファミレスに入る。

 アンドロイドの案内で窓際の席に座り、旧式のメニュー表を眺めた。それから備え付けのデバイスで注文する。

 窓にはLEDが仕込まれており、ランダムで映像を流した。水が滴り落ちるようなものもあれば、店の定番メニューの調理映像も流れた。ただ店内からはあまり見えず、あくまでも外部への宣伝でしかない。

 暫くして多くの料理を運べるロボットがやって来た。愛くるしい見た目で到着を知らせる。料理を受け取って食べながら電脳からネットニュースを見た。

 食べ終わるとすぐに立ち、電子マネーでさくっと会計を済ませた。午後になって少し気温が上がる。ジャケットを脱ぐと二丁の拳銃がよく見えた。

 車に戻って次の依頼主のもとに向かった。然し大通りにて渋滞に巻き込まれた。

「あー。またですか」

 窓を開けて軽く覗き込む。数台先で全自動運転車と誘導ロボットが事故っており、車のボンネットがへしゃげていた。ロボットは大きく破損した状態で転がっている。

 事故を感知すると大体の車は停まってしまう。特に手動運転に簡単に切り替えられない車種は意地でも動かない。

「兄ちゃん! アンタ旧車なんだから一台空けてくれよ!」

 後ろからそう言われ、振り向いた。南美の顔を見て少し驚く。

「右も左も詰まっとる状態でどないすりゃええんですか」

 不機嫌な返しに男は引っ込んだ。状況を見て言えよとぼそりと呟き、電子タバコの電源をつけた。

 数十分して先に警察のドローンが到着。ロボットの残骸や本体を引きずって道の端に寄せ、ホログラムの誘導棒を表示させると詰まっていた車を捌きはじめた。自動運転車のAIは誘導棒とドローンを感知し、順に動き始める。

 南美は手動運転に切り替え、現場を抜けてすぐにスピードを上げて右車線に入った。あまり依頼主を待たせたくないからだ。

 午後の依頼は簡単なものだった。元刑事の経験から推理して三時間程度で終わってしまった。

「……ヱマさんなにしとるんやろ」

 適当なコンビニの駐車場でエンジンをかけたままデバイスを触る。相棒とのトーク画面を開いてメッセージを送ると、丁度見ていたのかすぐに返事があった。元気と書かれたスタンプにふっと笑い、事務所に戻った。

 早めにカップ麺で夕食をとったあと、拳銃のサプレッサーを買いに徒歩で向かった。歌舞伎町は本気を見せ、ネオンが輝くなかでAI搭載のホログラムやアンドロイドが客を取り合っていた。

 大和の許可が降りているきちんとした店に立ち寄り、サプレッサーを二つ購入。紙袋を手に事務所へ戻った。

『あ、南美さん。お願いがあるんですけど』

 ビルの階段を登って早々、はじめちゃんが現れて立ち塞がった。

「なんです?」

 欠伸を漏らして訊くとAIは悪びれる様子もなく言った。

『このパーツが急遽必要になりまして、歌舞伎町内にあるこのお店まで買いに行ってもらえませんか。私も他のロボットも行けないので』

 電脳内に二通メッセージが送られる。眉根を寄せて確認すると「はあ?」と明らさまな態度をとった。

 然しここの管理人は小型ドローンを始めとしたロボットとAI達だ。嫌だと言えば追い出されるだけ……南美は紙袋を手渡してまた喧しい歌舞伎町のなかに戻って行った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る