No.63【ショートショート】蘇我三村

鉄生 裕

蘇我三村

日本の中国地方にある人口400人弱の限界集落、『蘇我三村』。

この蘇我三村には、とある噂があった。

その村では現在も【人身御供】の風習が残っている。

その噂のせいで蘇我三村に近付こうとする者は一人もおらず、村は完全に孤立していた。


人身御供とは、神への最上級の奉仕として人間の人身を供物として捧げること。

生贄の風習のことである。




「逃げるなら今夜しかないんだ。僕はこの村から出ることは出来ないが、村の入口までなら君を連れていくことができる。そこから先は君一人で頑張るしかない。怖いだろうけど、頑張れるかい?」

そう尋ねると、少女は黙ったまま頷いた。

「良い子だ。外は暗いから足元に気をつけてね」

僕は少女の手を握りしめ、村の入口を目指して足を進めた。

こんな夜中でも舗装された道を通れば村人に見つかる可能性は高い。

特に今日は年に一度の祭りの前日ともあって、村人たちはいつも以上に警戒しているはずだ。

仕方なく僕たちは森の中を通って村の入口を目指すことにした。

「大丈夫かい?ちょうど半分の距離まで来たし、この辺りで少し休もうか」

一時間近く歩いたところで少しだけ休憩をとることにした。

「君のお父さんとお母さんは、君が供物に選ばれたことは知っているんだよね?」

またしても彼女は黙ったまま一度だけ頷いた。

「・・・そうか。最後にお父さんとお母さんに会わせてあげられなくてごめんね」

少女は何も答えずにじっと地面を見つめていた。

毎年供物として選ばれるのは、彼女のような幼い少女だった。

去年も、その前の年も、そのまた前の年も、犠牲になるのはいつだって彼女のような無垢な少女だった。

僕は何度も彼女たちを村の外に逃がそうと試みたが、村人たちはそれを決して許さなかった。

だが今年こそは、何としてでも彼女を村の外へ逃がしたいと思った。

「まだ疲れているだろうけど、そろそろ行かなくちゃ」

そう言って彼女の手を握ったその瞬間、村中にサイレンの音が響き渡った。

そしてすぐに、「供物が逃げ出した!供物が逃げ出したぞ!!」という大人たちの声が遠くの方で聞こえた。

「あともう少しだ、急ごう」

僕たちは真っ暗な森の中を無我夢中で走った。

だんだんと近づいてくる村人たちの声に煽られるように、僕たちは村の入口を目指して走り続けた。

「おい!何処へ行く気だ!」

ようやく村の入口に辿り着いたところで、僕たちは村の男たちに囲まれた。

「たった一人でよくこんな所まで来たもんだ」

「逃げようったってそうはいかねぇ」

「お前は選ばれたんだ。神様の供物になれるんだぞ」

「こんな泥だらけになっちまって。もう一度、身を清め直さねぇとな」

「頼むから祭りまでおとなしくしててくれよ」

大人たちは少女を村へ連れ戻すために、彼女の腕を引っ張った。

少女は必死に大人たちの手を振り払おうとしたが、何人もの大人たちに囲まれた彼女は無力に等しかった。

少女は目を真っ赤にしながら、僕の顔をじっと見つめた。


その瞬間、轟音が村中に響き渡ると同時に真っ暗な空がピカッと光った。

村を囲むようにそびえ立つ山々に雷が落ち、木々は燃え、村はあっという間に炎に包まれた。

更には嵐のせいで村中の建物が崩壊し、突如発生した天災は一瞬にして蘇我三村の全てを奪い去った。

「祟りじゃ!供物を逃がした祟りじゃ!」

「やはり今年もか・・・」

「今年は例年とは違う、相当お怒りの様子だ」

「早く村に戻るぞ!家族を守らねば!」

村人たちは一斉に家族のもとへと引き返した。

「残念だけどここでお別れだ。さぁ、今のうちに早く逃げて」

大人たちが慌てふためいている隙を見て僕は少女に言った。

少女は何度もこちらを振り向きながら、それでも村の外へ向かって懸命に走り続けた。


昔はこの村の人々が好きだった。

その年は雨が全く降らず、作物が次々と枯れてしまい村人たちは困っていた。

困り果てている彼らを見かねた僕は村に雨を降らせることにした。

すると村人たちは天からの恵みだと言い、僕に大量の作物を供物として捧げた。

本当なら村人たちと直接話をしたかったのだが、村人たちは神である僕の姿形を見ることができなければ、声を聞くことすら出来ない。

僕は感謝の意を込めて更に雨を降らせた。

しかし、それが全てを狂わせてしまった。

僕が更に雨を降らせたことで、『作物だけでは足りないと神が怒っている』と村人たちは勘違いをした。

そしてあろうことか、村人たちは幼い子供を供物として僕に捧げるようになった。

僕は何度も誤解を解こうとしたが、その度に村人たちは『神の怒り』だと言い幼い子供を供物として僕に捧げた。

それからこの村では、毎年幼い子供を供物として捧げることが風習となった。

この風習を終わらせるには、僕が消える以外に選択肢はないのだろう。

しかし、この村の神である僕が消えるということは、つまりはこの村自体が消えるということを意味する。

それでも毎年幼い子供が犠牲になるくらいだったら、こんな村さっさと消えてしまった方が良いのだろう。

炎は更に勢いを増し、村に唯一通じる橋は決壊した。

村人たちは燃え盛る炎の中で、それでも神が自分たちを救ってくれると信じていた。


その日、一つの村が地図から消え、一人の神が死んだ。

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No.63【ショートショート】蘇我三村 鉄生 裕 @yu_tetuki

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